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「尊敬していたからこそショックだった」LITALICO発達ナビ元編集長が複数女性に性加害

小川たまかライター
3月29日にNPO法人soarがHP上で発表した「理事解任のお知らせ」

 3月末に、あるNPO法人がHP上で発表した「理事解任のお知らせ」が波紋を広げている。当初の発表では、30代の男性理事による複数名への「加害行為」が解任の理由と記されていたが、その後、この理事から性的ハラスメントを受けていた女性がツイッター上で事実を公表。「加害行為」は性的加害であったことが明らかになった。

 また、解任を発表された元理事の男性は、加害行為の事実は認めたものの、公表内容がNPO法人との間で事前に合意していたものと違うと「反論」。このNPO法人に対して「名誉毀損等の民事訴訟を予定」と発表している。

 公表から1カ月以上が経過しているが、その後の大きな動きは見られない。ほとんどの関係者がネット上での直接的な言及を避けているが、一部では被害者を揶揄するような投稿や、元理事やNPO法人を擁護するような動きも見られる。

 どのような被害があったのか。元理事から被害に遭った複数の女性にそれぞれ話を聞いた。

(1)解任理由は「違法であると評価し得る行為」と発表

●ソーシャルグッド業界で注目株のNPO法人

 2021年3月29日、NPO法人soar(ソアー)がHP上で「理事解任のお知らせ」を発表し、同団体の公式ツイッターと代表理事・工藤瑞穂氏のツイッターアカウントでもこの発表を投稿した。

 内容は、同団体で理事を務めていた鈴木悠平氏から飲食の席やその直後に「加害行為」を受けたという被害申告が複数の個人からあり、鈴木氏が概ねこれを認めたことや内部調査での事実確認でも「違法であると評価し得る、または役員として相当性を欠く行為があったことが確認できたことから」、3月10日付け臨時社員総会で解任決議に至ったというものだった。

 同団体は2016年頃から、障害や病気を持つ人、性的マイノリティなど「困難のある人」へのサポート情報を提供するウェブメディア「soar」を運営。2017年1月に法人化し、その後、早稲田大学准教授のドミニク・チェン氏や、日本最大級のオンライン・カウンセリングサービスを運営する株式会社cotree代表取締役の櫻本真理氏らが理事に就任した。

 若い世代がメインに運営を行っていることやネット上での活発な発信もあり、いわゆる「ソーシャルグッド業界」「福祉・支援業界」の中で注目を集めていた。

●将来を嘱望される若手だった

 鈴木悠平氏は1987年生まれ。東京大学卒業後、コロンビア大学大学院で学び、障害者向け就労支援事業などを行う株式会社LITALICO(リタリコ)に入社。「LITALICO発達ナビ」の編集長を務めるかたわら、soar設立時から理事を務めていた。HP上の記載によれば、2020年に5月に株式会社閒(あわい)を設立し、同年7月末でLITALICOを退職。プライベートでは2016年に結婚している。

 学生時代から著名人に「彼は間違いなくアメリカから戻ってきたら日本のキーパーソンの一人になるだろう」と評されるなど将来を嘱望され、ソーシャルグッド界隈の有望な若手と見なされていた。

 soarでは鈴木氏の登場する対談記事や鈴木氏が執筆した記事が複数あった(現在は削除)。関係者によれば、理事の中でも初期から運営に関わる中核的な存在だったという。

●鈴木氏「関係各所へのご批判はご遠慮いただければ」

 鈴木氏はsoarの公表から数時間後に、会社HPで「NPO法人soarの公表事項について」を発表。「行為の過ちと責任」を認めたものの、soarの発表した文章が「事前の合意内容を逸脱するもの」だったとして、soarに対して法的措置を取る考えであることを明らかにした。

 事前の合意と違う点は、HP上の公表だけではなくsoarのメルマガやSNS上でも発信を行ったことなどという。

 さらに4月1日にも「謝罪とご説明、私の責任、これからについて」を発表し、「(3月29日発表の文章で)さまざまな方を傷つけ、二次被害、三次被害をもたらしてしまったこと、重ねてお詫び申し上げます」としている。

 この中には「今後も、soar以外の媒体等で、私の名前や写真をお見かけすることがあるかと思いますが(原文ママ)、どうか、私以外の関係各位へのご批判・ご非難はご遠慮いただければ幸いです」という一文もあった。

(2)鈴木氏による3人の女性への加害行為

 soarの公表を受け、3月29日夜に、ライターの卜沢彩子さんが鈴木氏からの被害をツイッター上で公表した。

 この前後から、私の元に複数の関係者から鈴木氏の加害行為や関係者の挙動について情報が寄せられるようになった(念のためにことわっておくと、私は2016年にsoarに3本の記事を書いたことがある。現在はsoarとの関係性はない)。

 今回、記事の中で被害事実を書くことを認めてくれた女性は卜沢さんを含め3人。ただ、鈴木氏が関係者との面会の中で把握している被害者を「4人」と回答していることから、他に被害者がいる可能性はある。

 以下、2020年7月の卜沢さんの被害、2019年秋のそれ以外の女性の被害の順で紹介する。

●2020年7月

 卜沢さんはその日、知人が運営するシェアハウスのイベントを訪れていた。途中から鈴木氏が参加。その時点で鈴木氏は「誰が見ても泥酔状態」だったという。鈴木氏に会うのは同年1月以来の2回目だったが、以前から鈴木氏の書く記事については好感を抱いていたという。

 ただこの日、鈴木氏や知人男性が、知人女性の実名を挙げて「〇〇はエロい」「セックスした」といった話題を出したことを「嫌だな」と感じた。

 その後、隣に座ってきた鈴木氏がテーブルの下で足を絡めてきた。卜沢さんが他のテーブルへ逃げると、「ぐらぐら揺れながら近づいて身体を触ってきた」。

 卜沢さんは2009年に性暴力のサバイバーであることを公表し、啓発のために自身の被害を語る活動も行っている。鈴木氏とツイッター上で相互フォローであり、その日も卜沢さんの活動について鈴木氏から話しかけられていたことからも、卜沢さんがサバイバーであることを当然知っていると思っていた。

「鈴木さんの活動に尊敬の思いもあったし、私がサバイバーであると知っているのだと思っていました。だからこそなぜ?という混乱が大きくて、その日から不眠の症状が続きました」(卜沢さん)

 ショックを受けた卜沢さんは共通の知人に相談していたが、2020年12月に鈴木氏から慰謝料の提示があり、その後2021年3月初旬に鈴木氏の代理人を名乗る弁護士から連絡があった。その時点で卜沢さんは他に複数の被害者がいることは知らず、3月29日のsoarの公表文で事態を知った。

 卜沢さんは4月中旬に鈴木氏、鈴木氏の弁護士と面会。その席で鈴木氏は、泥酔していたため記憶がないものの「被害を与えてしまったことについて謝罪をさせていただきたいと思います」と述べた。ただ、卜沢さんがサバイバーであることは「知らなかった」と語ったという。

●2019年9〜10月頃

 起業家のBさんは、複数の媒体からインタビューを受けたことがあり、その中で性被害に遭った過去も語ったことがあった。

 2019年の秋、鈴木氏と2人で食事した際に、鈴木氏はBさんと交流のあった投資家男性らの名前を挙げて「〇〇さんも〇〇さんももういないから、俺がいないとやっていけないよね」などと語り、ホテルに誘ったという。Bさんにとって業界内で名が知られた鈴木氏からの誘いは対等ではなく断りづらいものであり、ハラスメントだった。ホテルでBさんの望まない性行為があった。

 また同時期に、soarと仕事上でつながりがあったAさんも、鈴木氏から性的な加害行為を受けた(被害の詳細は非公表)。

●2019年12月中旬

 この頃、BさんとAさん、鈴木氏、soar代表の工藤氏らが中目黒の飲食店で食事をする機会があった。食事の席では、Bさん、鈴木氏、Aさんが並んで座り、その対面に工藤氏らが座っていた。

 この席で、鈴木氏がBさんの体に触れる行為があり、これに気づいた工藤氏からBさんに「さわられている?大丈夫?」とLINEで連絡があった。工藤氏以外は鈴木氏の行為に気づいていなかったが、この日は早々に解散となった。

 店から出た後、Aさん、鈴木氏らが複数で歩いていた際に、鈴木氏がAさんの手を握るなど身体的な接触があり、Aさんは「やめてください」と伝えた。

 Bさんはこの日の後に工藤氏に鈴木氏からの一部行為を打ち明けたが、ホテルに誘われた事実については2021年年明けにsoarから聞き取り調査が行われるまで言うことができなかったという。Bさんは現在、弁護士を通して鈴木氏に事実確認などを求める書面を送っている。

「soarが事実を公表した後に悠平さんが公開した、soarに抗議する文章を見て気分が悪くなりました。あれが悠平さんに対する名誉毀損とは……。まったく反省していないのではないかと思いました」(Bさん)

 Aさんはこの食事会があった頃、鈴木氏と共同で行う仕事をsoarから打診され、これを断るために工藤氏に懸念を打ち明けた。この懸念の理由が鈴木氏からの性被害であったことを伝えたのは2020年1月

 また、同じく2020年1月に鈴木氏に対して「この仕事を続けるのが難しいと感じるほど傷ついている」といった内容を連絡したところ、すぐに本人から謝罪と慰謝料の提示があった。

「鈴木さんは面倒見の良い編集長(※)だと思っていて、書くものも好きでした。尊敬していたからこそショックで、ダメージは大きかった。その時点で最低な人だと思えていたら、もっと早く被害を打ち明けていたかもしれません。

 被害をsoarに申告した後も1年ほどは『鈴木さんが悩んで死んでしまったらどうしよう』と考えていたし、更生を応援したい気持ちもありました。

 今は、私に謝罪があった後も被害に遭っていた人がいたと知って、鈴木さんからの謝罪は本当に誠意あるものだったのか疑問に思っています」(Aさん) 

 ※鈴木氏は2019年当時、「LITALICO発達ナビ」「LITALICO仕事ナビ」の編集長を務めていた。

 鈴木氏はsoarが調査を開始した頃から現在までに、卜沢さん、Aさん、Bさんの3人をFacebook上の「お友達」から削除している。

 鈴木氏に取材を申し入れると、代理人の弁護士を通じて「いただきましたご質問へはお答えを差し控えさせていただきたく存じます」と回答があった。

(3)被害者の弁護士費用カンパが始まる

 現在わかっている限りでの被害をこの記事にまとめた理由の一つは、この件に関して被害者の声をふさぐような動きが一部に見られたことだ。また、soarや鈴木氏と親しいインフルエンサーたちは、この件についてほぼ沈黙している。このことについては改めてまとめたい。

 soarを知る関係者の一人は言う。

「soarや鈴木氏が新しい試みを始めたりするとき、業界の人たちはいつもSNS上で『おめでとう』と盛り上げたり、親しいことをアピールしたりしてきた。そのくせ、今回のようなネガティブな事案については沈黙していて、なぜだろうと思います。

(鈴木氏やsoarを擁護したり告発者を非難する関係者もいるが)仲間であるなら、はっきり言えば良いのにと思います。起きてしまった事象への批判であって、鈴木氏やsoarを全否定するわけではない。仲が良い人が言う言葉だから耳を傾けられることもあると思うので、問題だと思っている人はしっかり意思表明してほしい」

 被害者への支援を明らかにした人もいる。soarからインタビューを受けたこともある編集者の田村真菜さんは、複数の被害者が弁護士費用に苦労していることを知り、カンパを始めた。

【カンパ・ご寄付募集】soar元理事による性加害の被害者をサポートするお金を集めています

 まだ名乗り出ることのできない被害者がいる可能性を考え、田村さんは「もしサポートを希望される方がいたらご連絡ください」と呼びかけている。カンパの募集期間は5月15日までを予定している。

ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)/共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)/2024年5月発売の『エトセトラ VOL.11 特集:ジェンダーと刑法のささやかな七年』(エトセトラブックス)で特集編集を務める

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これまで、性犯罪の無罪判決、伊藤詩織さんの民事裁判、その他の性暴力事件、ジェンダー問題での炎上案件などを取材してきました。性暴力の被害者視点での問題提起や、最新の裁判傍聴情報など、無料公開では発信しづらい内容も更新していきます。

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