Yahoo!ニュース

「走って逃げる」「叫ぶ」は子どもには無理?「襲われたらこうする」を考える困った習性 #こどもをまもる

小宮信夫立正大学教授(犯罪学)/社会学博士
(写真:アフロ)

4月は新入学や進級のシーズン。親御さんはワクワクする反面、新しい環境での防犯が気になってくる。そんなとき決まって言われるのが、「何かあったら走って逃げよう」「大声で助けを呼ぼう」「防犯ブザーを鳴らそう」だ。

「襲われたら」よりも「襲われないため」を

しかし、これはすべて襲われた後の話であり、犯罪はすでに始まっている。つまり防犯ではない。危機が起こった後の「クライシス・マネジメント」だ。この不思議な思考を交通安全に当てはめるなら、「車にぶつかったら柔道の受け身をとろう」になってしまう。

交通安全では、「どうすれば車にぶつけられないか」を考えるはずだ。これなら危機が起こる前の「リスク・マネジメント」だ。

しかし、防犯では「どうすれば犯罪者に声をかけられないか」を考えない。なぜこうした思考しかできないのか。

それは防犯の知識がないからだ。

「人がトラブルに巻き込まれるのは知らないからではない。知っていると思い込んでいるからである」――アメリカの作家マーク・トウェインはそう語ったと伝えられているが、防犯でも同じだ。事件を防げないのは、防犯の方法を知っていると思い込んでいるからである。

知識が大事

「走って逃げよう」「大声で助けを呼ぼう」「防犯ブザーを鳴らそう」という発想しかできない人には、次の知識が欠けている。

・警察庁の「子どもを対象とする略取誘拐事案の発生状況の概要」を用いて、小学生以下の連れ去り事案を推計すると、子どもの8割がだまされて自分からついていったことになる。

実際、宮崎勤事件、サカキバラ事件、奈良女児誘拐殺害事件も、だまして連れ去ったケースだ。犯人にだまされてついていく子どもは、逃げたり叫んだりしない。

・突然襲われる2割のケースでも、走ったり叫んだりできない可能性が高い。なぜなら、恐怖を感じる場面では、頭が真っ白になって体が硬直するからだ(ニューヨーク大学のジョゼフ・ルドゥー教授による)。

実際、千葉県松戸市の路上で女児が刃物で切りつけられた事件でも、男が刃物を持っていたので逃げようとしたが、体が固まって足がもつれてしまった。その結果、転んだので刺されてしまった。

・法務省の「犯罪被害実態(暗数)調査」によると、警察が把握した事件の7倍の性被害が発生している。この数字は16歳以上のものである。したがって、だまされやすく、性被害を認識しにくい子どもの場合、警察が把握した事件の数十倍の性被害が発生しているはずだ。

実際、東京と神奈川で50回、「ハムスターを見せてあげる」「カブトムシがいるよ」などと声をかけ、女児を団地の階段に誘い込んでは、「虫歯を見てあげる」と言って口を開けさせ、舌をなめていた事件があった。

なぜ、だまされるのか

子どもはなぜこうもだまされるのか。それは、「不審者に気をつけて」「知らない人にはついていかない」と、子どもを「人」に注目させているからだ。本当の犯罪者は、不審者のイメージからかけ離れ、普通の大人を装い、目立たないように振る舞う。

また子どもの世界では、知らない人と道端で二言三言、言葉を交わすだけで知っている人になる。ましてや、数日前に公園で見かけた人はすでに知っている人だ。

このように、だれが犯罪を企てているかは見ただけでは分からない。言い換えれば、「人」に注目している限り簡単にだまされてしまう。だまされないためには、絶対にだまさないものを見るしかない。それが「景色」だ。人はウソをつくが、景色はウソをつかない。

子どもに交通安全を教えるときは、「横断歩道のないところは渡ってはダメ」とか「見通しが悪いところではよく周りを見て」といったように、危険な景色に注目させている。「変なドライバーに気をつけよう」とは言わない。ところが、防犯を教えるときには、「変な人に気をつけよう」と言っている。

学校でも子どもたちは、道徳教育で「人は見かけで判断するな」と教えられているのに、防犯教育で「人は見かけで判断しろ」と刷り込まれている。

景色解読力が防犯の心臓

「人」ではなく「景色」を見て安全と危険を識別する能力を「景色解読力」と呼んでいる。景色からの警告メッセージをキャッチできれば、危険を予測し、警戒レベルを上げられる。その結果、だまされずに済む。

では、どうすれば景色解読力を高めることができるのか。その簡単な方法が「地域安全マップづくり」だ。地域安全マップとは、犯罪が起こりやすい場所を、風景写真を使って解説した地図。景色解読力を高めるのが目的なので、地域安全マップには景色の再現である写真を必ず載せる。

では、どんな景色が危険なのか。「犯罪機会論」の長年の研究から、犯罪が起きやすい場所には共通点があることが分かっている。それは「入りやすい場所」と「見えにくい場所」の二つの条件だ。

「入りやすい場所」は、だれもが簡単にターゲットに近づけて、そこからすぐに逃げられる場所。一方、「見えにくい場所」は、そこでの様子をつかむことが難しく、犯行が目撃されそうにない場所だ。

このように、地域安全マップは景色を点検し、危険な「入りやすく見えにくい場所」と、安全な「入りにくく見えやすい場所」を洗い出したものである。

地域安全マップの威力

地域安全マップづくりで注意すべき点は、「死角があるから危険」「人通りがないから危険」「街灯が少ないから危険」といった見方は間違っているということ。

まず「死角」。確かに死角がある場所は「見えにくい場所」だ。しかし、死角がなくても「見えにくい場所」がある。例えば、田んぼ道。見晴らしがよく死角はないが、周りに家がないので、子どもの姿はだれにも見てもらえない。

次に、人通り。犯罪者にとって人通りが多いことは、獲物がたくさんいて物色しやすいことを意味する。ターゲットをロックオンした後は、人通りが途切れるタイミングを待つか、あるいは尾行するかということになる。

最後に「暗い」。そもそも、暗い時間帯には子どもが少なくなるので、犯罪者は明るい時間帯を好む。暗い場所は、犯罪者から見ると、子どもの性別や顔が分かりにくい場所で、逃走するのも難しい。

地域安全マップづくりで使っていい言葉は、「入りやすい」「見えにくい」の二つのキーワードだけだ。最初は難しいかもしれないが、間違った常識をリセットし、景色を解読できるようになるためには、どうしてもこのキーワードが必要になる。

下記の表は、文部科学省委託「学校安全総合支援事業」のモデル校・新潟県上越市立里公小学校で実施したアンケート結果だ。これを見ると、子どもの景色解読力が大幅に上昇したことが分かる。というのは、正答率の著しい向上は、正しい知識を大量に吸収したことを意味するからだ。

重要なのは「意識」の向上ではなく「知識」の向上(グラフィック制作:Yahoo!ニュース)。
重要なのは「意識」の向上ではなく「知識」の向上(グラフィック制作:Yahoo!ニュース)。

このように、重要なのは「防犯意識」ではなく「防犯知識」である。子どもの安全のため、次の動画を参考にして「犯罪機会論」をしっかり学んでいただきたい。「地域安全マップ」という地図が、子どもたちのその後の人生にとって、大きな道標になることを願ってやまない。

----------------------------------------------------

「#こどもをまもる」は、Yahoo!ニュースがユーザーと考えたい社会課題「ホットイシュー」の1つです。

子どもの安全を守るために、大人ができることは何か。対策や解説などの情報を発信しています。

特集ページ「子どもの安全」(Yahoo!ニュース):

https://news.yahoo.co.jp/pages/20221216

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士

日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

小宮信夫の最近の記事