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男らしさをあおる説得コンテンツに潜む、債権回収現場で起こる悲劇とは みんなが相談できる社会を目指そう

赤田太郎の仕事に役立つ心理学常葉大学(静岡県)准教授 博士(教育学)公認心理師臨床心理士
男らしさがなければ人間のクズなのか?

みなさんこんにちは。仕事に役立つ心理学の赤田太郎です。

普段は大学教員として心理学の教育や研究を行い、また学校や企業でのカウンセリングや、YouTubeやインスタでこころの健康の大切さをSNSで発信しています。よろしければフォローをお願いします。

いま、YouTubeでは説得コンテンツというものが流行っています。説得コンテンツとは、視聴者に一方的に価値観を語り、まくしたてるように行動を促すものです。一部の若者には、それが自分を奮い立たせるものとなっているようです。その価値観の一つに「男らしさ(masculinity)」があります。

今回のテーマは、その説得コンテンツの背後に潜む、人生最悪の結末についてお話ししたいと思います。この記事では、債権回収の現場で見られる「男らしさ」に関する事例に触れて、男らしさについての弊害ついてお話ししたいと思います。

【注意!内容が自死に触れるものですので、読むのがつらい人はここで辞めてください。】

事例1

この事例は、室内で自死された51歳男性のケースです。

安否確認は10月初旬行われました。この男性は、プライド高く真面目で、自営の美容師でした。緊急連絡先は姉になっており、賃料の遅れが始まると、その理由を「元々美容室を経営していたがコロナ鍋で廃業し、その後は美容チェーン店でバイトしているから、お金がない」と話していました。

住宅確保給付金で5カ月はまかなって物件賃料は正常になります。しかし、3カ月後に滞納となって連絡つかず、物件へうかがいます。

ライフラインはすべて停止しており、部屋の外観等々は頑丈、高級マンションの為、臭いは何も分かりません。一度帰るのですが、その1日後、再度訪問します。その日は天気も良くカラカラの日で、ふと換気口の下にハエが2匹死んでおり、その上を跳ぶハエがいることに気付きます。

本人の携帯は電源オフだったのですが、気になる為、警察を呼んで安否確認を実施することにしました。その後、警察が来ても私は「死臭はしない」というのですが、鍵を開けた瞬間、重たい空気とそれなりの臭いがブアーっとでてきて、内ドアを開けたら亡くなられた姿がありました。

緊急連絡先の姉に電話し、亡骸は警察が運ぶので、室内の生活用品の片付けをお願いすることにしました。お姉さんは少しショック気味でした。

1日後、親戚から連絡があり、今までの資金は十分に貸していて、最初からそのお金は返ってこなかったとのこと。「あのバカは当然の罰だろう」と。身内の金銭的な恨みもあり、解決できませんでした。

事例2

室内で自殺されたケース。男性で59歳、自称柔道家でした。

督促には必ず出て、「絶対に払うから、待ってくれ、俺にも背負う物があるから」としばし猶予を言われており、期限は1カ月後と決めます。

「その背負うべきものは何か?」と尋ねるのですが、色々あるからと語ってくれなかった。気になり直接の面談を実施すると、「申し訳ない」と謝罪されます。また、昔の連帯保証の債務があり対応していると、その債務は15年前からだった。こちらとしては、あまり言いたくなかったが改正民法166条、時効を説明しました。

にもかかわらず「ありがとう」と書き残しがあり、3日後に室内で自死されます。その人の過去をもう少し丁寧にヒアリングすれば、死んでなかったかもしれないと未だ後悔している。

男らしさとは何か?

男らしさには、危機に立ち向かう、労働する、家族や仲間を守るというポジティブな側面がある一方で、暴力・収奪の是認、独立と孤独、相談できない、うつの増悪など、ネガティブな側面があることが知られています。

今回の2つの事例では、男らしさのネガティブな側面が前面に現れていると思われます。事例1では、無理して高級マンションに住んでいたように思えます。これは見栄なのでしょうか。事例2では、相談して解決する方法があったにもかかわらず、自らの事情を話されませんでした。

男らしさが「孤独感」を生み出し、解決できたことでも「相談できず」、自死を選んでしまうのです。男性の自死で2番目に多い年代が、中年男性(50~59歳)でもあります(厚生労働省,2018年データ)。

男らしさは必要なのか?

男らしさは、必要な面もあるでしょう。煽られることによって奮起し、人生が変わる人もいます。冷静に世間を見渡すと、悪を倒すアニメーション作品も、男らしさの成長ストーリーです。こうした成長ストーリーが私たちにとって当たり前になっています。私も男性として「男らしく」努力してきた側面は否定できませんし、「男らしくありたい」と思っています。

私の友だちが常々語っていた言葉を思い出します。「男の美学はやせ我慢」。自分の欲求を押し殺し、ひとりで抱え込む、これが美しい姿なのです。一人では解決が無理な状態にあっても、「おれは大丈夫」といってしまう。これが美しいのです。

しかし、本当に美しいのでしょうか?

話がすこし変わりますが、現在ハラスメント問題に揺れる兵庫県ですが、内部告発した男性も、「死をもって訴える」とお亡くなりになってしまいました。これは「男らしさ」の美談(注;聞いて感心する立派な話)なのでしょうか。美談であるわけがないです。私はこの出来事が合理的だと到底思えません。残された周りの人たちが悲しすぎます。

説得される男らしさは合理的ではない

男らしさを強調するコンテンツの中では、「男らしさがなければ、女子と子どもを守れない」「おまえはモテたいだろ?」「役立たずだ」「女子はそういうよわっちい男を求めていない」「危機感持った方がいい」と煽ってきます。

確かに、家に引きこもって何もできない男に魅力は感じられないかもしれません。しかし、よくよく考えたら、男前でもそういう瞬間があってもいいはずです。だからこそ、全面的にこういう行動を否定することは合理的ではありません。

一見、合理的に思えても、別の側面から捉えたときにはそうでないことを「非合理的な信念」と心理学では呼びます。この非合理的な信念が、ストレスの原因になることが知られています。

男らしさとは、大切なものを守り、勇気づけられる良い面と、暴力を容認し孤独で助けが求められなくなる負の側面の両面があることを理解しておかなければならない概念の1つなのです。

男らしさの裏側には、危険性が潜んでいます。だから、常に「男らしく」ある必要はないのです。

みんなが誰にでも相談できる社会を作っていくことを目指しませんか?

◆◆◆

いかがでしたでしょうか。

心理的に大変つらいお話をさせていただきました。今、悩まれている方は、以下の相談窓口をご参考になさってください。

「男らしさ」の負の側面も知っておくことこそが、一人の命を救うのです。

今回、債権回収の現場について事例をご提供していただいた方に感謝申し上げます。(匿名を希望されております。またこの事例はプライバシー保護のために改変されており、架空の事例ですのでご注意ください。)

また次の記事でお会いしましょう。

<相談窓口をまとめたページ>

・厚生労働省 まもろうよこころ https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/

・法務省「悩んだときは専門家に相談してください」https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00013.html

・法テラス https://www.houterasu.or.jp/

常葉大学(静岡県)准教授 博士(教育学)公認心理師臨床心理士

常葉大学(浜松)健康プロデュース学部心身マネジメント学科/常葉大学大学院健康科学研究科臨床心理学専攻 准教授。立命館大学/武庫川女子大学・大学院非常勤講師。働く人と家庭のメンタルヘルス・ストレス・トラウマが専門。働くみなさんにこころの健康の大切さを伝えるために、誰でもわかりやすい心理学をYouTube・Instagramで発信しています。

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