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【落合博満の視点vol.53】発想の転換——強打者との勝負は3ボールから

横尾弘一野球ジャーナリスト
村上宗隆ら現代の強打者は、『3ボールからの勝負』を経験しているだろうか。(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 日本最高のサウスポーと評され、先発、リリーフとも高い実績を残している江夏 豊にインタビューした際、興味深い考え方を聞いた。先発ローテーションの軸を担っていた阪神時代、王 貞治との勝負が特に注目されていたが、強打者と勝負する際にあえて3ボールにすることがあったという。「ある程度、コントロールに自信がなければできないことなんだけど。落合(博満)のような右打者の場合に」と前置きして、こう語った。

「ストレートを外角低目、カーブを内角低目、またストレートを外角低目に投げ込む。勝負をしていると見せかけ、意図的にややボールにしてカウント3ボールにするんだ。落合なら3ボールからでも『待て』のサインは出ないだろう。好球必打で待っているはずだが、一方で余程タイミングが合わない限り、4球目を打ってくることはないはずだ。そこで、甘くてもいいので外角低目に投げ込めば、恐らく見送って3ボール1ストライクになる。次は、2球目のようなカーブをストライク・ゾーンに投げ込めば、これも恐らく打ってこない。これでフルカウントだ。6球目は、自分が一番自信を持っているボールを投げ込む。イニング、点差、走者の有無など、ケースによっても変わるけれど、この配球ならば自信のある1球で落合を打ち取る確率を高くできるだろう」

 江夏が日本ハムに在籍した1981年から3年間は、落合が続けて首位打者を手にし、1982年には史上最年少で三冠王に輝いている。そんな強打者は、他の打者と同じような配球ではなかなか打ち取ることができない。江夏はそう考えていた。

 後日、落合に江夏の話をすると、「あぁ、江夏さんに限らず、何度かそういう攻め方をされたことはあるよ」と答えた。

 落合は「個人的な感覚だけど……」と、こんな話を聞かせてくれた。

「3ボールでも集中して4球目を待っているけど、かなり自信のあるコースにこなければ手は出さないかな。フォアボールの可能性も高い状況で、万が一、打ち損じてしまったら試合の流れも変えてしまいかねない。また、それが1打席目だったら、その後の打席にも引きずるというか、気持ちよく打席に立てないこともあるからね。それで3ボール1ストライクになれば、より集中はしているんだけど、私の場合は狙いを絞り込んでいて、手を出さないケースも多かったと思う。そうした私の傾向も出した上で、3ボールからの勝負をしていたんだと思うけどね」

3ボールは投手に不利な状況だからこそ

 ファースト・ストライクから積極的にスイングしてくる外国人選手の場合には、3ボールで気持ちを焦らせ、4球目にストライクからボールになる変化球に手を出させる配球も効果的だったという。落合の現役時代、野球は「頭を使ったほうが優位」という考え方が主流だった。だから、強打者を打ち取りたいと思えば、徹底した投げ込みでコントロールを磨き、独特な軌道を描く変化球を身につけようと取り組むのが正攻法である。だが、駆け引きをしながら、投手が優位なカウントに持ち込み、ウイニング・ショットを思い通りに決めるという勝負はなかなかできるものではない。

「だから、投手も打者も“発想の転換”が大切だった。例えば、私が一軍に上がったばかりの頃は、山田久志さんをほとんど打てなかった。来るとわかっていても、勝負球のシンカーで打ち取られてしまうんだ。けれど、ある時「沈むボールをすくい上げようとせず、上から潰すように打ったら」と発想を転換し、当たり損ねだけれど山田さんの足に当たるヒットを打ったら、山田さんと私の立場は逆転した」

 だが、山田もそのままでは終わらない。落合限定で勝負球にカーブを多投するようになり、対戦成績を押し戻してきたという。他の打者はシンカーで打ち取るのに、落合にだけはカーブを使った。

「そのカーブは、失礼ながら曲がりもよくない『カー』程度のボール。他の打者には通用しないのに、私にだけは投げてきた。だから、私もそれを攻略しようと考え始めると、時折、スッと織り交ぜてくるシンカーにもやられるようになってしまった。私が発想を転換してシンカーを攻略したら、山田さんも発想を転換してカーブでやり返してきたんだ」

 カウント3ボールは、どちらかと言えば投手(バッテリー)が不利な状況である。だからこそ、そこでミスショットをしたらもったいないという打者の心理を利用し、通常では投げにくいストライクを取っていく。あえて5球の回り道をしながら、自信のある1球にかける勝負も、エースと強打者の間では繰り広げられていたのである。

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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