石井隆、瀬々敬久ら、いわゆる鬼才と呼ばれる監督たちのミューズとなってヒロインを務めてきた、佐々木心音。

　近年では「娼年」や「愚か者のブルース」など、バイプレイヤーとしても確かな存在感を放つ彼女だが、今秋公開となる２本の主演映画「道で拾った女」と「クオリア」で見せる姿は、「演技者として新たに覚醒して、次なる領域に入ったのではないか」と思わせる。

　それほど何かを予見させる女優・佐々木心音がそこにいる。

　鮮烈な印象を残した2013年の「フィギュアなあなた」のドール役から本格的に女優のキャリアをスタートさせて約10年。新たな飛躍を予感させる彼女に「道で拾った女」と「クオリア」の両主演作について訊くインタビュー。

　まずはいまおかしんじ監督と初のタッグを組んだ「道で拾った女」について訊く。全七回。

ホームレスののぞみを演じる上で考えたこと

　物語は、のぞみがまずホームレス状態のところからはじまる。

　このホームレス状態にいるのぞみを演じる上で自らこんな取り組みをしていたという。

「前回（第二回はこちら）、少しお話ししたように、のぞみはいまの自分のすべてを捨ててしまいたくなってホームレスになってしまったところがある。

　のぞみと同様にわたしも、あるとき、いっそホームレスというか世捨て人のようになった方が、何にもとらわれることなく、何の束縛も受けないで、楽に自由に生きられるのではないかと考えたことがあった。

　だから、ホームレスという立場を選んだのぞみの気持ちが少しわかるところがありました。

　その一方で、ホームレスになったのぞみは、貧困という現実問題に直面する。

　明日ごはんが食べられるかどうかわからない。いつ食事にありつけるのか、下手をすると何日も飲まず食わずのような状況にいる。

　この貧困状態に関しては、わたしはまったく体験したことがない。

　幸いにもここまでふつうに暮らせてきている。

　この貧困状態はどう表現すればいいのか、体験がないので悩みました。

　わたしとしてはなるべくその状況に近くしたい。でも、撮影がありますから無理をして体を壊すことはできない。

　でも、ホームレスで貧困の状態にあることを身をもって表現したい。明日の食事が食べられるのかわからないことの不安や生活に困窮していることを伝えるものにしたい。なぜかというと、なによりいまホームレスの状況にいる方を裏切りたくなかったからです。

　現実問題、おそらくホームレスの方が、この映画を見ていただくことは難しいとは思うんです。

　でも、もし見ていただいたときに『ホームレスのことをなにもわかっていない』と思われるのだけは避けたかった。

　当時者の方に納得してもらえる姿に、のぞみをしたかった。

　また、2020年に起きた渋谷ホームレス殺人事件をきっかけに女性のホームレスが社会にいることが可視化されたところもある。

　貧困や社会的な孤立という点では、東横キッズのように行き場を失った少年少女の問題ともつながるところがある。

　いまの現実社会の問題と密接にリンクすることですから、やはり現実に近いリアリティをもたせたい。

　なので、覚悟を決めて、自主的に食事を控えることにしました。いまおか監督からは、しなくていいといわれたんですけど。

　わたし自身が納得できないので、そうさせていただきました。

　体ももう少しほっそり、やつれたぐらいにしないと説得力も出ないと思ったんです」

　具体的には、どういう制限をしたのだろうか？

「自分で設定した目安としては、ごはんを食べることに幸せを感じるまでがまんしようと。

　どういうことかと言うと、たぶんみなさん、ふだんはおなか空いたとか、ランチタイムだとかで、食事をすると思います。

　その際、『おいしいごはんを食べることができて幸せ』と思うときはあるでしょうけど、まじまじとごはんを（見つめて）食べられること自体が幸せと思うことはあまりないと思うんです。

　そういう意味で、『今日はごはんが食べられて幸せ』と思う瞬間までがまんしようと考えました。

　で、食事を控えたんですけど、あるとき限界が来て……。

　そのとき、たまたま路上にメンチカツが落ちていたんです。誰かが持って歩いていたときに落としてそのままにしていったものと思うんですけど、丸々一個、メンチカツが落ちていた。で、それを見つけて、もう無意識に近い形で手を伸ばそうとしていた自分がいたんですよね。

　もっと苦しい状況に身を置かれている方はもちろんいらっしゃると思うんですけど、食べられないということがどういうことなのか少しだけ実感した気がしました」

いま、ふつうに暮らせていることにものすごく感謝しています

　映画を見ていただければわかるが、冒頭にゴミ箱をあさるシーンがある。このシーンにいま話した体験は着実に生かされている。

「そうですね。

　そのように見えてくれていたらうれしいです。

　苦しかったですけど、いまは取り組んでよかったと思っています。

　それ以降、わたしすごく小さなことでも幸せを感じるんです。

　ごはんが食べることができて、家があってむちゃくちゃ幸せって（笑）。

　屋根のあるところに住んで、ごはんが食べれているこれだけでいいじゃんと。

　ふつうに暮らせていることにものすごく感謝しています」

（※第四回に続く）

【「道で拾った女」佐々木心音インタビュー第一回はこちら】

【「道で拾った女」佐々木心音インタビュー第二回はこちら】

「道で拾った女」

脚本・監督：いまおかしんじ

出演：浜田 学　佐々木心音

川上なな実　永井すみれ　東 龍之介　成松 修　川瀬陽太

全国順次公開中

筆者撮影以外の写真はすべて（C）2023レジェンド・ピクチャーズ