森と湖の国・フィンランド コロナ対策から見えてくる、その特色とは
8月5日現在、フィンランドにおける新型コロナウイルス感染症の発生状況は、感染者が7,483人、死亡者数は331人、人口550万人という国で直近1週間以内に発生した感染者数は69人だ *。3月16日に緊急事態宣言が出た同国では、18日から学校の遠隔授業が始まり、19日に国境封鎖、28日には首都圏が閉鎖されて4月15日に解除された。5月4日には規制緩和、継続と強化を織り交ぜた「ハイブリッド計画」が発表され、5月14日からはもろもろの感染対策を講じながらも、段階的に小中学校の対面教育が再開し、6月16日には国内での流行は沈静化したとの判断で、緊急事態宣言も解除されている。これまでのコロナ感染拡大対策の様子からフィンランドの特色に注目してみよう。
- THLフィンランド国立保健福祉研究所調べ
パニックや苦しみは森と湖の国にも
まずはこのコロナ禍が自然が豊かで穏やかな北欧国の人々の日常に及ぼしてきた影響をふりかえってみる。3月11日のWHOのパンデミック宣言直後には、フィンランドでもトイレットペーパーや日用品の買い占めで、スーパーマーケットの棚が空になる現象が起こっていた。レジには、透明なアクリル板が店員と買い物客を隔てるように設置され、飛沫感染への対策が取られ、食料品のネット販売や配達サービスも普及した。
レストランやカフェがテイクアウトやデリバリーのみとなると、外食文化を楽しむ都会の活気は無くなり、映画館や美術館に各種スポーツ施設、とりわけフィンランドでは社会生活に占める重要性が高い図書館とサウナの閉鎖は、市民の憩いの場の喪失として惜しまれた。北部ラップランドでは十分すぎるほどの雪に恵まれても観光客がいない静まり返ったスキーリゾート、南部の首都圏では雪が積もらず曇り空が続く暖冬が長引き、そのどちらの光景も痛々しく、ともすれば不気味ですらあった。
在宅勤務と遠隔授業に救われた日々
今年1月の労働時間法の改正は、多くのフィンランドの勤め人をテレワークに移行させる助けとなった。この法律が1996年に施行されてから既に、フィンランドでは週に1度以上在宅勤務している人が3割はいたのだが、今回の法改正により、「少なくとも就労時間の半分を自由に」決められるようになった。テレワークは感染防止のために推奨され、6割までに増えた。
保育園とプリスクールは通常通り開園していたが、小学生以上は原則遠隔授業、ただし、保護者が医療機関や警察などの特別な職種で仕事が休めない場合には、小学校低学年は登校して対面授業も可能という体制で始まった。
もともとフィンランドは教育のICT化には力を入れており、学校との連絡には保護者と生徒と学校をつなぐ連絡アプリWilmaが使われていたため、通常事業から遠隔授業への移行は比較的スムーズだった。遠隔授業のツールとしては、Googleおよびマイクロソフト系の教育プラットフォームやWeb会議アプリなどが活用された。我が家の例を挙げてみると、小学5年生の次男の遠隔授業の流れは次の通りである。
1.朝8時に担任の先生からWilma経由で一日の課題が伝達される。
2.指定の時間内(9時半~10時など)に各自Meetに朝の挨拶を書き込む。
3.Class roomに用意されている課題に取りかかる。
(ほぼ時間割通り、全教科から1~2課題)
4.課題はノートに書き込み、自分の携帯のカメラで撮影し、Class room経由で提出。
期限は当日の15時~18時まで。間違いがあればコメント付きで戻され、やり直し。
5.新しい内容を学ぶ際にはMeetのビデオ会議機能を使って先生が解説。
生徒一人一人が理解できたか確認してから課題に誘導。
授業の進度は平常時の7~8割ぐらいと、生徒にも家庭にも負担の無いペースだった。しかも、宿題は無し。サポートが必要な生徒には、特殊支援の先生から生徒本人に安否を気遣うWilmaメッセージが送られ、通学が必要と判断された生徒は、通学を再開するなど柔軟な対応も見られた。他の地域や学校の話を聞いていると、先生によってやり方がずいぶん違う。そこにもまた、もともと全国で統一カリキュラムを持ちながらも、地域→学校→先生の裁量で教え方や授業の進め方を柔軟に決める、フィンランドならではの特色が見えた。
一方、せっかく在宅勤務になっても、子どもの遠隔授業に気を取られて仕事ができなかったり、遠隔授業中に給食の実施や配布が無かった自治体では、大人にかかる負担が生活の中に入りこんできた。このままでは多くの家庭が行き詰まってしまう……という危機感が、児童相談所への相談件数増加のニュースに反映されてきた。
世界最年少女性首相の手腕はいかに?
フィンランドでは、昨年12月10日、若干34歳という世界最年少のサンナ・マリン首相が就任し、話題を呼んだ。
よどみなく一字一句ハッキリと話す首相のフィンランド語は、外国人でも聞き取りやすく、真摯で伝わりやすい。しかし、彼女と並ぶ大臣も全て女性であったり、既に女性首相は3人目ということもあり、”女性”首相のお手並み拝見、という感覚は持ちにくかった。
連日の会見を通して、フィンランド政府が順次国民に伝えたメッセージは次の通りだ。
1.フィンランドの医療レベルは高く、信頼に値する。正確な情報は、フィンランド国立保健福祉研究所の発表を参考にすること
2.パンデミックに対する恐怖心や不安があれば、精神医療ホットラインを活用すること
3.マスクや医療器具の備蓄は十分ある
4.フィンランド政府は企業の倒産防止、個人事業者の支援のために50億ユーロ(約5880億円)の支援パッケージを用意した(後に500万ユーロ(約5億8800万円)が追加)
5.社会保険庁への失業手当、住宅手当、収入補填手当などへの申請が倍増している。多少の遅延はでるが、必ず支払われるので心配しないように
国民の多くが抱えているだろう不安や疑問に一つ一つ迅速に答えていく様子と、まずはメンタルケアへの配慮があったのが、暗くて厳しい冬に鬱を経験する人が多い国らしいと感じた。
フィンランド史上初の子ども向けの記者会見もオンラインで実施された。7〜12歳の子ども記者達からのコロナウイルスとその影響に関する質問に、首相と教育大臣と科学文化大臣が答えた。マリン首相は自分の家族や娘の話もして、不安をかかえる子ども達の心に寄り添った。本会見は海外でも多くのメディアで取り上げられ、画期的な取り組みと好評だった。
4月24日のオンライン記者会見(出典:HS Lasten uutiset 24.4.)
失敗失態を乗り越えその先へ
しかしすべてが賞賛に値するというわけではない。フィンランドには医療防護具の備蓄が十分にあると断言し、EUの医療防護具共同調達への参加を見送った後に、現場での管理が不十分だったため使用期限が切れていることが判明した。慌てて中国から輸入したものの、質が基準に満たずに手配をし直した。
支援パッケージについても、窮地にあるレストラン業界の救済策からの「遅い」「少ない」「不公平」という批判で見直さなければならなかった。フィンランドの政府系機関のコロナ対策補助金に関しては、間違えて必要の無い大企業に入金されて、返金されるなどの不手際もあった。これには首相の配偶者が勤務している会社も関与しており、マリン首相本人がSNSでコメントするなど、信頼回復が必要とされる展開も見られた。
小中学校の対面授業の再開は、対面授業を続けているスウェーデンと遠隔授業に踏み切ったフィンランドでは1~19歳までの子どもの感染率に違いがあまり無いという、フィンランド国立保健福祉研究所の調査報告と、通学できない子ども達の精神面に配慮して再開した。しかし、5月14日から夏休みが始まる6月1日までと短期間であったため、そこに意味があるのか?本当に安全なのか?と多くの反対や不安の声が上がっていた(高校、大学などは遠隔授業を継続)。さらに、子どもに症状が無くても学校を休ませる場合には正当な理由を述べて校長に休暇申請をすることが義務付けられたことについて、やや強硬な印象を受けた。しかし、実際には筆者本人も含め、保護者の意向が尊重され、通学を免れた生徒も多くいる。
フィンランドの学校の夏休みは6月からと早いので、8月中旬からは新学期だ。職場と保育園は8月1日から再開しているので、実際にはもう初秋に差しかかっている。例年通りだと学校の新学期開始後の8月末は、様々な風邪のウイルスが流行るので、考えただけでも身が引き締まる。この国の「アフター夏休み」の状況が、少しでも多くの慎重で思慮深い人達の努力で良好なものになることを今から願っている。
(※2020年8月1日付「海外在住ライターによるウェブ言論メディアSpeakUp Overseas」より加筆・修正のうえ転載)