日本と世界の食料安全保障政策:輸入を前提とした政策の限界、世界の食料システムの根本問題
日本の食料と農業の根幹が揺れている。きっかけは、新型コロナとロシアによるウクライナ戦争で起こった世界の食料価格高騰だ。両国が世界の主要穀物であるトウモロコシ輸出量の約3割、小麦輸出量の約2割を占めていたことから、世界の食料価格が高騰した。両国に穀物輸入を依存していた中東やアフリカの国々では、極度の食料不安や食料危機と言える状況が生まれている。
日本でも主に畜産用の飼料に使用される飼料トウモロコシ価格の高騰や農業全般に利用される肥料価格の高騰が起こり農家に大きな影響を与えており、政府は食料安全保障政策の改訂を模索している。飼料トウモロコシや肥料の原材料はほぼ輸入に依存してきたからだ(図1)。
知っておいて欲しいのは、現在の世界の食料危機は食料不足ではなく、「食料価格」の危機であり、世界的な価格上昇が社会的弱者を苦しめていることだ。実際、世界の穀物在庫量は大きく変化しておらず、食料価格が高騰したことで食料を入手できない人びとが増えている状況だ(図2)。
海外では、食料システムを価格に対して脆弱にさせる 構造的弱点が指摘されている。 最初の弱点は、上述してきた食料の輸入依存性と食料生産の一部の国への集中だ。多くの国が主食作物を輸入に依存し、その輸入の多くを一握りの輸出国、流通のほとんどを穀物多国籍企業数社に依存するという偏った依存関係にあるため、非常に脆弱な状態にある。世界の小麦輸出の90%はわずか7ヵ国と欧州連合(EU)で、トウモロコシ輸出の 87%はわずか4ヵ国で占められているのだ。また 1995 年には、小麦、米、トウモロコシ(人類が消費する 7,000 種類の植物のうちのわずか 3 種類)が、世界の植物由来の食物エネルギー摂取量の 50% 以上を占めるようになり食生活面においても著しく主食作物に依存するようになった。
他の弱点は、穀物市場のシステムが不透明で機能不全に陥りやすく、投機が起こりやすいことだ。短期的なリターンに注目する投機家が商品投資に飛びつき、食料価格の上昇を引き起こしていることがこれまでも問題化してきた。また世界の穀物取引の大部分を支配する穀物メジャーは、大量の穀物備蓄を保有するが、それを公的に報告しないため、世界の食料備蓄を明確に把握できず、食料価格高騰の要因となっていると批判されている。
ウクライナ危機を契機とした世界の穀物貿易の減少と農業に不可欠な肥料の価格高騰は、世界の食料システムを混乱に陥れている。特に食料輸入国は、輸入が突然不安定化しており、食料安全保障政策の転換に躍起になっている。その一つが日本だ。日本は 1950 年代から国際貿易体制に加盟し、工業製品輸出の見返りに農産物輸入を拡大させてきた。日本の農業政策は、輸入食料を前提として設計されてきたが、その前提がわずか数ヵ月で崩れてしまったのだ。政府は、昨秋から食料安全保障政策を議論し、小麦や米粉等の生産振興をしていく予定だが、短期間での増産は困難であり、政府の政策転換も根本を改善するものでないため食料不足を心配する声がささやかれ始めている。
最後にウクライナ危機以降に国際社会でも非常に重要になってきているキーワードである食料安全保障の考え方を紹介しよう。1970 年代初頭にこの用語が初めて国際政策に導入されて以来、その考え方は変化してきた。現在の国連の食料安全保障の定義は、「すべての人が、活動的で健康的な生活のための食事ニーズと食品の好みを満たす十分で安全で栄養価の高い食料に、物理的、社会的かつ経済的に常時アクセスできる場合に存在する状況」となっている。国連はさらにこの定義に基づき、以下の 4 つの食料安全保障の要素を重要視している。
①食料の入手可能性(Availability):適切な品質の食料が十分な量で供給されている。
②食料への経済的および物理的アクセス(Access):栄養ある食料を入手するための合法的、政治的、経済的、社会的な権利を持つ。
③食料の利用(Utilization):安全で栄養価の高い食料を摂取できる。
④長期にわたる安定性(Stability):いつ何時でも適切な食料を入手できる安定性がある。
国連は、各国が国民にこうした定義や要素に基づき食料を確保する義務を負うことを推奨している。 しかし、世界的な食料の格差、そして貧困の拡大、気候・生態系の危機の悪化は、食料安全保障をこの 4要素のアプローチだけで考えることを困難にさせている。繰り返される食料危機の中で、追加する要素として注目されるのが「主体性・自立性(agency)」と「持続可能性(sustainability)」だ。主体性・自立性とは、自らが食料システムに関わる能力であり、自らの文化的価値を維持する手法でもある。持続可能性とは、持続可能な社会に向けた食料の生産と消費の観点から政策を検討することを意味する。専門家らは、この 2 つの要素を体系的に組み入れることが重要で、それにより将来にわたって食料不足に苦しむ人びとが食料を確保できるようになると主張している。
上述のごとく日本も食料安全保障の新たな対応を模索しているが、輸入依存は変更していないその方向性は、国際的な食料安全保障の見地からは考えてみると不十分なものと言わざるを得ない。
今後に必要なのは、食卓から農家とつながり世界と日本の食料の課題を考え始めることだ。その中で重要なのは、まず国産小麦や米粉等のまだ利用可能性がある農産物を徹底利用して、新しい食品と農業の形そして未来の食卓を想像していくことと言えるだろう。
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