Yahoo!ニュース

「コンドームも無料」で フィンランドが若者たちの避妊を支援

靴家さちこフィンランド在住ライター・ジャーナリスト
夏を楽しむヘルシンキの若者たち (撮影:Julia Kivela)

 高福祉の国フィンランドが若者たちの避妊支援に積極的な取り組みを見せている。

 2018年1月、隣のヴァンター市を見習って、首都ヘルシンキでも25歳以下の若者たちに無料で避妊法を提供することが決まった。ヘルシンキでは、望まない妊娠による人工中絶の割合を大きく占める25歳以下の若者たちを対象にこの方針を打ち出した。続いて2月には、北部の中央ポフヤンマー県でも20歳以下の若者に対する無料の避妊法の提供が開始された。

日本でもおなじみのコンドーム(筆者撮影)
日本でもおなじみのコンドーム(筆者撮影)

 とりわけ地方の中央ポフヤンマー県での取り組みは、今フィンランド全土で進められているソテ(SOTE)改革(=社会福祉と医療厚生の統合を目的とする自治体の公共サービス改革)により、より多くの地域の予算が一か所に集められるようになったことが追い風になったとされている。

 各自治体のこれらの方針は、ノルウェーの「避妊法の無料提供が人工中絶を減らす」という研究成果が裏付けになっている。ノルウェーでは、無料の避妊法の提供によって10代の若者達の妊娠率を下げた実績がある。フィンランド国立健康社会福祉研究所の専門家によると、この取り組みは人工中絶の件数を減らし、もしもフィンランドが国レベルで展開すれば、国家予算の140万ユーロの節約になる見込みだそうだ。

 無料で提供される避妊法は、避妊経口ピル、避妊リング、ホルモンカプセル、子宮内避妊システム、皮膚パッチ剤、インプラントにコンドームなどと多岐にわたる。無料の避妊法は若者たちに安全な性生活を提供するものだと期待されており、中でもコンドームは性感染症の予防にも役立つ重要な避妊法として推奨されている。

 無料になっても従来通りに、看護師との面談や医者からの診察が必要で、それぞれの状況や身体にあった避妊法を選定して提供されるシステムになっている。無料になったことで、これまでは予算不足で若者たちが断念していた別の方法も検討できるようになった。(※今回の決定では、以前は3か月無料で提供していた避妊経口ピルと避妊リングの無料期間を1年間と定めた。子宮内避妊システムとホルモンカプセルは完全に無料)

子宮内避妊システム ミレナのパンフレット(筆者撮影)
子宮内避妊システム ミレナのパンフレット(筆者撮影)

 無料で避妊できるとなると、若者たちの性活動がより活発になる可能性もあるが、そのような動きはごくわずかなものと見られている。性行為をするためには避妊具も必要だが、その前に性行為も避妊もどちらも一緒にしたいと望む"相手”がいないことには成立しないからだ。さらに言うならすべての若者たちがヘテロセクシュアルというわけでもない。

 ヘルシンキ市では6月1日から若者たちに対する避妊法の無料化を知らせるために、地下鉄やトラムなどで2週間にわたるキャンペーンを実施した。若者たちは通っている学校の保健師、住んでいる地域の保健センター、もしくはヘルシンキ中央の避妊専門ネウヴォラ(=相談所)で指導を受けることができる。ヘルシンキの避妊ネウヴォラの活動範囲は広く、ネウヴォラ利用者とともに彼らの権利と性的嗜好や身体にまつわる内容を話し合い、性生活を阻むものとその原因についても話し合う。ヘルシンキの教育機関では、すでに始まった学生たちの夏休み期間中にも避妊相談サービスの受付を継続している。

 6月中旬に、サイド・アハメドという若いヘルシンキ市議員が地元の保健センターを訪れたところ、コンドームを支給してもらえなかったことが判明した。この元難民でイスラム系の議員に対し、保健センターの看護師はコンドームは無料の避妊法リストにのっておらず、他のどの保健センターでも同じだと説明したという。議員は本件についてFacebookに投稿し、「ヘルシンキ市議会の決定はこういうことではないはず」と主張。その結果、ヘルシンキの保健センター長がヘルシンキ全ての保健センターに正確な情報を共有するように通達をした。

避妊の責任を男性側にも持たせる効果がある?コンドーム(筆者撮影)
避妊の責任を男性側にも持たせる効果がある?コンドーム(筆者撮影)

 ヘルシンキ市ではさらに、若者が様々な悩みを相談するための公の施設「若者センター」でも無料のコンドームの提供を開始する。コンドームの支給は、避妊の責任を男性側にも持たせる効果が期待できそうだ。

 一人の職員の認識不足で思わぬ波紋が広がってしまったものの、自治体レベルで始まった若者の安全な性生活の支援は高い評価に値する。ヘルシンキ市は、若者たちの性の問題に正面から取り組み支援することで、他の問題に関しても若者たちとのつながりを持ち続けられる効果を期待している。私がもし若者だったら、その深い懐に是非飛び込んでいきたいものである。

フィンランド在住ライター・ジャーナリスト

1974年生まれ。5~7歳までをタイのバンコクに暮らし、高校時代にアメリカ・ノースダコタ州へ留学。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、NOKIA JAPANを経て、2004年よりフィンランドへ。以降、社会福祉、育児、教育、デザインを中心に、フィンランドのライフスタイル全般に関して、取材、執筆活動中。「ニューズウィーク日本版」などの雑誌の他、「ハフィントンポスト日本版」などのWEBサイトにも多数寄稿。 共著に『ニッポンの評判』『お手本の国のウソ』(新潮社)と『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)などがある。

靴家さちこの最近の記事