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ブルックリンの魔法 〜マリナージ対ジュダー戦より

杉浦大介スポーツライター

12月7日

NABFウェルター級王座決定戦

米国ニューヨーク州ブルックリン バークレイズセンター

ポーリー・“マジックマン”・マリナージ(アメリカ)

12ラウンド判定

(116-111、117-110、117-110)

ザブ・“スーパー”・ジュダー(アメリカ)

自分を信じ続ける才能

「俺の目標は殿堂入り選手になることなんだ」

まだプロデヴュー2年目の頃のことだったか、初めて話を訊いた際にマリナージが残したそんな言葉が忘れられない。いきなりの大言壮語に面喰らったと同時に、その大胆さにほとんど感心せずにはいられなかった。

実際にはマリナージはデヴュー4戦目以降は判定での勝利が続き、そのパンチ力のなさゆえ、地元でもトッププロスペクト扱いはされていなかった。喋りの上手さは天下一品だが、4〜6回戦で相手を圧倒できないほどのパワー不足では大成は覚束ないと思われていたのだ。

あれから、もう10年以上ーーー。本人の目標は叶わず、引退後の殿堂入りの可能性はゼロに近い。2006年の世界タイトル初挑戦でミゲール・コットに敗れた際には、「やはりタイトル奪取は厳しいかな」と思った。2008年にリッキー・ハットンに一方的に押しまくられてストップされた後は、「もうビッグファイトのチャンスはないだろう」と確信した。2010年にアミア・カーンに蹴散らされたときは、マリナージ本人ですらも「そろそろ先のことを考えないと」と口にしていた。

しかし・・・・・・それでもマリナージはトップボクサーとして立派に確立し、33歳になった今まで第一線に生き残っている。実際にこの“マジックマン”ほど、筆者を含むボクシングメディアの辛辣な見方を覆し続けた選手はいないだろう。

ブルックリン決戦に快勝

通算38戦33勝(7KO)5敗という堂々たる成績を残し、元IBF世界スーパーライト級、WBA世界ウェルター級の2階級を制覇。超一流どころには勝てなくとも、ファン・ディアス、ビチェスラフ・センチェンコといった実力派は下して来た。“もう限界”と目された位置から何度も這い上がり、過去3戦はすべてメガテーブル局のShowtimeで放送されるほどの商品価値を保って来た。

プロ13年目を迎えたマリナージがキャリアの終盤に差し掛かっているのは事実でも、まだしばらくリングを離れる必要はなさそうである。

“バトル・オブ・ブルックリン(ブルックリン対決)”と銘打たれた12月7日の地元ボクサー同士の対戦でも、戦前は不利を予想されながら、先輩ジュダーに明白な判定勝ち。ジャブを駆使し、スピードでかく乱し、パワーで勝る相手に最後までペースを与えなかった。

「僕にとって重要な勝利だ。10代の頃に試合を観ていたザブと戦うためにリングに上がるなんて信じられなかった。とてもエモーショナルになっているよ」

試合後、マリナージはいつも通りのマシンガントークでそう捲し立てた。36歳となったジュダーの元気のなさを考慮しても、大舞台でマリナージが魅せたアウトボクシングの素晴らしさが目減りするわけではない。

もう過小評価すべきではない

例え試合自体は必ずしもエキサイティングとは言えなくとも、この選手を必要以上に過小評価するのはもう止めるべきなのだろう。

相手を殴り倒して10秒間に渡って戦闘不能にすることが最良の結果とされるスポーツにおいて、これほどパワーに欠ける選手が、これほど長きに渡って活躍していることは驚嘆に値する。迫力の欠片もない痩身の白人選手が、エンターテイメント性をどん欲に望むテレビ局を30歳を越えても感心させ続けるなどと、デヴュー直後に想像できた関係者は皆無だったはずだ。

「(ジュダー戦の)勝利のおかげでまだボクシングを続けられる。負けていたら続けようとは思わなかったかもしれないからね。これでまたウェルター級で大金を稼げるチャンスが巡って来るよ」

所属するゴールデンボーイ・プロモーションズがウェルター級に力を入れていることもあり、実際にマリナージの手元にはビッグファイトのオプションが山ほどある。

33歳にして再びビッグファイトの舞台へ

次戦の相手候補は、7日にIBF世界ウェルター級の新王者となったショーン・ポーター、12月14日の興行で行なわれるエイドリアン・ブローナー対マルコス・マイダナ戦、キース・サーマン対ヘスス・ソト・カラス戦の勝者、あるいはウェルター級進出が予定されるダニー・ガルシア・・・・・・いずれにしても、“マジックマン”は遠からず内にビッグファイトの舞台に戻って来るはずだ。

ポール・マリナージは“サバイバー”。ブルックリンが生んだエスケイプ・アーティスト。スピード、スキル、ハートの強さ、スピーチの上手さのすべてを駆使し、生き馬の目を抜くようなボクシング界を駆け抜ける。

“最強王者”ではないが、そのキャリアからは目が離せない。フロイド・メイウェザーやマニー・パッキャオとはまったく別の意味で、マリナージのような選手は二度と現れることはないかもしれない。そして、その波瀾万丈の軌跡は、自身の能力を信じ続けることの大切さを教えてくれているようでもある。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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