アベノミクスを見限り始めたロンドン市場【安倍首相の欧州歴訪】
法人税率のさらなる引き下げ
欧州歴訪中の安倍晋三首相が1日、ロンドンにやってきた。
ドイツのメルケル首相との首脳会談と同様、ウクライナ問題がキャメロン英首相との首脳会談でも大きなテーマとなるが、世界のマネーが集まる国際金融都市ロンドンで自身の経済政策アベノミクスの成果をどこまでアピールできるかが最大のポイントだ。
キャメロン首相との首脳会談に先立ち、安倍首相はロンドンで開かれていた日本貿易振興機構(JETRO)主催の地方への投資を呼びかけるセミナーに参加、「日本をもっと市場フレンドリーに、投資家にとってエキサイティングに改革していく」とアピールした。
この中で、安倍首相が強調したのは次の6点だ。
(1)法人税率を4月に2.4%下げたばかりだが、グローバル企業の時代に対応するため、さらなる法人税改革を進めていく。
(2)日本と欧州連合(EU)の経済連携協定(EPA)を何としても実現させたい。
(3)世界で競争する日本の都市について政府主導で国家戦略特区制度を推進する。
(4)地域に1社の巨大電力会社が発電、送電、小売りまで独占している日本の電力市場を、2020年を目処に完全に競争的な市場に改革していく。
(5)海外直接投資はアベノミクス第三の矢の成長戦略の柱。2020年までに対日投資残高の倍増を目指す。
(6)社外取締役の増員などコーポレート・ガバナンス(企業統治)の改善に取り組む。
久元喜造・神戸市長や高島宗一郎・神戸市長のプレゼンテーションも素晴らしかった。
しかし、会場の駐日英国大使経験者らから「日本は規制大国だ。規制緩和と無差別待遇というのが2つの重要なキーワードだ。日本に進出した外国企業も日本企業と同じように扱うことが本質的な問題だ」と注文がついた。
サッチャー改革で日本の自動車メーカー、日産自動車が英国に進出した際、サッチャー首相は「英国に進出したからには英国の企業であり、つくられるのは英国の製品だ」という有名な演説を行っている。
日本進出を考える外国企業が一番求めている規制緩和と無差別待遇について、日本側はどうもうまく応えられていないような印象を受けた。国際化とグローバル化の違いは、自国企業と外国企業の垣根をつくらないことだ。
移民受け入れも含め、日本には「ガイジン」という心理的な垣根が根強く残っている。
ホウレン草は食べないアベノミクス
日銀の「異次元金融緩和」に頼るアベノミクスについて、欧米メディアは手厳しい。「デザート(金融緩和、財政出動)だけを先に食べて、本当に必要なホウレン草(構造改革)にまだ手をつけていない」
ロンドンの投資家の多くは第三の矢である成長戦略(構造改革)は掛け声倒れに終わるとみている。
切り札の法人税減税は頭打ちになっている日本の株式市場をもう一度押し上げる効果はあるかもしれないが、法人税が来年4月に20%に引き下げられる英国から見れば中途半端だ。現在35.64%(東京都)の法人実効税率を30%未満に引き下げることができたとしても、外資系企業を呼びこむには不十分だろう。
さらに法人税減税の財源をどこからひねり出すのかという問題も解決していない。さらなる法人税減税は、財政改革という「ホウレン草」を食べずに新たな「デザート」に手をつけるのと同じことになる恐れもある。
メルケル首相は首脳会談後の共同記者会見でアベノミクスについて「それぞれの国のやり方がある」と語ったが、金融緩和と財政出動に頼るアベノミクスと違って、欧州は構造改革の痛みを金融緩和で和らげる政策をとっている。
どの国に投資するかを判断するとき、その国の潜在成長率を上回るリターンを稼ぎだすのは難しい。アベノミクスでデフレという長いトンネルから脱する気配は出てきたものの、日本に中国のような7%台の成長率は期待できない。
人民元の国際化
中国の習近平国家主席は先の欧州歴訪で、ドイツ連邦銀行と中国人民銀行(いずれも中央銀行)はフランクフルト金融市場で人民元建て取引の決済を進める覚書を交わした。ロンドン金融市場を擁する英国も中国と同様の覚書を交わした。
中国が海外と取引する際の人民元建て決済はほとんど香港で行われているが、英BBC放送によると、海外での人民建て取引決済の62%はロンドンで行われている。
中国は現在、シャドーバンキング(影の銀行)問題に揺れている。しかし、ロンドンでは「中国の金融機関の利益率は高く、リーマン・ショックのような金融システムへの影響は回避できる。短期的には市場は混乱するが、将来、市場を重視した金融自由化が進められるだろう」(国際金融フォーラムOMFIFのジュリア・リュング上級アドバイザー)という見方が強くなっている。
中国の国内総生産(GDP)は今年中にも、為替の影響を排除した購買力平価ベースで米国を抜いて、世界1位になる見通しだそうだ。世界銀行や国連などの国際比較プログラム(ICP)が発表したもので、インドは2011年時点ですでに日本を追い抜き、3位に浮上しているという。
通貨の歴史を振り返ると、経済規模が世界最大になった国の通貨はやがて世界の基軸通貨になる可能性がある。
7つの海を支配した大英帝国が経済規模で米国に追いぬかれたのは1872年といわれている。米国のドルが世界の基軸通貨になったのは1944年のブレトンウッズ協定。基軸通貨交代までに第一次大戦と第二次大戦と2つの大戦が起きた。
米国が新たな戦争を起こせば基軸通貨がドルから人民元に移行するスピードは加速する。
政治体制は共産主義を維持し、経済は国家資本主義という中国の人民元が世界の基軸通貨になる日は本当に来るのだろうか。
筆者は中国共産党の一党支配が権力の集中を招き、縁故主義や血縁主義が腐敗をもたらし、やがては市場の健全性を損なう可能性があると考えている。
微妙な権力バランスの上に立つ習主席が腐敗一掃を進めることは権力闘争の引き金になる恐れがある。「腐敗一掃」の旗印が掲げられても抜本的な対策は進まず、地方政府の腐敗と公営企業の肥大化が進むだろう。
絶対権力は絶対に腐敗する。腐敗を防ぐためには権力の分散が必要だ。民主主義は一党支配に比べて非効率に見えるが、選挙を通じて権力を国民一人一人に分散し、市場の淀みを押し流してくれる。
しかし、カジノ金融資本主義に踊った欧米諸国は中国の急成長を目の当たりにして民主主義、市場主義モデルへの自信をなくし始めている。逆に中国はリーマン・ショックで自分たちの政治・経済システムに絶対的な自信を持ち始めた。
4月1日、習主席は欧州歴訪をこんな講演で締めくくった。
「中国は多党制、総統制などを試してきた結果、最後に共産主義が残った。他国の制度はまねしない」
国際通貨基金(IMF)はアベノミクスについて、「最初のインパクトは強かったが、次第に消えつつあるように見える。さらなる改革がない限り、日本は低成長とデフレ、財政状況の悪化、金融政策への過度の依存に陥り、アジア・太平洋地域にマイナスの影響をもたらすリスクがある」と警鐘を鳴らした。
アベノミクスが破綻すれば、民主主義、市場主義モデルの先行きは怪しくなる。安倍首相はデザートはやめにして、ホウレン草を食べるときだ。
(つづく)