デジタルラジオを普及させたい政府と市民の困惑 ノルウェーがFM放送廃止へ
「ラジオの通信状態が悪いと、報告する車の運転手たちがいる。住民の声には真剣に耳を傾けるべき」。ノルウェー自動車連盟の広報ソーダル氏は、クラッセカンペン紙への取材で答える。
1月11日、ノルウェーは、アナログからデジタルラジオのDAB+への移行を開始。ヌールラン県を皮切りに、今後は国内で次々と、公共放送と全国放送のラジオを、DAB+へと年内に移行していく。200以上の小規模な局は、2021年末までの移行を目指す。
DAB+がラジオの未来?
「ノルウェーには、日本のように、地震などの自然災害がありません。緊急時にラジオがないとどうするんだ、という質問でノルウェー人の頭に浮かぶ心配事といえば、天気情報でしょうか。AM放送ラジオは、今でもノルウェーの複数の県にありますが、誰も聞いている人はいないでしょうね」。
「この国では、戦後はFM放送が中心となり、これからは DAB+。音楽番組など、チャンネル数が増加するので、若い視聴者を増やすことができますよ」。DAB+の情報を伝える公式サイト「デジタルラジオ」のリーダーである、オーレ・ヨルゲン・トルヴマルク氏は、筆者との電話取材で楽しそうに答えた。
政府が推進していることから、国営放送局NRKも、ポジティブな報道を必死に伝える。
本当に、DAB+は色々な所で聴けるの?
しかし、地方ラジオ団体が発信する情報や、SNSに目を通してみると、政府や国営放送局が主張するほど、まだDAB+の普及には難関があるように見られる。
クラッセカンペン紙の報道によると、自動車連盟が昨年の11月、DAB+放送の通信状態が悪いところを会員に聞いたところ、1100以上のフィードバックが殺到。
とある4県では、通信が聴けないと、389か所が記録された。そのうち214か所は、政府などがこれまで発表してたラジオ地図で、「通信状態が非常に良い」とされていたところだった。
「中心道路や大規模なエリアから離れるほど、DAB+の通信状態は悪くなる傾向に」と、自動車連盟の広報ソーダル氏は同紙に語る。
FM放送が強制的に廃止されたヌールラン県(地方局をのぞく)でも、政府などが「聴けるはず」とする地域(133か所)で、車の運転手たちは「聴けない」と報告している(84か所)。
政府の主張(=そうであって欲しいという理想?)と、運転手の主張(=残念な事実?)には、大きな距離がある。
DAB+の通信状態がよいのは国営放送局のみで、民放や地方局は遅れ気味?
国営放送局NRKの担当者ヴァッサセン氏は、スタッフが報告があった場所を実際に運転して調査しているが、DAB+の通信状態は悪くないとする。しかし、NRKのチャンネルには問題はないが、民放地方局のチャンネルの通信状態は、確かに多少悪いと話す。また、そもそもFM通信でさえ、100%必ずどこでも聞けるわけではないと、付け加えた。
各ラジオ局のフェイスブックページのコメント欄を見ていても、ヌールラン県の市民から「車や船で聴けない」という投稿が目立っている。
これまでの調査が示してきたほど、DAB+の通信状態は本当はよくないのではないか?それは、政治家の間でも不安の種となっており、昨年のクリスマス前には、国会で各政党が「本当に、FM放送を完全廃止して大丈夫なのか」と議論していた。
ラジオが聴けたり、聴けなくなっている市民は大変だ。
と、18日の夜にこの記事を書いている時、ノルウェーメディアが速報を流した。一部の地域で回線トラブルが発生、全国でDAB放送が視聴不可能になっているという。
ラジオが聴けなくなったと、NRKには問い合わせの電話がきているという。FM放送が強制的に廃止されたヌールラン県の住民は、国営や大手民放のラジオを聴く手段を一切絶たれたことになる。県の警察は、ツイッターで、「DAB放送が聴けなくなっています」と市民に情報を緊急発信。
やはり、政府のFM放送の強制的な廃止は早すぎた? 今、ヌールラン県の人は、ため息をついているかもしれない。
※ラジオ通信状態は、その後1時間以内に元通りになった
Photo&Text: Asaki Abumi