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思春期の娘にイライラ・・・ママが解決しないといけない「もう一つの親子関係」とは?

関谷秀子精神科医・法政大学現代福祉学部教授・博士(医学)
写真はイメージです(写真:アフロ)

 思春期になった娘について、「小学生の頃とはうって変わって反抗的になって憎たらしい」とか「どうしても感情的な喧嘩を繰り返してしまう」など母親から相談されることは少なくありません。同性同士の親子関係が難しいと感じている方は多いようです。今日は母親自身の自分の母親との関係性の視点から、思春期の娘と母親の関係について考えてみたいと思います。

娘の反抗を許せない反抗期がなかった母

 A子さんは40代後半の女性です。中学2年生の娘と激しい母娘喧嘩がしょっちゅう繰り返されるため、何とかしたいと思い来院しました。

「部屋を片付けない」「脱いだものを洗濯機に入れない」「お風呂になかなか入らない」「携帯を見ている時間が長い」・・・A子さんは怒り心頭といった様子で娘の様子を話しだしました。どれも些細なことではありますが、外来でよく耳にする母親のイライラを誘発する娘の行動です。

 A子さんが「早くやりなさい」「いつまで待たせるつもり?」「いい加減にしなさい」と何回怒鳴っても娘はのらりくらりとした態度で言うことをきかないそうです。それに腹を立てたA子さんが更に強い口調で同じセリフを繰り返すと、娘は反抗的な目つきで母親を睨みつけ、小ばかにした態度をとるそうです。A子さんの怒りが絶頂に達し、「親の言うことをきけないのなら出て行きなさい」と大声をあげて娘を突き飛ばすと、娘はA子さんの胸倉をつかんだり、包丁を持ち出して絨毯に投げつけたりするそうです。このような喧嘩がほぼ毎日繰り広げられているとのことでした。

 A子さんは「子どもは親に従うのが当然である」という考えの母親に育てられてきました。A子さんの母親も、おばあちゃんからそのように育てられてきたとのことでした。親の言うことは絶対で、言うことをきかなかったり、少しでも口答えすると叩かれるため、A子さんはぐっと我慢して従ってきました。父親は家に殆どいなかったため仲裁してくれる人もいなかったそうです。

 A子さんは自分の母親の子育てに疑問を抱いてきたものの、娘にも同じように問答無用で自分に従うことを求めてきました。「私はずっと我慢してきたのに、娘は私に反抗するんです。許せません」と反抗期のなかったA子さんは顔を歪めました。

 A子さんはそんな母親から早く逃げたいと思い、専門学校を卒業してすぐに結婚しました。夫は母親と正反対のタイプで無口で良く言えば束縛しない人でしたが、仕事が忙しくA子さんとの関係は希薄でした。転勤が多かったため、A子さんはその土地土地で新たな親しい人間関係を築くのが難しく、何をするにも娘と一緒で多くの時間を二人きりで過ごしてきました。娘が中学に入るまで二人はかなり密着した母娘関係だったそうです。

「今みたいに反抗することもなく私の言うことをなんでも聞いてかわいい娘だった。毎日が楽しかった」と当時を思い出して、しみじみと語りました。A子さんは夫との関係が希薄だったため精神的にA子さんに依存している部分が多くあったようです。

 A子さんは自分自身に反抗期がなく、子どもは親に従うのが当然であると思っていたため、小学校時代と同じような娘との関係がずっと続くと思っていました。そのため、思春期になって娘が自分に反発し、母親離れを始めたことを認めることができませんでした。

 母親は父親に比較して自分のお腹から出てきた子どもを「自分の一部」としてとらえ、自分とは別の一人の人間であると認識することが難しい場合があります。そのような母親は子どもが思春期に入り、親離れや自己主張を始めるとそれを許容できずに娘と激しい喧嘩を繰り返してしまいます。ですからそのような場合には娘は自分とは異なる一人の人間であることを常に念頭に置いておく必要があるでしょう。

自分の親との和解が必要

 A子さんは自分の母親との関係に耐えられずに結婚して家を出ましたが、母親との関係については手つかずのままでした。

 精神分析家でもあり教育者でもあるピーター・ブロスは、大人になる過程で男性は自分の父親と、女性は自分の母親と平和条約を結ぶ必要があることを説明しています。そしてこれに失敗すると自分の同性の親に関する感情を自分の同性の子どもに無意識に向けてしまうため、子どもに精神的な問題がおきやすいと指摘しています。もう少し補足すると、例えば、自分の母親との親子喧嘩が未解決の女性が娘を授かった場合に、それまでは何の問題もなく生活していたとしても、娘が思春期になった時に今度は自分が母親として、娘との間で自分の母親と繰り広げてきた感情的な喧嘩を繰り返すことになる、という意味です。

 ある時A子さんは娘の子育てについて母親に相談したところ「あなたの言い方がきつすぎる」など批判をされたそうです。それをきっかけに昔、母親にきつく当たられたことを思い出しました。たくさんの怒りが心の底の箱の中に押し込められ、目だたないようにしまわれていることに気づきました。

 A子さんは自分の心の中を見る力に長けている人でした。娘との喧嘩を繰り返すことについて「娘への怒りの中に自分の母親への怒りが混ざっている気がする」と話し「母親への気持ちをどうにかしないと先に進めない気がする。理解してもらえなくてもいいから自分の気持ちを話そうと思う」と母親に自分の気持ちを伝えることを決意しました。A子さんの予測通り母親は全く理解を示しませんでしたが、「ああいう人だから仕方ないと思うしかない」とA子さんはしんみり話しました。

 A子さんはその過程で自分がどうつらかったのか、母親にどのように接して欲しかったのか、など自分の経験を整理して、それを踏まえて、「自分が嫌な思いをしたから娘にもそれをさせる」のではなく「自分と娘は新しい関係を築いていきたい」と思うようになりました。そして娘にはどう接すればいいのかを時間をかけて考えていきました。

 確かに自分の母親と和解するに越したことはないでしょう。けれども実際外来で話を聞いていると、改めて母親との間で関係を改善することが困難であるケースは少なくありません。「和解」とはいかずとも、母親との関係を整理して、母親へのあきらめがついたことは、A子さんにとってそしてA子さんと娘の関係にとって大きな一歩となりました。

同じ土俵で喧嘩をしない

 子どもは育っていく過程で同性の親とは競争します。つまり、同性の親をどこで越えるか、もしくは親と同じくらい価値ある自分を作らない限り、自分に満足することが難しい面があると言えます。不安やみじめな気持ちを抱くときには、親に対して批判的になったり攻撃的になったりするのです。ですから、批判の妥当な部分は認め、妥当でない部分には同意しないこと、そして冷静に対応し、感情的な喧嘩は避ける方が賢明と言えます。同じ土俵で喧嘩をしてしまうと親子関係ではなく女同士の感情的な喧嘩が繰り広げられてしまいます。

自分の親の子育ては役に立たないこともある

 A子さんのように自分の母親の子育てをお手本にする親御さんは少なくありません。もちろんそのすべてが悪いわけではありません。しかし、私たちは、変化や進歩のスピードが非常に速い時代を生きています。例えば、男は外で仕事、女は家事をすることが当たり前だった頃と今とでは、子育てについての親の心づもりも変えていかなければならない部分があります。ですから親の子育てのうち、どの部分は参考にしてどこはしないのか、特にA子さんのように自分の親の子育てに疑問を持っていた場合には尚更その吟味が重要となります。しかし、自分一人ではそれがわからなくなってしまうこともありますから、伴侶と率直な意見交換を行いながら子育てを行っていくことが大切です。その際には親自身が自分の親から親離れをして伴侶と協力していくという心づもりが必要となります。

 もしも行き詰ってしまった場合には、子どもを発達方向に導くためにはどのように接するべきかについて専門家に意見を求めることも選択肢の一つと言えるでしょう。

 さてA子さんは自分自身も父親にもっと助けてもらいたかったことを思い出し、これからは夫と協力して子育てを行うことを決めました。そして自分についての理解を進め、娘と感情的な喧嘩を繰り返すことは徐々に減っていきました。今では夫と二人で対処できない状況に陥った時だけ相談に来院しています。

精神科医・法政大学現代福祉学部教授・博士(医学)

法政大学現代福祉学部教授・初台クリニック医師。前関東中央病院精神科部長。日本精神神経学会精神科専門医・指導医、日本精神分析学会認定精神療法医・スーパーバイザー。児童青年精神医学、精神分析的発達心理学を専門としている。児童思春期の精神科医療に長年従事しており、精神分析的精神療法、親ガイダンス、などを行っている。著書『不登校、うつ状態、発達障害 思春期に心が折れた時親がすべきこと』(中公新書ラクレ)

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