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【落合博満の視点vol.16】戦力外通告する選手とタイミングを間違えるな

横尾弘一野球ジャーナリスト
メジャー・リーグを含めた福留孝介の経験値は、決して金では買えないものだ。(写真:ロイター/アフロ)

 プロ野球のペナントレースは終盤に突入し、セ・リーグは巨人、パ・リーグでは福岡ソフトバンクにマジックが点灯。パ・リーグはクライマックスシリーズがあるものの、終戦のムードが強まってきた。10月26日にはドラフト会議を控え、ストーブ・リーグのニュースも出始める中、阪神では球界最年長の福留孝介、能見篤史に事実上の戦力外通告をしたという。

 今季の阪神は、巨人に対抗できる戦力を整備できたと期待されたが、新型コロナウイルスの感染拡大で開幕が遅れたペナントレースを上手く戦えず、ウイルスの感染者も出して不安定な戦いに終始した。また、世代交代期にもあることから、昨年の鳥谷 敬(現・千葉ロッテ)に続き、功労者にも厳しい判断を下したようだ。

 あくまで球団や監督の判断であり、チーム事情を知らない者が是非を論じるべきではないと思う。ただ、一般論とした上で、落合博満はこう語る。

「ファンやメディアの印象も含め、一流と呼んでいい実績を残した選手には、引き際を自分で決めさせればいいんじゃないか」

 中日で監督を務めてきた時の落合は、山本昌や立浪和義といった生え抜きのベテランに引退するタイミングを自分で決めさせた。また、デニー友利、佐伯貴弘、河原純一ら他球団で戦力外になり、現役続行を望む選手にも手を差し伸べた。その理由はこうだ。

「まだやりたいって言う選手には、お腹がいっぱいになるまでやらせればいいじゃないか(笑)。私が長年、プロ野球界に身を置いて感じていることだが、まだやりたいのに泣く泣くユニフォームを脱いだ選手は、自分が指導者になった時も、まだ可能性のありそうな選手のクビを平気で斬れる。私のように、自分の意思で引退させてもらえた選手は、下り坂に入ったベテランやボーダーラインにいる選手を見た時、まだ生かせそうな起用法はないか、という目で見てやれるんだ」

 さらに、落合は続ける。

「これは、プロ野球界に限らず、どんな業種でも言えることだと思うけど、10年にひとりと言われるスーパールーキーだって、プロの経験はゼロ。ケガや故障もつきものの世界で、本当に大成できるかは誰にも保証できないだろう。それに対して、一年でもその世界で生きている者の経験値はバカにならない。明日、試合をすると言われたら、間違いなくスーパールーキーよりも経験者を使う。実力主義の契約社会だから、切り捨てるのは簡単だ。でも、優勝争いのような緊張感ある戦いを続けるためには、経験者の力は絶対に必要だよ。若手を大きく成長させたいなら、彼らの生きた手本としてなおさら不可欠だ」

落合流の戦力外通告とは

 では、落合は監督時代にどんな形で戦力外通告をしてきたのか。日本一になった2007年限りで引退した渡邉博幸は、そのシーズンを戦いながら、攻守に力の衰えを感じていたという。だが、「俺の守備はどう?」とコーチやチームメイトに聞いても、「別に変わらないでしょう」と返され、思い過ごしなのかと悩んでいた。ある日の練習中、渡邉の守備練習を見守っていた落合が、ゆっくり近づき、二人だけの空間でこう言った。

「ナベ、さすがにヘタってきたな」

 この言葉をかけられた時、「あぁ、やっぱり監督にはわかるんだって、身を引く決断ができました」と振り返る。

 チームには新陳代謝が欠かせず、その中ですべての選手に等しくチャンスを与えるのは不可能だ。それでも、厳しい勝負を制するために必要なのは経験値であり、それを考慮した上でチームを編成するべきだと落合は説く。

「表現はよくないけど、スーパールーキーは金で買える。でも、経験は決して金では買えない」

 プロ野球界を動かしているのは、一人ひとりの選手の力だ。選手の処遇を決定し、言い渡すタイミングでは、球団側や監督はこのことを忘れてはならないだろう。

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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