安田純平さん叩くタレント達に戦場ジャーナリストが物申す-橋下氏、たけし氏、松本氏、三浦氏へ
シリアで現地武装勢力に拘束されていたジャーナリストの安田純平さんが解放され、帰国したものの、案の上、彼へのバッシングが行われている。とりわけ、ワイドショーなどで、紛争地取材についての深い理解や経験があるとは言い難いタレント達が、安田さんの事件について、様々な発言をしている。この間、イラクやパレスチナ等で取材を行ってきた戦場ジャーナリストの端くれとして、これらの発言に物申したい。
〇謝罪より事実関係が重要
安田さんの件で、最も活発に発言している著名人の一人が、元大阪市長の橋下徹氏だろう。橋下氏は、『NewsBAR橋下』(Abema TV、先月25日)で、安田さんについて、「『結果出せませんでした。ごめんなさい』と言うのが当然」と語った。
また、橋下氏は自身のツイッターで以下のように投稿している。
これらの発言についてであるが、まず、安田さんは帰国直後、妻の深結さんを通じて、「大変お騒がせし、ご心配をかけました。おかげさまで無事帰国することができました。ありがとうございました」と謝意を述べている。安田さんに批判的な人々からすれば、不十分なのかもしれないが、同業者として筆者が興味があるのは、「謝罪」ではなく「事実関係」だ。とりわけ、何故、拘束されたのか、拘束中はどうであったのか、解放された経緯はどうであったのか、これらの事実関係は、今後の大きな教訓となろう。橋下氏は、「ガイドラインをつくれ」というが、日本の報道機関にも、危険地取材のマニュアルはある。かつて筆者が、イラクでの取材記事や写真を東京新聞に提供していた頃、事前に同紙から、共同通信がまとめた具体的な事例に基づくマニュアルをもらい、その内容についての説明も受けた。だから、安田さんが今後語るであろう彼自身の経験は、報道各社や筆者のようなフリーランスの記者にとって、非常に重要な情報、財産となることは間違いない。
〇海外の報道任せでいいのか
また、橋下氏は、自身のツイッターで、
とも述べているが、これも軽率な発言だろう。よく国家の食料自給率の重要性が語られるように、情報の自給率もまた重要だと、筆者は考える。一見、遠いことに思える海外の事柄が、どのように日本と関係あるのかという視点で取材する「国産」のジャーナリストは必要だ。
最近の例で言えば、安倍政権は急速にイスラエルとの関係を強化、日本は大幅に同国への投資を増やしている。だが、パレスチナ人のデモ隊に対して実弾で殺傷、医療従事者まで射殺するなどして、イスラエルが国際社会から強い批判を浴びている中、同国と日本が接近しすぎることは、モラルが問われることであるし、リスクにもなり得ることであるが、そうした視点での報道がもっと日本で増えることを、現地で取材していた者としては願うばかりだ。
関連↓
安倍政権とイスラエルの関係強化は国益か? ガザの「虐殺」を現場取材した日本人記者の違和感 https://hbol.jp/166985
〇金のために紛争地に行くわけではない
「一攫千金のため危険な地域に行って拘束された」というのも、よくある誤解である。タレントのビートたけし氏は
と自身がMCを務める「新・情報7DAYS ニュースキャスター」(TBS系、先月27日放送)で発言。
当事者として言わせてもらえば、フリーのジャーナリストが紛争地取材に行くのは、金のためではない。現地への渡航費や案内役や通訳への日当、場合によっては護衛も雇うなど、紛争地取材はとにかくコストがかかる。1日あたり数万円かかることは当たり前。現地でまとまった取材を行うには短くても2週間程度は必要であるし、1カ月以上の取材もよくあるが、バカにならないコストだ。金がかかると言えば、例えば、バグダッド国際空港から市内へむかう「世界で最も危険な道路」=ルート・アイリッシュを通る際、誘拐等から身を守るために護衛をつけた場合、数十万円もの費用が必要な時もあった。だから、雑誌の原稿料や写真使用料では、到底ペイしないし、テレビ局の地上波のニュース番組に秒あたり数千円で映像を買ってもらえることもあるが、そうした機会も毎度あるわけではない。単純に金を稼ぐという点では、安全な番組スタジオ内であれこれ評論している方が、よほど割が良いだろう。それでも、ジャーナリスト達が紛争地に向かうのは、彼の地で起きている悲劇を、日本を含む世界の人々に知ってもらいたいという、戦災に苦しむ無辜の人々の思いに応えるため、だ。
また、ビートたけし氏は登山家が山で遭難したケースを引き合いに
とも発言したが、遭難と誘拐では、政府として対応が異なることは言うまでもない。
*当の登山家でも、アルピニストの野口健氏が紛争地取材を登山になぞらえて論評することが度々あったが、そもそも報道と登山は性質が全く異なるものなので、例えとしては適当ではない。
〇過去の具体的な事例からの配慮を
と発言したのは、タレントの松本人志氏(『ワイドナショー』フジテレビ系、先月28日)。メディアでの露出が多く影響力のある人物がこうした発言をするのも、危険なことだ。2004年4月、イラクで人質とされた日本人3人は帰国後、「文句を言いたい」人々による凄まじいバッシングで、家から一歩も出られなくなる事態に陥った。人質とされた一人である今井紀明さんは、当時、背後から突然殴られたり、兄が事件の影響で失業したりしたという(関連情報)。タレントとは言え、ワイドショーで時事問題について発言する立場にある松本氏には、自らの発言が安田さんやその家族への危害を助長することがないよう、過去の事例も踏まえて慎重な物言いをしてもらいたい。
また松本氏は上述の放送で
と発言したが、まともなジャーナリストであれば、わざと人質になるという、あまりに危険かつ職業倫理的にも問題ある行為をしようなどとは、その発想すら出てこないだろう。安田さんが自由となるまで、虐待も受けながら3年4カ月も耐えざるを得なかったこと、また安田さんが拘束されていた地域でシリア政府軍やロシア軍が猛空爆を行っていたことを、松本氏には是非考慮していただきたい。
〇拙速な決めつけは控えるべき
国際政治学者という肩書を持ちながら、度々その言説が物議をかもしている三浦瑠麗氏は、安田さんについての発言も粗雑なものだった。三浦氏は『ワイドナショー』(フジテレビ系、先月28日)で
と断言。安田さんから有益な情報は得られないとの見方を示した。だが、既に本稿で述べたように、まず安田さんの拘束経験や関連する事実関係自体が、他の紛争地で取材する報道各社及びフリーの記者にとって、具体的な教訓として、非常に有益である。また、安田さんがまだその経験の全てを語っていない中で、「有益な情報はない」と決めつけるのは、拙速であろう。
さらに、一部報道にあるような、安田さんの身代金をカタールが支払ったかも定かではなく、証拠も何もない。安田さんの解放当時、彼が拘束されていたシリア北部イドリブ県では、同地域へのシリア政府軍の総攻撃を回避するため、非武装地帯をつくることで、シリア政府側を支援するロシアと、反政府勢力側に影響力を持つトルコが合意。これに伴い、非武装地帯とされた地域から、反政府武装勢力が撤退を開始し始めた。このことが、安田さんの解放につながった可能性もある。それは、今後の安田さん自身の説明などからも検証すべきことで、現時点で「テロ組織にお金が渡った」と断定することは、あまりに乱暴な決めつけである。
〇タレントも相応の知識や経験が必要
日本では、憲法で「言論の自由」が保障されている。著しく事実と異なる誹謗中傷でない限り、様々な議論があることは当然であろう。ただ、専門知識や経験、人権への配慮を欠いたタレント達がワイドショーなどで放言し、それをタブロイド紙やネットメディアが拡散するという、現在の日本の言論の在り方には、やはり疑問を持たざるを得ない。海外では、例えば俳優のジョージ・クルーニー氏や、女優のアンジェリーナ・ジョリー氏などは国連大使として素晴らしい演説を行い、難民キャンプなどの現場も訪れている。日本のタレント達も時事問題を語るのであれば、相応の知識や経験を身につけていくべきではないか。
(了)