Yahoo!ニュース

不法滞在者として生きる18歳 ~難民認定に翻弄されるトルコ系クルド人~

日向史有ドキュメンタリーディレクター

■■東京でクルド人と出会った■■
 「難民」。この言葉から私たちは、何を連想するだろうか?中東やアフリカの紛争、飲み水に困る家族連れ、半裸の少年の瞳、広大な難民キャンプ…。

 数年前、私は東京のファミレスで“難民”と初めて出会った。テレビドキュメンタリーの取材の為だった。
 シリア北部から日本に逃れて来た彼は、自分を「クルド人」だと言った。その時、彼は数人の友人と一緒で、テーブルに日本人は私1人。そんな私の不安を感じたせいか、中東の人のもてなし気質からか、彼らは私を客人とみなし、コーヒーを奢ってくれた。彼らの人なつっこい笑顔が魅力的だったからか、私はその後、日本に生きるクルド人たちを取材するようになった。
2017年の夏、私は18歳のクルド人青年オザンと出会った。
このドキュメンタリーは、彼のひと夏を追った作品だ。まずはご覧いただきたい。

 クルド人を説明する際、最もよく使われる言葉は、「国家を持たない世界最大の民族集団」だ。
現在、およそ3000万のクルド人が、世界の国々に散らばり暮らしている。主な居住国はトルコ、シリア、イラク、イランなど中東地域を中心に広がっている。かつては「クルディスタン(クルド人の国)」と呼ばれ、オスマン帝国の領内だったが、第一次世界大戦でオスマン帝国が敗れ、フランスやイギリスなどが引いた国境線によって、クルド人の居住地域は分断されたのだ。それぞれの居住国で、クルド人は少数民族として位置づけられることになった。

■■日本に暮らすクルド人・主人公との出会い■■

 新宿駅から埼京線に乗り込み、埼玉方面へ向かう。荒川を越えるあたりから、乗客の顔ぶれに外国人が混じり始める。耳慣れない外国語が耳に飛び込んでくる。風貌を見ただけでは、彼らがどこの国から来た人たちなのか分からない。でも、独特のイントネーションと顔つきから、何となく中東出身者だと察する。彼らはどこかの国から逃れて来た難民かもしれない。
私たちは、知らぬ内に、日常の中で難民とすれ違っている。

 日本に暮らすクルド人は、埼玉県の川口市を中心におよそ20年前から住み始め、今では1500人を超える。彼らの中で、難民認定が認められた者は1人もいないという。多くは、不法滞在者だ。滞在許可がおりないまま10年以上日本に暮らす者もいる。
なぜ彼らは不法滞在のまま、日本にいられるのだろうか。それは、「仮放免」という許可をもらうことで、日本にいることだけは許されているから。本来、収容施設に拘束されるべき不法滞在者が、一時的に拘束が停止(免除)される措置だ。日本に滞在できる許可ではないため、いつ収容・強制送還されてもおかしくない。

 現在、クルド人の人口が最も多い国がトルコ。人口の約20%、1500万人が居住していると言われる。第一次大戦後、トルコ政府の民族同化政策により、トルコ国家はトルコ人とトルコ文化だけで構成されるとの理念を打ち立てた。それ故、クルド語の言語教育や放送、出版が禁じられ、公の場でクルド語は禁止されてしまった。トルコの政策に反発し、分離独立を掲げるクルド人勢力とトルコ政府との対立が繰り返される。第一次大戦から100年経った今も紛争やテロという形で、その対立が続いている。本国政府からの弾圧や差別、そして戦火を逃れ、クルド人は難民として世界に散らばっていった。

 2017年の夏、私が出会った本作の主人公、オザンもそんな1人だった。ファンキーな髪型をした18歳のクルド人。
12年前、6歳で家族とともにトルコから日本に逃れ、日本の学校に通った。滞在許可がなくても子供は、教育を受けることが出来る。オザンは、夜間の高校まで進学し、日本語を覚えた。出会ったとき、彼はクルド人と日本人のアイデンティティの間で揺れながら、日本に居場所のなさを感じていた。オザンの人生の半分以上は日本だ。日本人と同じように成長し、将来を夢見ている彼。日本の若者と同じように、将来どんな自分になりたいのかを想像していた。

 しかし、彼は不法滞在者だ。就労許可を与えられず、ハローワークを利用する権利さえない。どれだけ努力をしても望んだ職業につくことは出来ない。チャンスすら与えられないのだ。未来の自分を想像できないという事が、人間にとってどれだけ絶望的なのだろう。彼と出会い、私はそう感じざるを得なかった。
 このドキュメンタリーを通して個人の夢が潰えた時、未来が失われそうになった時、人がどこへ向かうのか。その事を問いたいと思った。

 オザンは、シリアで戦うクルド人青年たちのYouTubeをくい入るように見つめていた。

受賞歴

「TOKYO KURDS/東京クルド」
2017年 TokyoDocsショートドキュメンタリー・ショーケース優秀賞受賞。
2018年 北米最大のドキュメンタリーフェスティバル HOT DOCS(カナダ)正式招待作品に選出
     テレメンタリー2018(テレビ放送版)ギャラクシー賞選奨、ATP賞奨励賞
     イスタンブール国際映画祭(トルコ)ドキュメンタリーデイズなどで上映
    
     

ドキュメンタリーディレクター

2006年、ドキュメンタリージャパンに入社。東部紛争下のウクライナで、「国のために戦うべきか」徴兵制度に葛藤する若者たちを追った『銃は取るべきか(NHK BS1)』や在日シリア人“難民”の家族を1年間記録した『となりのシリア人(日本テレビ)』を制作。2017年、18歳の在日クルド人青年のひと夏を描いた「TOKYO KURDS/東京クルド」で、TokyoDocsショートドキュメンタリー・ショーケース優秀賞受賞。2018年、北米最大のドキュメンタリーフェスティバル HOT DOCS正式招待作品に選出。

日向史有の最近の記事