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「バルサのシャビ監督」待望論が渦巻く。二極化したスタイルと、ポゼッションの首領。

森田泰史スポーツライター
イニエスタとシャビ(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

偉大なフットボーラーが、また一人、スパイクを脱いだ。

シャビ・エルナンデスが現役引退を表明した。カタールのアル・サッドでプレーしてきたシャビだが、今シーズンを最後に選手としてのキャリアに終止符を打つ。

シャビはすでに監督業に就くための準備を進めていた。ラウール・ゴンサレス、シャビ・アロンソ、マルコス・セナ、ビクトール・バルデス...。錚々たるメンバーが揃うコースに通い、指導者ライセンス取得に励んだ。また取得には6カ月の実技期間が必要で、シャビはアル・サッドの下部組織で実習を行っているという。

1998年にバルセロナでトップデビューしたシャビは、それから767試合に出場した。退団する2015年までの間に、バルセロナで25タイトルを獲得。その内訳はリーガエスパニョーラ(優勝8回)、コパ・デル・レイ(3回)、チャンピオンズリーグ(4回)、スペイン・スーパーカップ(6回)、UEFAスーパーカップ(2回)、クラブ・ワールドカップ(2回)だ。

バルセロナではジョゼップ・グアルディオラ監督の下、セルヒオ・ブスケッツ、アンドレス・イニエスタと黄金の中盤を形成した。まるで同じ言語で分かり合うように、彼らの相互理解は完璧だった。「黄金のカルテット」と呼ばれた1982年のブラジル代表に比肩する、中盤の構成力だった。そこにリオネル・メッシの決定力が加わり、ペップ・チームは栄光の日々を迎えた。

そして、シャビのキャリアでターニングポイントとなったのが、先述したグアルディオラ監督と故ルイス・アラゴネスとの出会いである。

■アラゴネス政権のスペイン代表

「君を招集しないなんて、腐った奴だな」

3度目の正直でメンバー入りさせ、アラゴネスはシャビに自嘲気味にそう言った。

2004年6月にスペイン代表の監督に就任したアラゴネスは、就任してから2度シャビを招集リストから外していた。当時の中心はラウール・ゴンサレスだった。「彼が招集リストから外れるのは考えにくい。それほどまでに、ラウールはスペイン代表で重要な存在だ」とアラゴネスは認めていた。

しかし、2004年10月1日に2006年のドイツ・ワールドカップ欧州予選に向けてアラゴネスはシャビを呼んでいる。自身が犯した過ちに刃を向けたアラゴネスだが、もちろん単なる皮肉ではない。この時、おそらくアラゴネスには見えていた。シャビを中心に据えたチームが、常勝時代を築くことを。

ペップ・チームとアラゴネスのスペイン。異なる2チームを、自在に操る。その中心に、シャビがいた。操舵士として、羅針盤として、シャビは欠かせない存在になった。

シャビ、イニエスタ、メッシがグアルディオラの指揮下で輝きを放った。スペイン代表ではダビド・シルバ、セスク・ファブレガスがシャビやイニエスタと連携してボール保持を高めた。彼らの存在は強靱で、スピードとパワーに恵まれ、高さを兼ね備えたアスリート的なフットボーラーに対する、「カウンター」だった。

フットボールに民主性を与えた。それがシャビの成し遂げた偉業だ。人ではなく、ボールを走らせる。肉弾戦に挑むのではなく、駆け引きで相手を出し抜く。コントロールで自身のマーカーを剥がして、空いたスペースにボールを展開する。味方にアドバンテージを与えるパスを出す。ロス・バヒートス(小柄な選手たち)に希望を届け、シャビはフィジカルを凌駕する才能をピッチ上で見せ付けた。

■監督待望論

フットボールでは、どうしてもゴールを記録する選手が高く評価される。そのため、シャビはバロンドールには恵まれなかった。

シャビが世界一の称号に近づいたのは2010年だろう。FIFAバロンドール賞(現バロンドール)でシャビ、イニエスタ、メッシが最終候補に残った。スペイン代表はその年の南アフリカ・ワールドカップで優勝していた。シャビかイニエスタの受賞が濃厚だと思われていた。だが、またしても神はメッシに微笑んだ。

それでも、シャビが傑出した選手だというのは疑いようがない。とりわけ、彼のプレービジョンは類を見ないものだ。ゆえに、監督としての才を備えているのだと大衆は解釈する。

監督業に向けて、彼はその思考の速度を調整しながら選手たちに伝えなければいけない。知識量と、それを選手たちに伝達する能力は、異なる。そして、重要なのが助監督の存在だ。グアルディオラには、故ティト・ビラノバという優秀な右腕がいた。サー・アレックス・ファーガソンがマンチェスター・ユナイテッドを率いていた頃、ユナイテッドにはスティーブ・マクラーレンという助監督がいた。

バルセロナで、スペイン代表で、シャビはまさにポゼッションの首領として君臨していた。現代フットボールにおいて、弱者の兵法が侵食し始めている。バルセロナでさえ、エルネスト・バルベルデ監督の下でプレッシングとショートカウンターを強化した。スタイルは二極化している。

ただ、プレミアリーグの隆盛から分かるように、血の入れ替えが必要なのは確かだ。バルセロナに変革をもたらしてきたのは、故ヨハン・クライフというオランダ人であり、メッシというアルゼンチン人である。グアルディオラにせよ、イタリア、メキシコ、カタールと複数国を渡り歩いたのちに、バルセロナに復帰している。

カタールで指導者キャリアをスタートさせる。シャビは、すでにその考えを明かしている。この夏、バルセロナに帰還する可能性は低い。一方、バルセロナがコパ・デル・レイ決勝でバレンシアに敗れた場合、おそらく再びバルベルデ監督の解任論が噴出する。その時、シャビの名前が挙がるのは自明である。

だが、選手時代にピッチ上で飄々と振る舞っていたシャビが、突発的に決断を下すとは考え難い。彼は思考を醸成させ、数年後にバルサに戻ってくる。そんな予感がするのである。

スポーツライター

執筆業、通訳、解説。東京生まれ。スペイン在住歴10年。2007年に21歳で単身で渡西して、バルセロナを拠点に現地のフットボールを堪能。2011年から執筆業を開始すると同時に活動場所をスペイン北部に移す。2018年に完全帰国。日本有数のラ・リーガ分析と解説に定評。過去・現在の投稿媒体/出演メディアは『DAZN』『U-NEXT』『WOWOW』『J SPORTS』『エルゴラッソ』『Goal.com』『ワールドサッカーキング』『サッカー批評』『フットボリスタ』『J-WAVE』『Foot! MARTES』等。2020年ラ・リーガのセミナー司会。

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