「市町村長はワクチン優先接種対象者」という主張の真偽
市町村長ら自治体幹部がキャンセル分を利用して自身にワクチン接種させた事が相次いで報道されています。
ネット上ではワクチン接種の公正性、効率性を巡って様々な意見が飛び交っていますが、効率性から問題無しと主張する人達の中で、ある主張が画像と共に拡散されています。市町村長ら特定の公務員は、ワクチンの優先接種対象者であるという主張です。
主張と共にネットで拡散されている画像の一例をみてみましょう。
上の画像は政府の「新型インフルエンザ等対策有識者会議 社会機能に関する分科会(第9回)」で配られた資料のスクリーンショットと見られ、これを根拠に市町村長は優先接種対象だと主張しているようです。
さて、この「特定接種」という制度は、2013年に施行された新型インフルエンザ等対策特別措置法の中で定められたもので、「医療の提供又は国民生活・国民経済の安定に寄与する業務を行う事業者の従業員や、新型インフルエンザ等対策の実施に携わる公務員に対して行う予防接種」(厚労省資料(PDF)より)とされています。
医療や行政、経済を維持するための制度であり、そのために優先的にワクチン接種を行う人々があらかじめ指定されているのです。対象者には市町村長ら自治体幹部も含まれており、2018年度では561万人が対象者として登録されています。
ここまで見れば「市町村長も含まれるから接種も問題無いな」と思われるかもしれません。しかし、実際は違います。今回の新型コロナワクチン接種において、特定接種の枠組みは取られていません。
昨年の段階では、政府が特定接種を検討しているという報道もありました。
しかし、最終的には特定接種の枠組みは使われていません。今年2月9日に内閣官房・厚生労働省が定めた「新型コロナウイルス感染症に係るワクチンの接種について」(PDF)では、次のように接種の方針を定めています。
上にあるように「特定接種の枠組みではなく」と宣言されており、今回の新型コロナワクチン接種では、特定接種の枠組みは利用されていないのです。
優先接種対象者でないにも関わらず接種をうけた首長らは、いずれも特定接種の枠組みであると説明したとは報道されておらず、ネットで出回っている「市町村長は優先接種対象」だという主張は、都合の良い事実の切り取りか、接種の制度そのものを誤読していると思われます。
また、接種をうけた首長の釈明を見ても、特定接種の概念は出てきません。兵庫県神河町の山名宗悟町長は「危機管理を担う立場から接種した」(朝日新聞記事より)という主張は特定接種の考えに近いのでまだ分かるのですが、茨城県城里町の上遠野修町長は「接種は(町の)保健センターで行われるため、その開設者である私も医療従事者」(毎日新聞記事より)とかなり無理のある主張をしています。
先日、ドラッグストア大手スギホールディングス会長夫妻に愛知県西尾市が接種の便宜をはかった事が報じられましたが、便宜に至るまでの秘書と行政とのやりとりでは、会長夫妻が薬剤師でも現場に立っていないことから医療従事者とみなされていませんでした(東海テレビ記事)。上遠野町長の主張はこうした例からも通るのは難しいでしょう。
真に効率を謳うなら、接種のキャンセルは確実に出るのだから、最初からキャンセル分の扱いをガイドラインなりを定めて公表すればよかっただけの話で、不公正への不満と無用の混乱を招いた首長らの行動は、効率の観点からも批判されてしかるべきものではないでしょうか。