地球温暖化の意外なリスク 「世界一受けたい授業」のネタ補足
1月23日放送の日本テレビ「世界一受けたい授業」に出演させて頂いた(収録は昨年末)。
授業のテーマは「身近に起こる事実が判明! 地球温暖化の意外なリスク」である。
テーマも内容も、出演依頼を頂いてから、制作スタッフと打合せを重ねて決まってきたものだ。
多くの視聴者に飽きられずに興味を持って見てもらうため、番組制作側はできるだけ一般的に知られていない、驚いたり笑ったりできるような、つまりはエンターテイニングな「ネタ」を使いたがる(今時、テレビで「シロクマ」や「ツバル」を見せて温暖化の話をしたら、多くの視聴者はチャンネルを変えてしまうのだ)。
解説する専門家の側から見ると、このようなネタにはリスクがある。ガセネタをそうと気付かずに解説してしまったら、信頼を損なうからだ。
製作スタッフが探してきてくださるネタは、基本的にはネット記事である。これを真偽不明のまま孫引きして紹介するわけにはいかないので、それぞれのネタの元論文を探して目を通す必要があった。
結果的に、この作業はなかなか面白かった。
自分が知らなかっただけで、様々な「キワモノ」的分野における地球温暖化のリスクが研究され、意外にしっかりした論文になっている。
IPCCの報告書では、このような知見は「確信度が低い」(証拠の数が少ないか、証拠の一致度が低い)と分類され、大きくは扱われないだろう。
しかし、「リスク」に見落としや想定外は無い方がよい。確信度が低いからといって必ずしも軽視せずに、たまにキワモノにも注目してみることには、一定の意義があるだろう。
前置きが長くなったが、番組の「元ネタ」を紹介していきたい。
飛行機の揺れが激しくなる
ネット記事はたとえばこちら。
元論文はこちら。
Intensification of winter transatlantic aviation turbulence in response to climate change
論文は一流誌Nature Climate Change(ちなみに、第2著者のManoj Joshiは筆者が以前に英国気象局に滞在していたとき毎日一緒にランチを食べていた友人だった。こんな研究をしていたとは)。
シミュレーション結果の分析により、温暖化によりジェット気流が強くなり、飛行機の運行に影響する乱流が強くなるという内容。ただし、分析は大西洋域に限られるので、この論文だけからは太平洋域で同様な影響が予測されるかは不明である。
動物が小型になる
ネット記事はこちら。
元論文はこちら。
Shrinking body size as an ecological response to climate change
こちらもNature Climate Changeの論文をAFPの記事で紹介というパターン。
筆者は専門外につき初めて知ったが、一般に、暑い気候帯では体熱を放出する効率を高くするため体が(表面積に対する体積の比が)小さく、逆に寒い気候帯では体熱を保つため体が大きく進化することがベルクマンの法則として知られている(例外も多いらしいが)。
過去の生物の化石からも、最近の実験からも、気温の上昇による動植物の小型化の証拠が多く見つかっているようだ。
ただし、これが将来100年程度の短い時間でどの程度現れ、それが人間の食料等にどう影響するかは難しい問題だろう。
なお、ネット記事ではリス等が40%小型化という数字が出ているが、元論文ではその数字が確認できなかったため、論文の引用文献まで遡って確認できた20%程度という数字を番組中では使ってもらった。
食べ物がマズくなる
地球温暖化が農業に影響をもたらすことはよく知られているが、今回、スタッフが見つけてきてくれた記事はこちら。
「地球温暖化でラーメン、カレーがマズくなる 暑さで豚肉、野菜の味に悪影響でると研究結果」
これだとあまりにネット用に誇張された紹介記事なので、元ネタを辿るとメルボルン大学の報告書に。
APPETITE FOR CHANGE Global Warming Impacts on Food and Farming Regions in Australia
そこに、国内の研究でよく知られているコメへの影響などを追加した。
もちろん、「マズくなる」と言い切るのはテレビ向けに誇張、単純化されていると理解して頂きたい。品種改良などの「適応」で美味しい食べ物を作る努力がなされている。また、編集でカットされたが、例えばリンゴは色付きが悪くなるものの、糖度が上がる(美味しくなる)という研究があることも紹介しようとしていた。
人間が太りやすい体質になる
これは今回最もキワモノ感が高かった、最後まで悩んだネタ。ネット記事は例えばこちら。
研究者が「CO2が人間を太らせる」と発表し物議 / 海外ネットユーザー「いくら何でもそれはない!」「センスなさすぎ」
ネット記事の時点で既にキワモノ扱いだが、海外の記事では比較的真剣に取り上げているのもある。
元論文はこちらだが、掲載誌のNutrition and Diabetesは、これもなんとNature系列の一流誌だ。
A proposed potential role for increasing atmospheric CO2 as a promoter of weight gain and obesity
そこで、一つの説としての根拠はあると判断し、紹介することは同意したが、「多くある要因の一つとして提唱されていること」とスタジオで補足させて頂いた。
なお、これは温暖化の影響というよりもCO2濃度増加が人体(ホルモンバランス等)に直接影響する話である点にも注意。
眠っていた未知の病原体が目覚める
ネット記事はこちら。
論文はこちら。これも一流誌であるPNAS(米国科学アカデミー紀要)に掲載。
In-depth study of Mollivirus sibericum, a new 30,000-y-old giant virus infecting Acanthamoeba
これは特に補足したいことはない。筆者は専門外であるが、真に心配すべきリスクの一つであるようにみえる。
世界中で戦争が増える
「戦争が増える」はテレビ用の単純化したフレーズで、紛争、テロ、難民といった国際社会秩序の混乱を取り上げるのが意図である。
近年よく指摘されるようになったことではあるが、ネット記事は例えばこれ。
こちらが記事で紹介されている報告書。
Climate Change, A Risk Assessment
番組で言及したシリアの内戦と気候変動の関係については、例えば以下の論文が出ている。
Climate change in the Fertile Crescent and implications of the recent Syrian drought
ナレーションでは「温暖化が原因とされる干ばつによりシリアの内戦が起きた」と単純な因果関係に聞こえるので、「温暖化はそのような問題の引き金や拡大要因になりうる社会的ストレスの一つである」とスタジオで補足させて頂いた。
その他の補足
その他に、イントロのところで、グリーンランドの氷床が融けて海面が7m上昇すると、東京のどのあたりが浸水するという、よくある表現が使われたが、誤解を招くので補足したい。
グリーンランドの氷床がすべて融けると海面が7m上昇するのは事実だが、すべて融けるには数百年以上の時間がかかると考えられている。今すぐ7m上がってしまうような印象を与える表現はよくない。これは2006年のアル・ゴアの映画「不都合な真実」に対しても指摘されたことだ。
これについてもスタジオで補足説明を試みたが、編集でカットされてしまった。
それから、「夫婦が離婚すると温暖化に悪影響を及ぼす」というのも、筆者が特段積極的に言いたかったことではなかったが、スタジオと絡むための小ネタとしてスタッフが探してくださったものだ。これもPNASに論文が出ている。
Environmental impacts of divorce
最初にも述べたが、番組を制作する側の狙いと、解説する立場の出演者がその機会を利用して主張したいことや発言を許容できることの間にはギャップがあるのが普通だ。これはメディアを通じた科学コミュニケーション一般にいえることだろう。
今回は、制作スタッフが丁寧に筆者の意見を聞いてくれたし、筆者も筆者なりに番組の狙いを理解しようと努め、比較的うまく妥協点を見出すことができたように思う。
よい機会を頂いて感謝している。