「災害後のレジリエンス」を世界へ―大震災後のネパールで伝えたかったこと
■ネパールで開かれた復興支援セミナー
2015年10月3日、ネパールの首都カトマンズにあるヒマラヤホテルにて、ネパール最高裁判所とJICAの共催による「震災関連紛争の経験共有セミナー」が開催された。日本ネパール間で数年にわたり続けている「裁判所能力強化プロジェクト」の事業期間中にネパール大震災が発生。復興支援セミナー企画の運びとなった。ネパール政府側からは、最高裁判所関係者、高等・地方裁判所、特別裁判所、法・司法・制憲議会、国会省、検事総長府、ネパール弁護士会、ネパール警察、ネパール保険委員会、関連ドナー等約70名の復興を支える官民のエキスパートたちが参加した。私は日本からのゲストスピーカーとして、僭越ながらメインスピーチを担当し、「災害復興法学のすすめ」と題して冒頭に約90分の講演を行った。
そのほか、登壇メンバーは、ギリシュ・チャンドラ・ラル最高裁判所判事、ビプル・ニュウパネ最高裁判所事務局長、ヘマンタ・ラウル判事(カトマンズ地方裁判所)、スニル・ポカレル氏(ネパール弁護士会事務局長)、バサンタ・アチャーリア氏(カトマンズ市役所上席法務官)、清水勉氏(JICAネパール事務所所長)ら。それぞれの立場から今までの震災対応とこれからの課題や目指す施策などが説明された。
震災後の対応について、消防・救助隊でもなく、医療・福祉の専門職でもなく、建築・ICTの技術者でもない、法律家の「弁護士」が、いったい何を伝えようとしたのか。11月下旬に、JICAウェブサイトにセミナーの様子が公開されたことをきっかけにまとめておきたい。
■2015年10月初旬のネパール・カトマンズの様子
4月25日、ネパール首都カトマンズ北西77キロメートルを震源とするM7.8の大地震が発生した。都市では多くの建築物が倒壊し、地方では大規模な土砂崩等も発生した。犠牲者は約8500名。謹んでお悔やみを申し上げるとともに復旧に尽力されている方々へ敬意を表する。カトマンズ中心部でも建物被害は深刻で建築瑕疵紛争も後を絶たない。カトマンズ盆地内に点在する世界文化遺産も大きな被害を受けた。10月の時点でも所々に爪痕は残っていた。
滞在したのは10月1日から約1週間。9月20日に7年の空白を経てネパール憲法が公布されたばかりの祝福すべき日のはずだった。ところが、様々な政治状況によって憲法公布に反対していたインド政府が国境を封鎖。ネパール国内は深刻なガソリン不足に陥っていた。滞在期間中に予定していたシンドゥパルチョーク等被害が甚大な地域への訪問は断念することになった。この記事を書いている時点でも事態は改善しておらず、僅かなガソリンを入手するための長蛇の列が続いているという。
■法律家による情報提供・アウトリーチ支援の必要性
訪問に先立つ6月のある日、ネパールに長期派遣され法整備支援に関わっている弁護士とオンライン会議を行った。ネパールでは、「建築物の損壊に伴う近隣紛争」「住宅ローンを残したままの住居の滅失」「証明書などの紛失による権利関係の混乱」「裁判等様々な期限の途過への対応や文書送達の困難」などの声が多く上がっているということだった。この話を聞いて、東日本大震災直後の被災者のニーズを想起せざるを得なかった。日本の都市部では賃貸借契約や相隣関係に関する紛争が多数起きていた。津波被災地では相続放棄の熟慮期間や「二重ローン問題」に悩まされる被災者が後を絶たなかった。弁護士は政府や関係機関と協力して、未曽有の困難を克服する新たな支援制度を作ってきた。東日本大震災後に弁護士が行った被災者支援や政策立案は、ネパールの復興においても役に立つに違いないと考えた。
セミナーの基調講演では、弁護士が東日本災害直後から無料法律相談を繰り返し、紛争予防機能やカウンセリング機能をはたしてきたことを述べた。さらに、生活再建支援情報の提供(復興情報)が必須かつ効果的であることを強調した。具体的には、法律紙芝居、避難所巡回相談、仮設住居訪問、弁護士会ニュースなどによる、法律家によるアウトリーチの情報提供支援の実績などだ。弁護士や行政が、支援政策を直接現地の被災者へ届け、説明しなければならないのだと強調した。
■被災地のニーズを集約して政策立案を
東日本大震災後に弁護士が行った法律相談事例は、日弁連災害対策本部で集約し、データベース化をした。当時日弁連災害対策本部室長を兼務していた私のもとには、1年余りで4万件以上の相談カルテが集まってきた。ひとつひとつを弁護士らがチェックし、再分類・再入力をした。政策の実現に、データベースから作ったグラフの存在が寄与した。特にネパールでも参考になると思われたのは、「被災ローン減免制度など二重ローン対策の構築」「相続放棄の熟慮期間の延長」「仙台弁護士会の震災ADR(裁判外紛争解決手続)による被災者同士の紛争の解決」などの公共政策実現の軌跡だ。弁護士が被災者のニーズを反映させて、真に復興に資する政策の担い手になりうることを強調した。特に、仙台弁護士会が主体となって実施しているADR(裁判外紛争解決手続)による震災紛争解決については、もともとネパールにも地域単位で実施している「コミュニティ調停」システムがあることからか、非常に強い関心が寄せられた。法律上の期限や証明書不在の事態に臨機応変に対応した法改正にも注目が集まった。
■震災後の支援の在り方こそ発信すべき「強靭性=レジリエンス」
被災者や企業にとって有益な支援情報であっても、政府や自治体から発信しているだけでは、なかなか被災者に利用されない。千差万別の被災者のニーズにマッチした情報を個別に考慮する必要があるだからだ。東日本大震災において少なからず情報提供支援に寄与した例の1つが、弁護士による無料法律相談活動だと考える。被災者のニーズを全体的に考慮し、あらゆる制度を、官民問わず「横串」で眺めて情報提供してきたことが奏功したのかもしれない。もちろん、このような知識は弁護士だけが独占するものではない。多くの支援者において「災害後によく使われる支援制度」の存在などを知っていれば、少なくとも窓口の紹介などのコーディネートができると思われる。日本は、今までも産官学の連携により、被災者や被災企業の再建に寄与してきたはずだ。
加えて、支援や相談の結果引き出された被災者や企業のニーズを、法改正の根拠たる「立法事実」として集約してきた。これを、政策立案や法改正・運用改善などに反映する努力をしてきた。それが今の災害法制をつくり上げてきたのではないか。災害のたびに日本の法制度は進化し、少しずつ「すべきこと」「できること」を増やしている。だからこそ想定外の事態でも一歩先を想像し、緊急時の施策実現に踏み切れる。少なくとも東日本大震災から現在に至るまでの政府のダイナミックな災害法制の改正や運用改善の動きには注目せずにはいられない。
災害後のアウトリーチとフィードバックによる政策立案。この経験そのものが、日本が世界に伝えるべき「強靭性(きょうじんせい)」=「レジリエンス」ではないだろうか。東日本大震災後に既存の概念打ち破り法律が改正されるに至った数々のエピソードがそれを物語っている。
(参考)JICA公式ウェブサイト(日本語/英語)
法整備支援関連「震災関連紛争の経験共有セミナー」の実施について-日本における震災後対応の経験をネパール復興へ-
基調講演「災害復興法学のすすめ」“An Encouragement of Disaster Recovery and Revitalization Law”ほか当日資料が掲載