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落合博満が「中学生でも真似していい」と評したのは誰のスイングか【落合博満の視点vol.59】

横尾弘一野球ジャーナリスト
超一流選手の打撃フォームで落合博満が「中学生でも真似していい」と言ったのは……。(写真:ロイター/アフロ)

 落合博満は、「バッティングとは、投手との時間の勝負を制すること」と定義している。だから、あるプロの指導者が唱えた「外角の変化球に狙いを定め、内角のストレートに対応する」という教えについて「時間的に不可能だと、私は考える」と述べた。ただ、全面的に否定はせず、こう言った。

「そう教える人は、外角の変化球に狙いを定め、内角のストレートに対応するバッティングを、恐らく自分ではできたんじゃないかと思う。私は、それができたのではなく、そういう感覚でタイミングを合わせていたんだと解釈しているけれど、それだけバッティングの考え方は人によって異なるということだ」

 だから、山川穂高(埼玉西武)や柳田悠岐(福岡ソフトバンク)の考え方や個性的な打撃フォームに「どうして打てるのかわからない」とコメントしつつも、そのメカニズムを理解しようと考え続けている。そんな落合は、「プロ選手のいいものを採り入れたり、真似するのは上達のコツ」としながらも、「ただ、誰の真似をしてもいいわけではない。王 貞治さん、私、イチローの真似は絶対にしてはいけない」と釘を刺す。

 右足を高く上げる王のフラミンゴ打法、バットを体の前に構える落合の神主打法、そして、右足を大きく振るイチローの振り子打法は、何らかの悪癖を改善しようと試みたり、スイングに力を加えるために苦心して編み出した打ち方だ。同じような悩みを抱えた打者がその打法の意味を全面的に理解して採り入れるならまだしも、形だけを真似ても打力向上にはつながらないからだ。

 ただ、落合が「この人のスイングなら、どこを真似してもいいと思う」という打者がいる。それは――長嶋茂雄である。

上半身も下半身も、どうやって動き出しやすくするか

「肩幅と同じくらいのスタンスでスクエアに立ち、マウンドの投手をしっかりと両目で見る。バットを握る手には力を入れ過ぎず、トップの位置はストライク・ゾーンの高目いっぱいあたりに作る。そして、ミートポイントに向かって、ヘッドの重みも利用しながら最短距離でバットを振り出す」

長嶋茂雄は、タイミングを合わせやすい打撃フォームをオーソドックスな動きで身につけた。(写真=K.D.Archive)
長嶋茂雄は、タイミングを合わせやすい打撃フォームをオーソドックスな動きで身につけた。(写真=K.D.Archive)

 落合は、理想的なスイングをそう表現する。現代のように高性能なビデオがなくても、連続写真で見る長嶋のフォームは、落合の言葉そのものだ。さらに、落合はこうつけ加える。

「長嶋さんは、打席に入って構えても、バットのグリップあたりや腰、ヒザが小刻みに動いていた。落ち着きがないように見えていたけれど、私もプロ入りすると、それが打者の本能なんだと理解できた」

 落合によれば、その動きは「バットを持っている腕(上半身)、スイングの土台となる足(下半身)、上と下をつなぐ腰のどれもが、いつでも動き出せるようになっている」とのこと。また、打者がスランプに陥っている時は、スイングする勇気が持てずに動き出しが遅れてしまうから、いつまでもいい結果が得られないケースが多いという。それをも解消できるため、スランプになりにくいという利点も考えられる。

 最近では、構えた位置から予備動作を経ず、一気にバットを振り出そうとするスイングの選手が散見されるが、落合は「それでは体の力がスイングに伝わりにくいし、タイミングも合わせ辛いのではないか」と見ている。

 古くは近藤和彦の天秤棒打法、梨田昌孝のこんにゃく打法、外国人ならフリオ・フランコがヘッドを投手に向けたスコーピオン打法。それら個性的な構えの共通点は、投手が何とか外そうとしてくるタイミングを合わせて打つために、いつでも、どこからでも動き出せるように考え抜いたものだと落合は言う。その中で長嶋は、オーソドックスな構えで「投手との時間の勝負」に負けないスイングを身につけていた。だからこそ、落合は長嶋のスイングこそ「中学生でも真似していい」と太鼓判を押すのだ。

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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