INAC神戸が示した新チームの骨格。二桁得点更新中のFW田中美南「行動と言葉で引っ張っていきたい」
【グループステージ敗退の瀬戸際で勝利】
新体制で臨むINAC神戸レオネッサの新たなサッカーの輪郭が見えてきた。
昨季はWEリーグ2位、皇后杯は準優勝に終わったINAC神戸は今季、スペインからジョルディ・フェロン監督を招聘。バルセロナのカンテラ出身で、シャビ・エルナンデスやペップ・グアルディオラ監督と共にプレーした経験があり、シドニー五輪の銀メダリストでもある同氏は、指導者としてはスペインの女子チームで経験を積んできた。
今夏のFIFA女子ワールドカップで優勝、U-17とU-20のワールドカップも含めて昨年からの全タイトルを独占し、新世界女王として君臨するスペインサッカーの源泉を知ることはもちろんだが、INACの安本卓史社長をはじめとするフロントが白羽の矢を立てたのは、その「分析力」だった。昨季、勝てなかった浦和戦と東京NBの映像を分析した際の鋭い視点や指摘が、監督採用の決め手になったという。
「最大の防御はボールを保持すること」と話すフェロン監督は、4バックをベースのシステムとして考えているようだ。直近2シーズンで好成績を残していた3バックからの移行は、縦に速い攻撃スタイルからポゼッション型へ、スタイルの転換を意味するものかもしれない。
監督就任が決まったのは7月。主力の入れ替わりもあった中で、リーグ戦までの準備期間は他チームに比べて少なく、始動から2カ月に満たない中で迎えたカップ戦はハードな船出となった。代表選手4人を欠いた最初の2試合は大宮(1-4)、長野(1-3)に連敗スタート。だが、負ければ予選敗退の瀬戸際に追い込まれた埼玉戦は、代表組が一部復帰した中で1-0で勝利した。
そして、9月17日に味の素フィールド西が丘で行われたWEリーグカップ第4節は、グループ首位の東京NBと対戦し、3-0で完勝。東京NBと勝ち点1差の2位に浮上し、決勝進出の可能性を残している。
「(対戦相手の)映像を最低6試合は見た」と振り返ったフェロン監督。この試合は守備の軸となるDF三宅史織が欠場した影響で、当初予定していた4バックをやめ、急遽3バックに変更したという。
そして、「サイドは数的不利でしたが、中盤ではうちの方が数的優位はできていたので、うまく真ん中で繋いでサイドに持っていく狙いがありました」との言葉通り、サイド攻撃から2点を先取。ボールを持たれる時間が長い中で、少ないチャンスを確実に仕留めた。守っては、代表GKの山下杏也加がゴールに鍵をかけた。
ポイントを押さえた仕事で流れを作ったのが、ワントップで出場したFW田中美南だ。守備の時間が長い分、攻撃に転じた際には前線で2、3人に囲まれることもあった。だが、流動的にポジションを変えながらボールを受け、フィジカルの強さを生かした駆け引きで起点になった。
そして、前半16分。左サイドを抜け出したFW愛川陽菜のパスを受けた瞬間、背後にピッタリとマークについたディフェンスの、一瞬の重心の動きを見逃さなかった。
「後ろについていた選手が右(足)のトラップを警戒して、早めに下がったので、左足でいいところに(ボールを)置いたらシュートコースが見えました」
利き足の右だけでなく、左足でも強烈なシュートを打てるため、相手を見てギリギリで判断を変えた。田中は53分にも、MF北川ひかるがインターセプトしたボールを巧みなボディフェイントでキープし、MF成宮唯の2点目に結実させている。
「田中にはいろんな役割を与えたいですが、彼女が自由にプレーできる環境を作ることが重要だと思っています。チームの中心的な存在だと考えているからです」
フェロン監督は、今季の構想の中で田中が軸になることを明言している。同じワントップを主戦場とするFW髙瀬愛実も厳しいシーズンになることは覚悟しているが、同時に新たなチャレンジを楽しみにしているようだ。
「センターフォワードという仕事をしっかりやらせてもらえるので、(田中)美南が入れば絶対にハマるシステムだと思います。競争という意味では大変なシーズンになりますが、見て学びたいと思っています」
【責任を力に変えて】
FWはゴールという結果で評価されるポジションだからこそ、何本シュートを外しても90分間、粘り強く打ち続けるタフなメンタリティが求められる。
田中は、10代から国内リーグのタイトルレースや代表戦など、重圧のかかる試合でシュートを打ち続けてきた。
決定力が上がらない時期や、ケガでパフォーマンスが落ちた時期もあったが、なでしこリーグ時代も含めると8年連続で二桁得点を記録。国内女子リーグでの記録を更新中だ。
周囲からの期待やプレッシャーや責任が大きければ大きいほど、田中はそれを力に変え、ゴールを決める。
ちなみに、Jリーグでは佐藤寿人氏(2020年に引退)が2004年から15年までJ1・J2通算12年連続二桁得点の金字塔を打ち立て、その後、FW興梠慎三(浦和)が2012年から20年までJ1で9年連続の二桁得点記録を作った。
対戦相手から対策され続ける中でコンスタントにゴールを決め続けることは、それだけ大きな価値がある。
田中は代表でも確固たる存在感を示し、29歳で初出場となった今夏のワールドカップでは、全5試合に出場し、2ゴール3アシスト。アシスト数は大会トップタイで、強豪国のFWと肩を並べた。
ワールドカップから帰国してINAC神戸に合流後、田中の新キャプテン就任が発表された。フェロン監督はキャプテンの選任を選手に任せ、最終的に前キャプテンの三宅と田中のどちらかに絞られた中で、三宅が田中に託したのだ。
「去年、1年間キャプテンをやらせてもらう中で、もっと伝えたり、プレーで見せなければいけない、と思うことがありました。ここぞという時には言わなきゃいけないのがキャプテンだと思いますが、それをどんどんやってくれていたのが田中さんだったので。一つ一つの言葉が力強くてついていきたいと思ったし、背中から学べることがあると思いました」(三宅)
田中は、古巣の東京NBでも2018年から2シーズン、キャプテンを務めている。同クラブの大黒柱・DF岩清水梓から3連覇中のチームを牽引する大役を任されたが、田中はチームの連覇を途切れさせることなく、個人でもリーグ得点王、MVP、ベストイレブンの3冠を2年連続で受賞した。
岩清水が後に「自分とは違う新しいキャプテン像を見せてくれた」と、嬉しそうに語っていたのは印象的だった。
岩清水と三宅の言葉に共通しているのは、プレーだけでなく、言葉でチームを引っ張る田中のリーダーシップだ。
周囲に厳しく要求すれば、自分にも厳しく矢印を向けなければならない――。それは田中自身が一番理解している。4年ぶりのキャプテンという立場について、田中はこう明かす。
「INACでは、ベレーザの時よりもいろんなことを考えながら行動や発言をしなければいけないので、キャプテンという立場の重要性はすごく感じます。引き受けたからには覚悟を持って、行動と言葉で引っ張っていきたい。FWなので、結果でもチームを導きたいし、期待されているからこそゴールを決めなければいけない、と責任感が増しました」
目指すチームの理想像は、「厳しく求めるところは求め合い、褒めるところは褒め合える」こと。その点は、今夏のワールドカップで学んだことも多かったという。
「チーム力とか、一体感が高まるチーム作りについてすごく考えさせられました。代表はみんなそれぞれいいものがあって、ワールドカップという短い期間だからこそまとまれたのはあると思いますが、下の世代のチーム作りや雰囲気もすごくいいなと思って。
個人的には、去年1年間を終えて、みんなを助ける声や、厳しい言葉じゃなくて、褒めて『やろうよ!』と鼓舞する声はもっと出せると思っていたので。そのマインドでチームに接してきた中で代表のチーム力も上がったと思うし、ワールドカップでは、見ている人たちも巻き込むぐらい熱いものを見せられた自信があるので。それはINACでもやりたいし、みんなのために走って、勝つために話をして、全員ポジティブに取り組めるような雰囲気づくりをしたいと考えています」
「チームは家族同然」というフェロン監督も、選手主導のそうした雰囲気づくりは歓迎だろう。
WEリーグは年々強度が上がり、今季からはINAC神戸にとって関西圏のライバルでもあるC大阪ヤンマーレディースも参入した。
群雄割拠のリーグで、INAC神戸は新時代を切り開けるか。その中心でチームを牽引する背番号9からも目が離せない。