平成の終わりに考える。子どもや孫のいない人生をどう生きていくか。平成家族物語
孤独を心配する現代日本人にフィットした物語
1月12日の朝日新聞デジタルで“自分の孤独死「心配」増加、50%に 朝日世論調査”という記事が掲載されていた。
そこにはこんな一文が。「一人暮らしの世帯は増え続けており、国の推計では、2040年に全世帯の4割が一人暮らしになる」。
多くの人が老後、頼れる人を持てず、孤独死を心配している。
埼玉県東松山市が“小さな街の小さな公社の大きな挑戦”とうたって行う「〜平成家族物語〜舞台芸術によるまちづくりプロジェクト第1弾」の「東松山戯曲賞」の受賞作は、そんな孤独を心配する現代日本人にフィットした作品が選ばれた。
受賞作は緑川有さんによる『枇杷の家』。58歳と62歳の独身女性と62歳の未亡人という三人がシェアハウスで暮らす物語だ。何か確たる筋やテーマがあるというより、とめどなく三人がしゃべり続ける様が魅力で、選定委員のひとり岩松了さんが「くっちゃべり芝居」と命名した。
血縁者でない三人が一緒に暮らし、日々、おしゃべりしているという状況を、選定委員の渡辺弘さんは「平成が透けて見える」「女性が活躍してきた平成をよく表している」と評価する。ちなみに男女雇用機会均等法が成立したのは、平成になる3年前の昭和60年(1985年)だ。平成9年には改正されている。
同じく選定委員で、このたび読売文学賞、戯曲・シナリオ賞を受賞した桑原裕子さんの評は「最後の問いかけが悲観的なものでなく、逞しさや明るさに満ちたものであるのも個人的に励まされるような想いがしました」というものだ。
緑川さんは昭和25年生まれ(1950年)生まれ。「平成家族物語」というテーマで戯曲を書いて応募するにあたってこう考えた。
「昭和に生まれ育った私には、平成の30年間は短くて、まだ昭和を引きずっていたような気がしています。そもそも、昭和や平成という元号による区切りはあっても、昨日と今日はそんなに変わらず、人生の流れはずっと続いています。そんな生活の中で友人たちと、中国にあるような庭のあるシェアハウスがあったらいいなという話をしたことがあります。気の合う仲間で老後を共に暮らして、誰かが亡くなったら、残った人でおくっていくようなことができたらいいなって。夢物語かもしれませんが、それを戯曲にしてみました」
子供がいて、孫がいて、ということはラッキーなのだと思います。
最終審査に残った7作のなかで、『枇杷の家』を一番に推した演出家の瀬戸山美咲さん(昭和52年・1977年生まれ)も「内容に共感した」と言う。その根拠に瀬戸山さんはこんなエピソードを挙げた。
「私より上の世代が自由に明るく生きている姿は励みになります。私自身、昨日も女友達とカフェに集まって、メニューの字が小さくて見えないなどと騒いでいたところで、こういうやりとりが若いときより楽しくなりました。きっとみんな年を経るごとに元気になっていくのではないでしょうか。自分が年をとったとき、ひとりでも友達がいれば、明るく生きていけそうな気がします。私の知り合いには、男友達とその息子といっしょに生活している男性(つまり男性三人暮らし)がいるんです。こういう形の同居生活も実際成立していて面白いと思います」
そんな実話もあって、緑川さんの作品にリアリティを感じた瀬戸山さん。今はもうなんでもありの時代なのだろう。ほかの応募作も、ゴルフ場に宇宙船が現れて不幸な幼子を連れ去るSF仕立ての話もあれば、LGBTのお父さんを描いた話などがあったという。
結婚して子供を生み育て代々、家を継いでいくというような形が当たり前だった時代は遠くになりにけり。緑川さんにも子供がいない。
「子供がいて、孫がいて、ということはラッキーなのだと思います。家族がいない同士で、木陰に佇むように身を寄せ合って生きていくスタイルは今後、増えていくでしょう。タイトルにした“枇杷”は実のある木がいいなと思いついたもの。後付ではありますが、ひとつの房にみっつよっつ実がなる枇杷はこれからの共生の形に合っているような気がします」
書いた人は、芥川賞受賞作家を輩出した小説教室出身
血のつながっていない者たちによるコミュニティーづくりの大切さを、緑川さん自身が実感しているからこそ、戯曲にも実が感じられたのだろう。多くの秀作の中から激論の末、選ばれた緑川さん。今回の受賞にもコミュニティーが役立っていた。
「私は十数年前から小説を書き始めて、書き続けたいとがんばってはいるのですが、時にうまくいかなくて諦めそうになります。そんな時、同じく”書く”仲間が力になってくれます。作品を読んで厳しい講評をしてくれたり、励ましてくれたり、仲間たちで支えあっています」
ひとはひとりでは生きられない、協力し合うことが大事だと思わされるエピソードである。
緑川さんは本業であるデザイナーの仕事の傍ら、長らく小説教室にも通っていて、井岡道子の筆名で、書籍(「父のグッド・バイ」(山梨日日新聞社))も出版している。10年間通った小説教室は、第158回芥川賞受賞作『おらおらでひとりいぐも』の若竹千佐子さんと『百年泥(ひゃくねんどろ)』の石井遊佳さんを輩出したとして話題になった文芸誌『海燕』の元編集長根本昌夫さんが講師。芥川賞効果で注目された教室だ。
平成の家族を、朗読劇、演劇、音楽劇に
さて、『枇杷の家』は瀬戸山さんの演出で、まず朗読劇になり、それから演劇、音楽劇と3年計画で進化していく。この大規模な計画が“小さな街の小さな公社の大きな挑戦”といわれるゆえんだ。瀬戸山さんは、2019年の読売演劇大賞優秀演出家賞にノミネートもされている期待の演劇人。彼女にとっても今回の企画は大きな挑戦になる。
出演者は演劇未経験者も含む。緑川さんは「瀬戸山さんやスタッフの皆さんとの打ち合わせは、サークル活動はじめたみたいな楽しさです」と、ときどき稽古場も見学するつもりと言う。大学時代は演劇が好きで演劇部に入っていたことを思い出すようだ。
瀬戸山さんと緑川さんもまだ数回しか会っていないと言いながら、すでに仲の良い女友達のような雰囲気になっていた。話題がどんどんすり変わっていきながらおしゃべりが延々続いていく、その激しい勢いが魅力という『枇杷の家』のようにふたりの会話も話題がつきなかった。
「たまたま近所に住んでいたので、そばの喫茶店で打ち合わせしています」と瀬戸山さんは笑った。きっとくっちゃべり打ち合わせで盛り上がるのだろう。
朗読劇 枇杷の家
3月24日(日) 11時〜 15時〜 2回公演
東松山市松山市民活動センターホール
チケット発売日 2月5日(火)
同日、「平成の家族を語らう会」〜くっちゃべり芝居を観てのくっちゃべり会〜
が開催される。登壇者は、緑川有さん、瀬戸山美咲さん、渡辺弘さんのほかに、
文春WOMAN編集長・井崎彩さん、NPO法人フォーラム自治研究理事長・嶋津隆文さん