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「コーヒーの個人消費量世界一」のフィンランドから 世界の気候変動と消費行動とサステナビリティを考える

靴家さちこフィンランド在住ライター・ジャーナリスト
話題の書籍『世界からコーヒーがなくなるまえに』青土社刊

 国民一人当たりのコーヒー消費量が12キロと、世界一のコーヒー愛飲国、フィンランド。同国では人と会う時の誘い文句は「コーヒーでもどう?」で、コーヒー休憩が働く人の権利にもなっている。そんなコーヒー好きの国らしい書籍が2018年にフィンランドで出版されている。その名も『世界からコーヒーがなくなるまえに』(”KAHVIVALLANKUMOUS” LIKE)。なんとも危機感をつのらせるタイトルである。著者は出版社勤務のノンフィクション・ライターのペトリ・レッパネン(Petri Leppanen)と、コーヒー業界に20年の専門家であり執筆家でありコンサルタントでもあるラリ・サロマー(Lari Salomaa)。そんな二人が精力的に書いたコーヒーの未来を考えるための一冊を日本語に訳したセルボ・貴子さんにお話を伺った。

フィンランドで翻訳と通訳コーディネーターとして活躍するセルボ貴子さん
フィンランドで翻訳と通訳コーディネーターとして活躍するセルボ貴子さん

 セルボ貴子さんというと、フィンランド第一の通訳者というイメージがあります。2014年には『ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソン』も翻訳されていらっしゃいますけれど、今回の『世界からコーヒーがなくなるまえに』との出会いは何でしたか?

 ありがとうございます。諸先輩方を差し置いて第一とまではとても言えませんが、電力関連の通訳に限っては、ドイツ以北でこの10年、かなり経験を積ませてもらったと思います。今回の出版翻訳は、原書の作者達のインタビューを見て、発売4か月前に原書の事を知ったのがきっかけです。

 本がお好きで、日本語フィンランド語関わらず幅広くいろいろ読んでいらっしゃいますが、これまでにもフィンランド語で書かれた本で、これは日本語に訳されるべき!と思った本には、どのようなものがありましたか?

 最近、持続可能性や微生物、自然のしくみに興味がシフトしています。昨年ならノンフィクション部門のフィンランディア賞を取った将来の森林を見据えた若手ジャーナリスト+カメラマンの写真も物悲しくも美しい『私達の後の森(仮)』(“Metsa: meida:n ja:lkeemme” LIKE 2019)も良かったですし、一昨年であれば、私の住むポリ出身で、チューリヒの研究者が書いた『終わりなき寄生虫の世界(仮)』(”Loputtomat loiset” LIKE 2018)も寄生虫への愛に溢れる本です。世の中いろいろな分野に突き抜けた人がいて、面白いですよね。

原題”KAHVIVALLANKUMOUS”とはコーヒー革命という意味
原題”KAHVIVALLANKUMOUS”とはコーヒー革命という意味

 

 Twitterなど拝見しておりますと、サステナビリティに関する話題を多く取り上げていらっしゃいますね。今回この『世界からコーヒーがなくなるまえに』を日本語訳したいと駆り立てたものは、何でしたか?

 フィンランド発の世界循環経済フォーラムなど、通訳の仕事でもサステナビリティ、SDGsといったテーマがここ3年ほどで増えてきました。自身でも温暖化が進んでいるとあちこちで感じるようになっていました。でも日本に一時帰国すると、過剰包装や使い捨てのあれこれ、フードロスの多さも目につきます。消費財だけでなく企業活動でもサステナビリティが言葉だけ広がっている気がしていました。私はコーヒーが元々大好きなので、コーヒーとサステナビリティ、この組み合わせだ、是非日本に紹介したい!と思ったんです。

 国民一人あたりの消費量が世界一であったり、職場のコーヒー休憩の権利など、何かとコーヒーにまつわる話題で盛り上がるフィンランドなだけに、今まで通りたくさん飲めなくなる?ような内容に触れることはどのようにお考えになりましたか?

 フィンランドは政府として循環経済(限られた資源をどう将来に生かすか、無駄なく循環させるか)のロードマップを掲げた最初の国ですし、民間企業もどうやってSDGsをビ'''ジネスモデルにするか真剣に取り組んでいます。消費者も声を上げることを厭いませんし、企業もかなり消費者の動向を気にしています。

 コーヒーに関して言えば、フィンランド人にとっては日常にしっかり組み込まれたものであるだけに、飲めなくなったら困るという人はかなり多いと思います。職場や色々な会合で出されるコーヒーが多いのでしょうね。平均して一人当たりの消費量が12kg(日本は3kg)というのはかなり多いです。同時にこの本はコーヒーをテーマにしつつも広く農産物、生産者に当てはまる話ですので日本でも、コーヒー好きの方以外にも幅広くアピールできるのではないかと思いました。

フィンランドのSNSでコーヒー焙煎メーカーが呼び掛けたコーヒーを無駄にせず一杯を全部飲み切るキャンペーン
フィンランドのSNSでコーヒー焙煎メーカーが呼び掛けたコーヒーを無駄にせず一杯を全部飲み切るキャンペーン

 フィンランドではどのようなサステナブルなコーヒーの飲み方が実践されていますか?

 フィンランドの職場では一日二回コーヒーブレイクがあり、実はまだ多くのオフィスでたっぷりフィルターコーヒーを淹れています。そして余ったものは保温で煮詰まって不味くなるので流しに捨てられてしまう。そこをサステナブルに、飲む分だけ淹れるようになってきました。

 多くのオフィスではコーヒーマシンのリースに移行し、エスプレッソ、カプチーノ、フィルターコーヒーとそれぞれ好きなものが選べ、マグカップに一杯ずつ豆を電動で挽いてドリップされるものを飲む形に移行しています。ポア・オーバーという自分で豆を挽いてドリップコーヒーを淹れるスタイルは飲みたい分だけ淹れるので、無駄が無くていいですね。

 原書作者のペトリ・レッパネンさんとラリ・サロマ―さんとは、日本語に翻訳されることについて、どのようなお話をされましたか?

 2年前の4月、記事を読んだその日に編集も手掛けたペトリに連絡を取ったところ、すぐ返事が来て最終校正中の草稿を送ってくれて、とても乗り気でした。彼らもコーヒー本というのは世にたくさんあるけれど、サステナビリティに関するコーヒーの本はないので、ぜひ他言語にも訳されて広まって欲しいと願っていました。

 日本での出版翻訳に合わせてトークイベントなど出来ればと考えてはいたのですが、現在まだ実現していません。日本のコーヒーフェスティバルなどイベントで呼んで頂ければ喜んで二人とも来日しますし、トークが止まらないと思いますよ(笑)宜しければ誰よりも内容をしっかり読んできた私が通訳します!

原書作者のラリ・サロマ―(Lari Salomaa )さん(左)とペトリ・レッパネン(Petri Leppa:nen)さん(右)と二人に囲まれたセルボ貴子さん
原書作者のラリ・サロマ―(Lari Salomaa )さん(左)とペトリ・レッパネン(Petri Leppa:nen)さん(右)と二人に囲まれたセルボ貴子さん

 

 一般的なフィンランドのコーヒーってどんな味ですか?

 北欧は一般的に浅煎りを好む傾向がありますね。フィンランドで最も広く飲まれている安いユフラ・モッカという銘柄も焙煎は浅めです。移住した19年前は浅煎りコーヒーの酸味になれなくてミルクが必須でした。安くて質も悪くて、カフェでも保温が長いものも多く、当時は深煎りが好きだったこともあってあまり美味しいとは感じられませんでした。

 でも豆の個性もすべて失くしてしまう炭化したような深煎りは、こちらでは殆ど見かける事はありません。フィンランドは水が軟水で美味しいので、水質の悪さを焙煎でごまかさなくていいですし、いい豆の特徴を浅~中煎り寄りでうまく表現している焙煎所が多いと思います。ここ数年不動の人気を築いているのはアフリカのフルーティな酸味がある豆です。南米も引き続き人気ですし、大量生産でない意識の高い生産者が頑張っているインド、インドネシア、タイといったアジア諸国の豆も見られるようになってきました。

フィンランドの定番ユフラモッカ
フィンランドの定番ユフラモッカ

 貴子さんにとって、飲み継がれるべき本当に美味しいフィンランドのコーヒーってどんな味ですか?

 難しい質問ですね……。フィンランド人が美味しいと思うものが日本人に単純に受け入れられるかというとそうではないですし、逆もまた同様です。国や地域に加え、子どもの頃にどんなものを食べ慣れていたかでも味覚が発達するかどうかに影響するものですし。私自身、それほど味覚が鋭い方ではないので偉そうなことは言えません。フィンランド人の大多数がいわゆるスペシャルティコーヒー(豆の点数をつけられる欠点で減点する方式)の味を分かるかというと、私のような普通の味覚の人も多いと思います。

 受け継がれて欲しいのは、一人でも、誰かと一緒にでもいいのですが、ほっと一息つけるコーヒータイム。凍えるような寒さの時に出される熱々のコーヒーの有難み、悲しい時に一緒にそれを分かち合える仲間と味わったコーヒー。結局、求めるものは感謝して味わうことに行きつくのかもしれません。美味しい物、美味しいコーヒーは好きですが、世界の贅をつくした食をお金に糸目をつけず求め、競い合うようなものは好きではありません。

冬の間、雪が降らずどんより曇って曇り続けたフィンランド南部
冬の間、雪が降らずどんより曇って曇り続けたフィンランド南部

 2019年~2020年は、貴子さんお住まいのポリでは多少は雪が降ったと思うのですが、南部では全くといっていいほど雪が降らない冬でした。フィンランドの気候変動をどう受け止めておられますか?

 誰が何と言おうと、気候変動(地球温暖化)はじわじわ起こっているのが感じられる昨今です。日本でも毎年のように台風、大雨、洪水、猛暑と異常気象が増えていますよね。ポリも海岸沿いなので雪は元々少ないですが、クリスマスも年が明けても2月末まで雨が降り続き川が増水する暖冬で、おかしいと思っています。

 そんな中、個人で出来る事は飛行機や車の利用を減らすことなどが良く上げられますが、飛行機について皆にあてはめるには賛否両論があり、年に一回バカンスで使うような人は折角の家族の楽しみなどに罪悪感を持つ必要はないと思います。逆に年数十回飛ぶようなケースは考え物ですよね、私も欧州内とはいえ年10回は使うので心が痛い、といいつつ仕事で使わざるを得ない状態です。

 

 食は、動物性たんぱく質についても、もともと日本人の食生活では肉野菜炒めや大豆加工食品等多様なので肉自体をそれ程食べているとは思わないのですが、牛肉や豚肉の量は食べ盛りの男児2名には文句を言われつつも以前より確実に減っています。全てやめるのではなく豆腐と炒め合わせたりして量を減らすという方法も。またCO2を多く飼育から精肉になるまでの段階で排出すると言われている牛肉などを使う時は特に地元の生産者直売で買うなど気をつけるようになって2年程経ちます。

貴子さんも実践しているプロッキング
貴子さんも実践しているプロッキング

 

 ジョギングや散歩の時にごみを拾うプロッギングも、できる限り実践しています。個人で出来る事は影響が少ないからやらないというのではなく、やはりやる意味も、意義もあると思っていますし、影響の大きい企業に消費者行動として働きかける事の意義はこの本にも書かれている通りです。同時に周囲に押し付けない事も、他人の意見を尊重する意味で大事だと考えています。

 コーヒーを次世代に残すために私たちにもできることって何でしょうか?

 出された一杯を大切に飲むこと。飲みたくないなら断ること。資源を使わないで済むなら使わない、というのを徹底させれば多くのフードロスや消費財のロスも減ると思います。コーヒーが育たない北欧に住む自分としては、コーヒーを飲むという事も物流のCO2を考えると実は悩ましいのですが。作者のペトリとラリが言うように「今よりも少なく、大切に味わって飲むしかない」のかなと思います

『世界からコーヒーがなくなるまえに』 ペトリ・レッパネン、ラリ・サロマー著 セルボ貴子訳 青土社刊 1800円+税
『世界からコーヒーがなくなるまえに』 ペトリ・レッパネン、ラリ・サロマー著 セルボ貴子訳 青土社刊 1800円+税

 本書は、出版後日本でもすぐにランキング上位に入るほど注目されていましたね。日本の読者からの反応はいかがですか?

 昨年の10月末に出版され、こうした本では珍しく日経新聞の「目利きが選ぶ3冊」を始め、Honz、東洋経済、ダイヤモンド、エキサイトといった様々な書評で取り上げて頂きました。SDGs、サステナビリティというキーワードに加え、人々の生活に身近なコーヒーというものが目を引いたのかもしれません。その後も毎月コーヒーについての本は出版されているのですが、やはりサステナビリティ主眼の本は他に無いと思います。

 コーヒーに詳しくない人にはとっつきにくかったと言われた部分もありますが、逆にこういう事も全然知らなかった、目から鱗だった、と言って下さった方も。全く畑違いの方から、うちの業界にも共通する悩みです、という読後コメントもあったりして嬉しかったです。

美味しい一杯のコーヒーと至福のスイーツ
美味しい一杯のコーヒーと至福のスイーツ

 今後はどのようなフィンランドの本を日本語に訳されていくおつもりですか?

 今回はもうとにかくやりたいという気持ちで突っ走ったのですが、やはり興味がある内容で、相当の構えもないと気軽には手を出せないと思っています。翻訳の報酬は決して高くはないので、よほどのヒット作に恵まれないと生活も成り立ちません。でもまたやりたいものをみつけてしまうかもしれません。こればかりは一期一会で、自分が本を選ぶのか、逆なのか分かりませんが、出会ってしまう作品もあると思います。本って本当にページの向こうに思わぬ素敵な世界が広がっているものですから。今回は、貴重な機会を頂きましてありがとうございました。 

 こちらこそ、貴重なお話をどうもありがとうございました。

フィンランド在住ライター・ジャーナリスト

1974年生まれ。5~7歳までをタイのバンコクに暮らし、高校時代にアメリカ・ノースダコタ州へ留学。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、NOKIA JAPANを経て、2004年よりフィンランドへ。以降、社会福祉、育児、教育、デザインを中心に、フィンランドのライフスタイル全般に関して、取材、執筆活動中。「ニューズウィーク日本版」などの雑誌の他、「ハフィントンポスト日本版」などのWEBサイトにも多数寄稿。 共著に『ニッポンの評判』『お手本の国のウソ』(新潮社)と『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)などがある。

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