兄弟が同日先発&同日今季初勝利!小笠原慎之介(中日ドラゴンズ)の弟・智一は人生初の完投勝利
■人生初の完投勝利
「めっちゃ嬉しいっす」。
いつもニコニコ顔の小笠原智一投手だが、この日はさらにその何倍も笑顔を輝かせていた。
人生初の完投勝利。8月18日、開幕戦で惜敗した堺シュライクス相手に成し遂げた、その味は格別だった。兵庫ブルーサンダーズでの初めての白星でもある。
「去年完投はしたけど(昨年は郡山アスレチックスBCに所属)、完投勝利は初めて。連戦で明日も試合あるし、暑いし、(中継ぎを使わないよう)完投するつもりだった」。
立ち上がりから安定していた。ストライク先行のピッチングはテンポよく、すいすいと回を重ねた。「この暑さだから無駄球はなくした」と、長い回を投げるために省エネピッチングを心がけた。
■「脱力」を意識し、持てる引き出しをすべてオープン
もっとも意識したのは「脱力」だ。
「力感なくストライクを取りにいけた。北海道くらいからそういうイメージでやってたけど、北海道ではちょっと(体のバランスが)噛み合わなかった」。
同8日、北海道ベースボールリーグ選抜チームとの対戦(非公式戦)で先発し、4回を投げて7安打4失点だった。そのあと2度のブルペンで手応えを掴んだ。
その“コツ”は、グラブをはめた左手にあるという。突き出した左手を一瞬、くっと捻る。そうすることで開きを遅らせることができ、突っ込まず力感なく投げられる。自身で考え、試したことがハマッた。
といっても、その一辺倒ではない。9イニングスの中で強弱も使った。
「最後、決めるところは決める。力感なく投げるけど、最後の決めるところはいつもより腕を振ったりとか。バッターからもボールの見え方が違ったと思う」。
個々にタイミングを変えたのだという。とくに終盤の七回から九回は力の入れ方も変えた。それによって「ちょっと荒れた」とは言うが、無四死球で終えたのは見事だ。
「今日は四球と死球がないのが、一番成長したなってところかな」。
打者によって、また回が深まるごとに自在に変化を見せた。自身の引き出しを次々に開け、相手に的を絞らせなかった。失点シーンで連打が一度あっただけで、あとは散発だった。
「9回、もうフルに自分の引き出しを開けたって感じ」。
フルオープンで出しきったが、完投勝利を挙げたことでまた、新たな引き出しが小笠原投手の中に構築されたに違いない。
■自身の反省点と野手への感謝
ただ、反省も忘れない。五回裏、アンディ選手の2ランで先制してもらった。だが整備を挟んだ六回表、1死二、三塁の場面で投ゴロを捕ったあと「もうちょい早く投げてれば」という深追いした自身の挟殺プレーのミスをきっかけに、3点を失った。
しかしそれでも、なんとか1点ビハインドで踏みとどまった。
すると七回裏、2死満塁から濱田勇志選手が四球を選んで同点としてくれた。
「ほんとデカかった、濱田さんが粘ってたの。あそこからいい感じに流れ変わったと思う」。
その流れは続いた。連続押し出し四球で1点勝ち越したあと、蔡鉦宇選手の満塁走者一掃タイムリー二塁打で、ほぼ勝利を決定づけた。
「1点差やったら八回は來間(孔志朗)、九回は小牧(顕士郎)の予定やった」と、4点リードしたことで橋本大祐監督も続投させることを決意した。
九回を迎えるとき、橋本監督から続投するか打診された小笠原投手は、歓喜して引き受けた。投げることが大好きなのだ。
「そりゃいきてぇなと思って(笑)。完投と八回で終わりじゃだいぶ違うから」。
そして115球を投げきって、人生初の完投勝利を手にした。
■兄弟同日先発、同日今季初勝利
実はいつも以上に、どうしても勝ちたい理由があった。この日、兄の小笠原慎之介投手(中日ドラゴンズ)も先発が予告されていた。前日から「兄弟で先発。兄弟で今季初勝利できたらいいな」と鼻息を荒くしていたのだ。
試合後、「あと3時間後だ」と口にし、兄の勝利を願った。整骨院で治療を受けながら、スマホで試合中継に見入った。ただ、疲労から途中、寝落ちてしまったが…。
そして兄も今季初勝利を挙げることができた。6回3失点。失点数は同じだが、イニング数は弟が勝った。
とはいえ、「兄弟なのにめちゃくちゃ遠い存在」という兄の背中には、まだまだ追いつけそうにない。「まずは遠ざかっている兄貴を見つけます」と一歩でも近づこうと、今後も己を磨く。
開幕戦の先発も立候補した。公式戦だけではない。練習での紅白戦であろうが、非公式戦であろうが、投げられる場面では常に積極的に手を挙げる。投げることが大好きだ。これは誰にも負けない。
いつか兄貴と肩を並べる日まで―。
小笠原智一は投げて、投げて、投げまくる。
■橋本大祐監督の小笠原智一評
今日はよかった。変化球でもストライク取れたし、先に追い込めたし、思ってたとおりのピッチングができたんじゃないかな。
以前はセットのときに間がなくて、軸足に乗れていなかったが、だいぶよくなっている。突っ込まなくなっている。
もともとコントロールが悪いピッチャーじゃないけど、頭が突っ込んでしまってたんで、リリースの位置が合わないというのがあった。右足に体重が乗るようになって突っ込まなくなってきてるんで、ある程度自分の思ってるとこにコントロールできたのかな。リリースも安定している。
北海道でも悪くはなかったけど、登板間のブルペンがすごくよかったから、六~七回くらいまではいけるだろうと思っていた。
今日は打たれたヒットが全部単打で長打がなかったし、四球もなかった。
(唯一のピンチとなった六回表、本人の挟殺ミスで1点返されて、無死二、三塁の場面でマウンドに行った)
「2人返していいよ」と言った。「3点まではいいから。とりあえずアウトを1コ取ろう」って、バックも後ろに下げた。
(一ゴロと中前打で逆転されたが、中飛と牽制でチェンジ)
牽制アウトでまた流れが来るやろうと思ったし、六回終わって76球と球数も少なかった。もう1~2回と思っていた。
1点差のままなら來間に代えようと思ったけど、4点差になったんで。八回終わって105球やったし、120から130まではいけるかなと。
「どうする?」って訊いたら、「え!いっていいんですか?」って言うから、「じゃ、いこう」って言って(笑)。
本人はいきたかったんでしょう。最初から完封するって言ってたんで、今日は(笑)。投げるのが本当に好き。
課題は、次の試合に向けてとなると、今日のピッチングが持続できるかどうか。そして本人の今後となると、もうちょっと球速も上げないと。まぁまだ体もできていないから。まずはそこから。
■満塁走者一掃タイムリーを打った蔡鉦宇選手
勝利を決定づける一打を放ったのは、蔡鉦宇選手だ。
2-0と先制したものの、六回表に逆転された。
七回裏だ。2死から2つの押し出し四球で4-3と再逆転。なおも続く満塁の場面で、蔡選手は打席に向かった。
ここでシュライクスは2番手の片岡篤志投手にスイッチした。
途中入団の片岡投手の投球は、8月14日の対戦でベンチから見ている。めっぽう速いことは折り込み済みだ。そこで蔡選手は狙い球を絞った。
「速いイメージだったので、まっすぐしか狙ってなかった。変化球は捨てた。あとは木村(豪)コーチに言われたとおり、ボールの上からたたくというイメージでスイングした」。
割り切って張ったとおり外のストレートをしっかりとらえ、左中間へ運んで塁上のランナーをすべて帰還させた。
橋本監督も「蔡だけ唯一、BCリーグ経験者(昨年は福島レッドホープスに在籍)で、速い球はほかの子より見慣れている。ひょっとしたら一番、まっすぐに合うかなと思った」と、速球をとらえてくれるだろうと期待していたと振り返る。
「そこまでの打席の内容がよくなかったので、なんとか1本打ってチームに貢献したいという気持ちで打席に入った」。
副キャプテンとしての責任感が打たせた一打だった。
■緊張する後輩をフォロー
自分がチームを引っ張らねばという気概は常に待っている。試合中はいつも周りの選手に気を配り、声をかける。
この日は五回表、正捕手の小山一樹選手が負傷退場した。
「同じ副キャプテンをやっている小山が抜けて、雰囲気を悪くしてはいけないと思った」。
代わりにマスクをかぶった小倉寛夢選手は、6月13日の開幕戦以来の出場だ。そのときは九回裏のビハインドの場面、守ったのは1イニングだった。しかしこの日はまだ五回途中で、ゲーム展開も拮抗していた。
とてつもなく緊張しているであろう小倉選手に駆け寄った蔡選手は、すぐにこう声をかけた。
「エラーしてもいいから。自分のできることをやれば大丈夫だから。ちゃんと自信をもってやりきったらいい」。
小倉選手にとっては、さぞかし心強かったことだろう。
■副キャプテンとして率先して声を出して牽引
声をかけるのは試合中だけではない。
以前はグラウンドに着いてダラダラしている選手も少なくなく、毎日のように永山英成コーチに注意されていた。しかしこれではいけないと、キャプテンの仲瀬貴啓選手と両副キャプテンの3人で話し合い、改善するよう努めた。注意される前に自分たちで声をかけていくことを意識した。
「年上の僕から声を出さないと、年下の人も出しにくい。僕が率先してやらないとと思ってやっている」。
そういったこともあり、チームの雰囲気は徐々によくなってきた。それが先日の今季初勝利、それに続く3連勝に繋がっている。
蔡選手の声が響いている限り、もうチームのムードが悪くなることはなさそうだ。
■緊急マスクの小倉寛夢捕手
この日、“陰のヒーロー”となったのが、小倉寛夢選手だ。
お立ち台に呼ばれはしなかったが、「ハッキリ言って期待以上の活躍だった」と橋本監督も、その働きは大いに認めていた。
「小山はウチの精神的支柱なんで、抜けるとひょっとしたらガタッていくかなとも思ったけど、小倉が意外と落ち着いていた。もっとバタバタするかと思った。必死さがいいほうに出たのかな。小山のあとっていうのと、あの試合展開と」。
しんどい状況だからこそ、潜在能力が目覚めたのかもしれない。
■ピッチャーとのコミュニケーションを大事に
小笠原投手が好投している緊迫した展開だ。重いプレッシャーの中での緊急交代に、小倉選手は「正直、九回まで緊張していて、全然覚えてない」と汗を拭った。
それでも準備だけは怠らない。常にベンチで「自分が出たら、ここはこういう配球をしよう。こういうバッティングができるだろう」と考え、ゲーム展開を読んでいる。
この日も「小笠原の今日の一番いいボール、きてたボールを中心にうまく組み立ててやっていこうと思った」と、ストレートとカーブをうまく織り交ぜた。
もともとテンポは速いほうだというが、小笠原投手からも「テンポを速くしてください」というリクエストもあり、より意識した。
「イニング間、ちょっとの時間でもしゃべったりとか、ベンチで今日の調子を聞いたりとか、普段からなにげないことでも話したりする」と、常々ピッチャーとのコミュニケーションを大切にしている。試合後には必ずスコアを確認して反省し、次に生かすことも忘れない。
■“大きな山”を超える
今季初の打席にも立ったが、捕邪飛と中飛という結果に終わった。
「ちょっともう頭の中、真っ白で…。まだまだ小山さんとの差があるのかなと思う」。
すべての面で小山捕手を超えなければレギュラーは獲れない。しかし今、まさにチャンスだ。
「橋本監督に信頼してもらえるように、これからも練習から頑張っていきたい」。
“小山”とはいっても実際は“大きな山”だ。この大きな山をなんとしても超えて、次は“表のヒーロー”になる。
■対堺シュライクス4連戦の結果は・・・?
この翌日、5試合ぶりに黒星を喫した兵庫ブルーサンダーズ。次戦は明日22日、また堺シュライクスと南港中央公園野球場で対峙する。
この対シュライクス4連戦で「3勝1敗」を目標に掲げた橋本監督。ここまで「2勝1敗」だ。明日は絶対に負けられない。
(表記のない写真の撮影は筆者)