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「喫煙所コミュニケーション」の崩壊、喫煙と孤立を考える

石田雅彦科学ジャーナリスト
写真撮影筆者

 会社の喫煙所などに各部署各序列の喫煙者が集まり、そこで人事や営業などの情報が交わされるという「神話」がある。喫煙休憩が問題視される今の企業文化にはまだこうした状況はあるのだろうか。過去研究から喫煙と孤立について考えてみる。

喫煙所でのコミュニケーションとは

 禁煙を一瞬たりとも思わない喫煙者はいないが、多くの喫煙者(約3/4)は本質的に禁煙するつもりがないとされている。また、日本では中年男性(30代から60代)の30%以上が喫煙していて、この世代の喫煙率は女性の喫煙率と同様、なかなか下がっていない(※1)。

 中年男性は政治や経済などの中枢に位置し、社会的にも大きな影響力を持っているのが現実だ。一方、喫煙率が全体として下がり、喫煙や受動喫煙の健康への害が周知され、法律(改正健康増進法)などが整備されてきた状況では、職場においても非喫煙者の抱く喫煙者に対するイメージがネガティブなものに変わってきている(※2)。

 同時に、喫煙者が多い職場では、喫煙所などで喫煙者同士によるコミュニケーションの場が作られ、そこで社内や仕事関係、プライベートなどの情報がやり取りされることも多いようだ(※3)。だが、喫煙所で交わされる情報によって、例えば本当に人事へ影響がおよんだのか、営業成績が上がったのか、信憑性のあるデータはなく、ある種の「神話」となっている反面、喫煙者がタバコをやめない理由の一つにもなっている。

 最近の研究によれば、中年男性労働者は、禁煙の判断を単に先延ばししているだけだが、お小遣いが減らされるなどの金銭的な理由や喫煙場所がなくなるなどの環境変化、健康への悪影響への心配、職場でのネガティブなイメージなどの複数の理由により、タバコを吸い続ける意味がわからなくなって禁煙を決意するようだ(※4)。この研究によれば「喫煙者であり続けることへの懐疑」が禁煙への重要な転換点だという。

喫煙所に集う喫煙者を考える

 この研究の参加者で禁煙に成功した喫煙者の中には、喫煙所を探したり喫煙することで同僚や家族などの同行者を待たせるなどがなくなり、タバコ休憩で離席しなくなって仕事のパフォーマンスが上がったとする一方、職場の喫煙所へ行かなくなったことで一服できる時間がなくなり、上司や同僚とコミュニケーションが取りづらくなったと述べる人もいる。

 だが、昨今の喫煙状況や法整備(労働安全衛生法、改正健康増進法)により、企業ガバナンスとしても雇用側が従業員の健康を考え、職場の受動喫煙防止を講じ、上長が部下の喫煙行動に責任を持たざるを得ないようになっている。いずれ、中年男性の喫煙率も徐々に下がり、喫煙所に集う従業員も少なくなっていくだろう。

 社会的に孤立している人たちの喫煙率は高い(※5)。孤立している人がタバコを吸い始めるのか、タバコを吸うから孤立するのかはわからないが、何らかの関係があるのは確かだ。

 喫煙率の高い建設や鉱工業など、業種業態によってタバコに対する態度や認識は大きく異なる。喫煙者がなぜ喫煙所に集うのか、その心理的な背景や動機などは、単にニコチン依存症だからというだけでは理解できない(※6)。

 タバコ対策が進み、喫煙者が減って喫煙所に集う喫煙者が少なくなれば、喫煙者はどんどん孤立していくだろう。もちろん、喫煙は合法的な行為だ。これから必要になるのは、そうした孤立した喫煙者の存在をどう考えていくべきかだろう。

※1:厚生労働省、「令和元年 国民健康・栄養調査」、2019年
※2:大原慧美、大塚泰正、「職場における非喫煙者が持つ喫煙者イメージに関する研究」、広島大学心理学研究、第10巻、245-255、2011年
※3:Ria Poole, et al., "Tobacco use, smoking identities and pathways into and out of smoking among young adults: a metaethnography" Substance Abuse Treatment, Prevention, and Policy, Vol.17, Article number: 24, 28, March, 2022
※4:仁瓶映美、安斎由貴子、「成人中期男性労働者の禁煙成功に至った体験の特徴に関する研究」、産業衛生学雑誌、第64巻、第4号、173-185、2022年
※5-1:Matthew Pantell, et al., "Social Isolation: A Predictor of Mortality Comparable to Traditional Clinical Risk Factor" American Journal of Public Health, Vol.103, Issue11, November, 2013
※5-2:Stephanew R. Dyal, Thomas W. Valente, "A Systematic Review of Loneliness and Smoking: Small Effects, Big Implications" Substance Use & Misuse, Vol.50, issue13, 10, November, 2015
※5-3:N. Leigh-Hunt, et al., "An overview of systematic reviews on the public health consequences of social isolation and loneliness" Public Health, Vol.152, 157-171, 12, September, 2017
※6:B Poland, et al., "The social context of smoking: the next frontier in tobacco control?" Tobacco Control, Vol.15(1), 59-63, February, 2006

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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