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開幕早々、歩がタダやん! 永瀬拓矢挑戦者の機敏な動きに渡辺明棋王は驚きの応接 棋王戦第1局開始

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 2月6日9時。静岡県焼津市・焼津グランドホテルにおいて第47期棋王戦五番勝負第1局▲永瀬拓矢挑戦者(29歳)-△渡辺明棋王(37歳)戦が始まりました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 本局の立会人は青野照市九段(69歳)。地元焼津市の出身です。青野九段は桐山清澄九段(74歳)に次いで、現役で2番目に年長の棋士。来期第48期の棋王戦予選にも参加し、初戦1回戦で白星を挙げています。

 記録係を務めるのは折田翔吾四段(32歳)。王将戦第2局でも登板していました。

 対局室に現れた永瀬挑戦者は、定番のスーツ姿。近年のタイトル戦番勝負常連の中で、和服ではなくスーツで臨むのは永瀬挑戦者ただ一人です。

 永瀬王座の盤側、右手側には、ポカリスエットやカロリーメイトがたくさん置かれているのが見えます。大塚製薬は本棋戦の協賛スポンサーです。

 続いて渡辺棋王が入室。上座に着きます。「冬将軍」と呼ばれる渡辺棋王。王将戦は藤井聡太竜王、棋王戦は永瀬王座を挑戦者に迎え、並行して防衛戦を戦います。

青野「第1局ですので、振り駒になります」

 折田四段は畳の上に白布を敷き、渡辺棋王側の歩を5枚取ります。

折田「渡辺先生の振り歩先でお願いします」

 折田四段は両手のひらの中で歩を5枚、よく振り、白布の上に投げます。

折田「と金が4枚出ましたので、永瀬先生の先手番でお願いします」

 表の「歩」が1枚、裏の「と」が4枚出て、先手は永瀬挑戦者と決まりました。

 午前9時。

青野「定刻になりましたので、永瀬挑戦者の先手番で始めてください」

 青野九段が声をかけて、両対局者は「お願いします」と一礼。持ち時間各4時間(ストップウォッチ形式)の対局が始まりました。

 永瀬挑戦者、渡辺棋王はともにまず、飛車先の歩を伸ばします。

 戦型は角換わり模様から、後手の渡辺棋王が角筋を止めました。そして銀を4三の地点に上がる雁木(がんぎ)の駒組を見せました。

 昭和の始め頃、銀が4三、5三の地点に2枚並ぶ居飛車の戦型が流行し、いつしか雁木と呼ばれるようになりました。(江戸時代の棋客、檜垣是安[ひがきぜあん]が創案したとされる雁木は、それとはまったく異なる形です)

 その後は銀が3三の矢倉(やぐら)に比べると、どちらかといえば雁木は長い間、マイナーな戦型でした。

 しかし現代ではコンピュータ将棋ソフトが4三銀の形を評価することなどから好形と認識されるようになり、人類のトップクラスの間でもよく指されています。最近の居飛車ではこの銀1枚の形をもって、雁木と呼ばれるようになりました。

 先手の永瀬王座の側は、穏やかに駒組を進めれば矢倉になりそうなところ。そこで23手目。永瀬王座は中段に角を出ます。これが飛車取り。まだ序盤の手数の進んでいないところでもあり、まずは相手の出方を見て様子見・・・かと思いきや。実は永瀬王座の側からは、早い仕掛けが含みとされているようです。

 これは周到に用意してきた構想だったか。渡辺棋王が飛車取りをどう受けるのか、早くも注目されました。そして23分考え、渡辺棋王はタダで取られるところに歩を突き出します。

「タダやん」

 観戦者の立場では、そう驚きたくなる場面でした。

 永瀬挑戦者の側からすれば、序盤で1歩得してわるかろうはずはなさそう。早くもポイントを挙げたようにも思われます。

 しかし「大駒は近づけて受けよ」の格言通りで、相手の角が上がったり下がったりしている間に、渡辺棋王の側は手順に駒が前に進んでいる形。これでバランスが取れているのかもしれません。

 序盤から気が抜けない、いかにも現代調の立ち上がり。時刻はまだ10時を過ぎたばかりです。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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