【落合博満の視点vol.38】落合竜が2011年に大逆転優勝を成し遂げた秘策とは
現役時代、打撃タイトルを手にする秘訣を「常にライバルより1本でも上にいること。逃げるが勝ち」と表現した落合博満は、監督として中日を率いた時も、ペナントレースを制するために先行逃げ切りの戦いを目指した。だが、当時の中日はどちらかと言えばスロースターターだった。
「キャンプで半端じゃない練習量をこなしていたから、オープン戦を経て開幕した頃にちょうど最初の疲れが出る。それに、地域によってはまだ肌寒く、なかなか思い通りの動きができないけれど、気温が上昇するにしたがって投打に安定し、他のチームがへばる夏場には本調子になる」
そう語る落合は出足の悪さも気にせず、本当に夏場以降は無類の強さを発揮した。だが、2011年は3月11日に発生した東日本大震災で開幕が遅れ、照明の電力を節約するためにデーゲームへの切り替えなどがあったため、なかなか試合運びが安定しなかった。すると、東京ヤクルトが4月後半から首位に立ち、そのままペナントレースをリードしていく。
実は、3月25日に球団社長が交代した時点で、その年限りで監督を辞する決意を固めた落合は、何が何でも球団史上初のリーグ連覇を達成しようとした。そのための準備も整っていたはずなのだが、いざ開幕すると打線の状態が上がらない。しかも、大きな期待を寄せた新外国人のジョエル・グスマンも、開幕戦で豪快な一発を放ったあとはさっぱりだ。ちなみに、その理由は以下なのだが……。
落合博満監督の大失敗2――リーグ連覇の陰で潰れた最高の外国人選手
ともあれ、連覇を目論んだ戦いは、8月2日のナゴヤドームで直接対決に0×1で敗れると、東京ヤクルトに10ゲーム差まで離されてしまう。落合の特技と言っていい先行逃げ切りではなく、怒濤の追い上げが連覇達成には不可欠となった。
8月上旬に東京ヤクルトが5連敗し、何とか6.5ゲーム差まで詰めたものの、8月14日の横浜(現・横浜DeNA)戦では3安打で0×1と痛い黒星を喫してしまう。どんな指揮官でも頭に血が昇るであろう試合後、落合は穏やかな表情でこう言った。
「今年はどうやったって打てないんだ。私が戦い方を間違えた。もう勝ちにはいかない。ひたすら負けないようにして、必ずスワローズを追い抜くから見ていろよ」
その言葉を額面通りに受け取る心境にはならなかったが、一方で落合が「見ていろよ」と口にした時は100%実現することも知っている。あえて逆転優勝への秘策を問うと、2つの要素を説明してくれた。
ナゴヤドームなら東京ヤクルトに勝てる
この頃は東京ヤクルトを相手に苦戦が続いており、特にビジターの神宮球場では散々な結果。事実、この年も2勝8敗2引き分けと大きく負け越している。ただ、この年は直接対決をまだ12試合残しており、うち9試合がホームのナゴヤドームだった。
「谷繁(元信)のようなベテラン捕手は、投手や対戦相手の打線だけでなく、球場なども考慮してリードを組み立てる。その神宮での傾向が、徹底的に分析されたようなんだ。けれど、ナゴヤドームなら谷繁のリードも変わる。神宮のように負けることはないはずだし、東京ヤクルトには敵地の直接対決で負けられないという重圧もかかってくるだろう」
これが、ひとつ目の客観的要素だ。では、もうひとつ、「負けないようにする」という落合の秘策とは具体的にどうするのか。
野球の試合には流れがある。勝利を目指すには、その流れを引き寄せるために戦術的な手を打ったり、選手交代を活用する。だが、手は打ち間違えば流れを手放すし、選手交代にもリスクが伴うというのが落合の持論だ。そこで、できる限り手を打たず、ディフェンスを固め、極論すればじっとして相手が自滅するのを待つのが、落合が密かに実践した戦い方だ。
例えば、9月8日の巨人戦は、澤村拓一(現・ボストン・レッドソックス)が先発だったが、落合はベンチで「今日の澤村は打てない」と公言。自軍の先発、エンジェルベルト・ソトには「1点取られたら負けるぞ」と発破をかけ、澤村に2安打に抑えられたものの延長12回を0×0で引き分ける。
10月9日の巨人戦では、同じような戦いを選手たちが実践した。ディッキー・ゴンザレスに1安打と手こずったが、球数を費やさせて8回から継投に持ち込ませ、延長10回裏に堂上剛裕のサヨナラ安打で1×0と辛勝する。イニングの先頭打者が出塁すれば、判で押したようにバントで送り、タイムリーが出るのをひたすら待つ。「高校野球のようで面白くない」と揶揄されながらも、「チームを勝たせるのが仕事」と受け流し、本拠地の東京ヤクルト戦も8勝1敗と圧倒してペナントを死守した。自分から動かなければ、勝利は引き寄せられなくても負けるリスクは軽減できる。この球史に残る大逆転優勝を振り返り、落合は言う。
「チーム打率.228で優勝したんだ(笑)。打線が振るわないから勝てませんとは、もう言えないでしょう。どんなチーム状態でも勝ち方はある。それが野球の面白いところじゃないか」
(写真=K.D. Archive)