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高齢者施設で起きた新型コロナウイルス感染から見た、クラスター化を防ぐ決め手は?

宮下公美子介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士
高齢者施設でのクラスター発生を、感染予防対策だけで防ぎきるのは難しい(提供:イメージマート)

感染拡大で福祉・介護施設でのクラスターも増加

新型コロナウイルス感染拡大・第7波は、猛烈な勢いで感染者数を増やし、未だ収まる気配が見られない。感染者数の増加に伴い、特別養護老人ホームなどの高齢者施設でのクラスター発生数も急激に増えている。

大阪府では、7月に高齢者施設で発生したクラスターが100件を超えた(*1)。

神奈川県でも、福祉・介護施設のクラスター発生件数は週を追うごとに増え、7月19~25日の1週間だけで110件となっている(*2)。

神奈川県 新型コロナウイルス感染症 クラスターの状況と県の対策について 神奈川県の現況<7月25日更新>より(筆者作成)
神奈川県 新型コロナウイルス感染症 クラスターの状況と県の対策について 神奈川県の現況<7月25日更新>より(筆者作成)

7月25日現在、クラスターが未終結の福祉・介護施設も200に迫る件数。7月18日現在では108件だったが、倍近くに増えている。

神奈川県 新型コロナウイルス感染症 クラスターの状況と県の対策について 神奈川県の現況<7月25日更新>より(筆者作成)
神奈川県 新型コロナウイルス感染症 クラスターの状況と県の対策について 神奈川県の現況<7月25日更新>より(筆者作成)

2022年1~2月に職員、入所者が新型コロナウイルスに感染したものの、クラスター化させずに収束させた特別養護老人ホーム「菅の里」(神奈川県川崎市。以下、「菅の里」)について、その感染対策を3月に記事で紹介した(記事はこちら)。

残念なことに、この施設でも5月、クラスターが発生した。

4月半ばには入所者への3回目のワクチン接種も完了し、3月の記事で紹介した感染対策を継続していたにもかかわらず、である。

クラスターはなぜ発生したのだろうか。

前回の記事に続き、2022年7月から施設長に就任した藤谷敬一郎さん(前入所介護課課長)、入所介護課相談係長・岡田知恵さんに話を伺った。

入所者が38.8度の発熱。抗原検査で陽性

最初に新型コロナ感染の兆候が明らかになったのは、2階フロアの入所者Aさんだ。5月14日(土)朝8時過ぎ、検温すると38.8度の発熱があった。

「菅の里」では、2022年1月の感染者発生以来、発熱者があると、すぐに施設内で抗原検査を行っている。これまでも抗原検査を行うことは何度もあったが、すべて陰性だった。しかし、今回は陽性だった。

「Aさんは病院受診も含め、外出が全くなかった方です。職員からの感染の可能性が高いと考え、すぐに体調に違和感のある者はいないかを確認しました。のどの違和感を申し出たB職員に抗原検査を実施したところ、陽性となったため、すぐに帰宅させました」(施設長・藤谷敬一郎さん)

すると今度は、9時前に、10時からの遅番勤務予定だったC職員から電話が入った。前夜からのどに違和感があり、今朝は痛みもある。念のため、今日は休んで病院を受診したいという連絡だった。C職員もその後、受診先でのPCR検査により、陽性と判明した。

入所者Aさんが陽性と判明した時点で、2階フロアはゾーニングを開始。基本的に居室で過ごしてもらう「居室隔離」対応とした。

Aさんは吸引をしても酸素飽和度が上がらない状態であったため、11時に保健所に入院対応を要請。13時15分には救急搬送により入院となった。

この時点では、これで一段落と考えていた藤谷さん。

しかし、これがクラスターの始まりだった。

この日、15時過ぎに入所者Dさん、Eさんが38度の発熱。抗原検査で陽性となった。「菅の里」では、この時点で当日出勤していたすべての職員に抗原検査を実施。全員の陰性を確認している。

2階フロアでは、5月14日(土)朝から感染者が相次いだ(筆者作成)
2階フロアでは、5月14日(土)朝から感染者が相次いだ(筆者作成)

なぜか同日、3階フロアでも陽性者が

ところが今度は3階フロアで、発熱者が出た。

「咳症状と37.2度の発熱が見られた入所者に抗原検査を行ったところ陽性でした。職員は前述の通り、抗原検査では全員陰性だったのですが、14日に夜勤明けで帰宅したG職員は、この日、検査を行っていなかったのです。翌15日朝、頭痛と倦怠感があって、自宅で抗原検査を行ったところ陽性と判明。医師による発症認定日は14日とされました」(藤谷さん)

「菅の里」では感染予防のため、異なるフロアの利用者、職員が接触しないよう徹底している。1階にある更衣室も、”感染の疑い”の段階で、疑いのあるフロア職員は使用を禁止している。

「”感染疑い”が発生した時点で、そのフロアの職員は時間を決めて更衣室に自分の荷物を取りに行くこととし、荷物を取り出した後で消毒しています」と、入所介護課相談係長・岡田知恵さんは言う。

2階フロアのB職員、C職員は男性で、3階フロアのG職員は女性であるため、そもそも更衣室での感染も考えにくい。「たまたま同日に発生した別ルートでの感染」(藤谷さん)が重なったようだ。

ただ幸いなことに、3階フロアの感染は散発的だった。このあと、18日(水)に清掃の職員1名とショートステイ利用者1名の感染だけで収束している。

3階フロアでも感染者は出たが、散発的な感染で収束した(筆者作成)
3階フロアでも感染者は出たが、散発的な感染で収束した(筆者作成)

抗原検査で陰性でもPCR検査では陽性

反対に、ここから感染がさらに拡大したのは、2階フロアだ。

15日(日)から、職員は全員、出勤時に抗原検査を行って陰性を確認してからフロアに入ることとした。また入所者は、少しでも異変があれば抗原検査を行うこととしていた。

すると、15日朝の時点で、入所者4名が抗原検査により陽性と判明。16時30分ごろにはさらに2名の入所者と、夜勤のために出勤してきた職員1名の陽性が判明した。

感染が拡大したため、藤谷さんはすぐにパソコンで各部屋の陽性者、濃厚接触者の表をつくり、誰がいつまで隔離が必要か、一目でわかるように色分けして全部署で共有していた。

「フロア職員の意見を聞き、一部の入所者については部屋を移動していただいて濃厚接触者だけの部屋にするなどの対応もとりました。しかしそれでも、15日朝、さらに4名の方の感染が判明して。この時点で覚悟を決め、2階フロアは入所者の方も職員も全員が感染しているという意識で対応することにしました」(藤谷さん)

15日、結局、7人の感染が判明。翌16日には2、3階フロアにBCP(事業継続計画)を発令し、少ない職員で対応できる特別な介護体制を敷くこととした。

16日(月)、17日(火)は、発熱など症状が出た入所者もいたが、抗原検査では陰性。ホッと一息ついた藤谷さんだが、これで収束ではなかった。

「16、17日の2日間で、保健所が2、3階フロアの全入所者、全職員を対象に、PCR検査を実施してくれたのです。その結果が18日(水)にわかったのですが、さらに7名の入所者の方の感染が明らかになりました」(藤谷さん)

抗原検査も性能が上がり、感度(ウイルスを検出できる確率)は70~80%とされているが(*3)、PCR検査には及ばない。16、17日の抗原検査で捕捉しきれなかった感染者がいたということだろう。しかしこれはもう、手の打ちようがない。

一方で、保健所が行ったPCR検査では陰性だったものの、18日に行った抗原検査で陽性となった入所者もいる。

検査のタイミングや、PCR検査か抗原検査かの違い。感染の連鎖の中で、このウイルスへの感染をタイムリーに検出することの難しさが、改めて浮き彫りになった。

20日(金)、21日(土)にも職員に1名ずつ陽性者が出たが、これでようやく感染の拡大は止まる。すべての感染者の隔離期間が終わった6月5日(日)、「菅の里」のクラスターは収束した。

感染者は、職員全95名中8名、入所者全80名18名、この期間のショートステイ利用者10名中1名の計27名。クラスター化を2階だけで留め、大規模クラスターにせずにすんだのは、「フロア隔離」など、日頃の感染対策があってのことだったと言えるだろう。

抗原検査では陰性でも、PCR検査を行うと、18日に陽性者が一気に7名判明した(筆者作成)
抗原検査では陰性でも、PCR検査を行うと、18日に陽性者が一気に7名判明した(筆者作成)

「8月末の無料PCR検査の終了が怖い」

今回のクラスターを振り返り、藤谷さんはこう語る。

「神奈川県・日本財団による、週1回全職員対象のPCR検査事業が4月末に終了して以来、職員に対して、これまでのように週1回陰性を確認できる体制ではなくなったから、少しでも症状があったら休むよう、最大限伝えてきたつもりでした。

しかし、十分ではなかった。

感染が拡大したのは、国内での感染者数が少なくなり、社会全体としてホッとして一息ついていた時期でした。職員も、少し気が緩んでいたのかもしれません。

だからこそ、私からもっと1人1人に届くように丁寧に伝えていく必要があったと、今、思っています。

あとは、抗原検査の使い方ですね。

何らかの症状が見られ、職員や入所者の方に抗原検査を行った場合、今回の経験を踏まえて陰性であっても、熱源の特定ができなければ3日ほど“フロア隔離”を行っています」(藤谷さん)

“フロア隔離”とは、 “感染疑い”のフロアを徹底して切り離す、以下のような感染対策だ。

“感染疑い”のあるフロアの職員は、1階の更衣室の使用を禁止。勤務フロアに上がる階段も分ける。食事についても、厨房からの受け渡しや入所者への提供の担当を決め、できる限り接触を限定する方法に変更する。

何らかの症状があり、抗原検査を行った職員に関しては、陰性でも熱源の特定ができなければ3日間出勤停止。また、受診して医師がコロナ感染ではないと診断しても、熱が下がるまではやはり出勤停止としている。

しかし、施設内でできることには限界がある。

週1回のPCR検査は、感染者の早期発見だけでなく、職員の感染予防への意識を保つことにも大きな意味がある。毎週、感染のチェックがあると思えば、さらに感染リスクが高い行動を避けようという意識が働く。

できる限りウイルスを持ち込まない、感染を拡大させないためには、やはり定期的な検査が必要なのだ。

藤谷さんはいう。

「定期的なPCR検査の実施がないのは、本当に怖いです。当施設で使用している抗原検査キットは、10回分で2万円。1回2000円です。これを全職員に毎週実施することは、費用的にも、看護師の勤務体制的にも、とてもできません。無料PCR検査事業を再度実施していただけないだろうかと思います」

高齢者施設でのクラスターを防ぐには、全職員に対する定期的なPCR検査の実施がどうしても必要だ
高齢者施設でのクラスターを防ぐには、全職員に対する定期的なPCR検査の実施がどうしても必要だ写真:イメージマート

自治体負担で施設職員への無料PCR検査の実施を!

新型コロナウイルスは変異を重ね、感染力は新たな変異株が現れるごとに高まっている。政府は感染者数の抑制より、重症者数・死亡者数の抑制にシフトした。

大阪府では、第6波での死亡者の9割を70歳以上の高齢者が占め、高齢者施設で多発したクラスターが死亡者数を押し上げたと見ている(*1)。

繰り返しになるが、重症化リスクが高い要介護高齢者が集団生活を送る高齢者施設を守るには、職員がウイルスを持ち込まないに限る。一方で、職員がどれほど日々、感染予防に努めていたとしても、感染力が高まっているこのウイルスの感染を完全に防ぐのは難しい。

だとすれば、感染した職員をできるだけ早く見つけ、施設内での感染を拡大させないことが重要になる。だからこそ、定期的なPCR検査の実施が必要なのだ。

利用回数等に制限はあるが、大阪府では抗原検査キット(*4)、福岡県(*5)やさいたま市(*6)ではPCR検査キットの無料配付等を行っている。大阪府の入所系・居住系設職員等への抗原検査実施は3日に1度という高頻度だ(2022年7月30日現在)。

ある社会福祉法人では、今年度、毎週、法人の費用負担でPCR検査を実施するために予算を確保した。その額は数百万円に上るという。「一法人の体力で、いつまで続けられるかわからない」とその法人幹部は語る。

重症者、死亡者を増やさないために、高齢者施設職員を対象に、自治体の費用負担による週1回の無料PCR検査を実施できないものか。

各自治体にぜひ検討していただきたいと思う。

*1 大阪コロナ第7波、高齢者対策追いつかず…施設クラスター100件超(2022年7月26日 読売新聞オンライン)

*2 神奈川県 新型コロナウイルス感染症 クラスターの状況と県の対策について 神奈川県の現況<7月25日更新>

*3 厚生労働省「新型コロナウイルス抗原検査の有用性・注意点,活用方法について ― ワクチン・検査パッケージの導入時期を迎えて ー」

(2022年5月10日更新)

*5 福岡県「高齢者施設等の職員を対象とした新型コロナ検査の実施について」(2022年7月26日)

*6 さいたま市「高齢者施設に勤務する方等に対して 無料でPCR検査を実施しています」(2022年7月13日)

介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士

高齢者介護を中心に、認知症ケア、介護現場でのハラスメント、地域づくり等について取材する介護福祉ライター。できるだけ現場に近づき、現場目線からの情報発信をすることがモットー。取材や講演、研修講師としての活動をしつつ、社会福祉士として認知症がある高齢者の成年後見人、公認心理師・臨床心理士として神経内科クリニックの心理士も務める。著書として、『介護職員を利用者・家族によるハラスメントから守る本』(日本法令)、『多職種連携から統合へ向かう地域包括ケア』(メディカ出版)、分担執筆として『医療・介護・福祉の地域ネットワークづくり事例集』(素朴社)など。

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