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新婚生活を襲った突然の入管収容 〜追いつめられたクルド人青年の悲痛〜

日向史有ドキュメンタリーディレクター

「仲間を殺せない」そう言ってトルコ軍への入隊を拒否し、日本に逃れたクルド人“難民”のイボ。やっとの思いでたどり着いた日本では、難民認定を受けられないだけでなく、日本人女性と結婚してもなお、国籍を得られず、ある日突然出入国管理庁(以降、「入管」)に収容された。イボの身に起きた「収容」についてのショートドキュメンタリーをまずみて欲しい。

 彼は15 歳で来日して以来、過去2回、入管の収容施設に拘束された。収容期間は、19歳から23歳の間に、合わせて2年間(2014年6月〜翌年7月、2017年10月〜翌年8月)に上る。2回目に収容された時、彼は日本人の妻と結婚して7ヶ月が過ぎたばかりだった。いつものように入管へ向かい仮放免の申請を求めたままその場で収容され、新婚生活が突然断ち切られることになった。収容で負ったイボの傷が、どれほどの深いものなのか容易に理解することはできない。映像の中で彼が語る言葉や表情の1つ1つから、“収容”が若い夫妻から何を奪ったのか、想像してみて欲しい。

外国人が、日本国籍を持つ人と結婚(婚姻関係が成立)した時、日本に滞在できるビザを得ることができる。ほとんどの人たちは、そう考えているのではないか。「在留特別許可」という法務大臣が認める許可を得ることができれば在留許可を取得できる仕組みとなっているが、必ずしもそれが誰にでも適応されるものではない。ガイドラインによれば、許可が認められる「積極要素」として、まず偽装結婚ではないことが挙げられる。次に「相当期間共同生活」し、2人の関係が「安定かつ成熟」していることが、その要素となる。どれだけの年数が「相当期間」で、何をもって「安定」なのかの判断は、法務大臣が判断する。判断材料の一つに「子がいる」かどうかがある。結婚して2年のイボとみゆう。子供のいない2人は、この要素に適合していないと判断されたのかもしれない。

しかし、子供がいても在留資格が得られるとは限らない。妻が妊娠している最中に、収容されたクルド人もいる。彼らが収容により、どれだけ追いつめられるのか想像すらできない。新婚生活が7ヶ月で突如終わり、収容されたイボ。妻に会えない悲しさ、そして、いつ収容が解かれるかわからない恐怖により、自殺未遂にまで追いつめられた。

 入管で自殺を試みるのは、イボだけの話ではない。近年、収容者の命が失われる事件が相次いでいる。今年6月下旬、長崎県の施設に収容中だったナイジェリア出身の男性が死亡した。自殺ではないが、原因は明らかにされていない。3年7ヶ月におよぶ収容の果てだった。昨年4月には、インド出身の男性が茨城県の施設内のシャワー室で自殺した。彼は31歳だった。翌月、同じ施設でブラジル出身の者が、自殺を図ったという。
NPO法人 難民支援協会によれば、2010年以降、収容施設で死亡した収容者は最低でも8人に上るという。彼らは、本当に命を落とさなければならなかったのだろうか。

 全国の入管の収容施設には、現在1246人の外国人が収容されている。6ヶ月を超すと「長期収容」と呼ばれるが、長期収容が全収容者のおよそ半分を占めている。

彼らは、なぜ収容されるのか?一言でいえば、彼らが不法滞在者だからだ。オーバーステイや、偽造旅券で不法に入国した者など、様々な事情で不法に滞在している。彼らは、退去強制により本国へ送還されるまでの期間、収容施設に拘束される。映像に出てきた「仮放免許可」とは、本来なら収容されるはずの期間中、“一時的”に拘束が解かれる許可だ。これは、収容の対象になった外国人の健康や家族状況、逃亡の可能性などを考慮し、認められている。仮放免者は、定期的に入管に出頭し、許可を更新し続けることで、日本にいることが許される。日本での滞在が許されるビザではなく、あくまでも仮の許可書であるため、彼らはいつ仮放免が取り消され、収容されるか分からない恐怖に怯えている。

日本に暮らすトルコ系クルド人の中には、仮放免許可のまま20年以上、日本に滞在する者もいる。映像に登場したイボもまた、15歳のとき日本に渡ってから、常にいつ収容されるか分からない状況が続いている。イボは、トルコ軍に入隊することで、仲間のクルド人と戦う可能性がある為、日本に逃れてきたと語った。私とのインタビューでは、その他にも沢山の理由を語ってくれた。
トルコの人々との確執や理由なく受けた暴力……。そして彼は15歳の時、
自ら望んで日本に逃れ、家族ができた。日本で家族を作ってもなお、不法滞在者として日々を過ごし、またいつ収容されるか不安の日々を過ごしている。

  「不法滞在」という言葉から、どんな想像を膨らませるだろう。ドラッグの販売や闇の風俗関係など、犯罪行為を犯す人々を想像するかもしれない。多くの人々が「悪」のイメージを持つのだと思う。もちろん、そうした外国人がいることは否定できない。
しかし、現在、収容者の内訳を見ると、難民申請手続中の者が3分の1弱を占める(「退去強制業務について」/平成30年12月 法務省入国管理局 )。彼ら全員を“偽装難民”と断じられるのだろうか。そして、彼らは「悪」なのだろうか。命を落とすかもしれない状況の中、旅行と偽って本国を出国した人間がいる。パスポートを偽造した者もいるだろう。それを「悪」と断罪できるのだろうか。

 どんな人間であれ、法律に違反すれば罰を受けるべきだろう。しかし、難民を保護するという視点で現実を見ると、悪の基準が少し変わってくるように思う。命の危険を感じ、他国へ逃れる際に、パスポートを持たないことは、法律違反だ。しかし、それは罰せられるべき「悪」なのか。日本で、入管に収容されている彼らは、本当に長期収容されるべきなのか。命を落とさなくてはならなかったのか。私たちは、彼らに起こる現実をどういった善悪の尺度で見つめるのか。読んでくださった皆様に、少しでも考えてもらえると幸いだ。

最後に、収容施設で亡くなった外国人の方々に、哀悼の意を表したい。

ドキュメンタリーディレクター

2006年、ドキュメンタリージャパンに入社。東部紛争下のウクライナで、「国のために戦うべきか」徴兵制度に葛藤する若者たちを追った『銃は取るべきか(NHK BS1)』や在日シリア人“難民”の家族を1年間記録した『となりのシリア人(日本テレビ)』を制作。2017年、18歳の在日クルド人青年のひと夏を描いた「TOKYO KURDS/東京クルド」で、TokyoDocsショートドキュメンタリー・ショーケース優秀賞受賞。2018年、北米最大のドキュメンタリーフェスティバル HOT DOCS正式招待作品に選出。

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