ノーヒッターなしの記録はここから始まった!?◆2球団で2000奪三振…【7月21日のMLB】
◆2008年7月21日
アリゾナ・ダイヤモンドバックスのランディ・ジョンソンが、4三振を奪い、ダイヤモンドバックスにおける通算奪三振を2003とする(写真はこの日)。2球団でそれぞれ2000奪三振以上は史上初。2人目は出ていない。ランディはシアトル・マリナーズで2162奪三振を奪った。
◆1975年7月21日
ニューヨーク・メッツのジョー・トーリが、4打席とも併殺打に仕留められる。1934年4月28日のグース・ゴスリンと並ぶ、1試合の最多併殺打。この日、トーリの打順は3番。すぐ前の2番にいたフェリックス・ミヤーンは、4打数4安打ながら、一度も二塁へ進めず。4度とも、トーリの内野ゴロで封殺された。ミヤーンは1978~80年に横浜大洋ホエールズでプレーし、1979年は首位打者を獲得した。
◆1970年7月21日
サンディエゴ・パドレスのクレイ・カービーが、8イニングを投げて被安打ゼロ(1失点)で降板。0対1の8回裏、2死走者なしの打席で代打を送られた。救援投手が9回表の先頭打者にヒットを打たれ、ノーヒッターは途切れる。その上、2点を追加され、パドレスは0対3で敗れた(敗戦投手はカービー)。当時、パドレスは創設2年目。その後、パドレスの投手がノーヒッターに迫ったことは何度かあったが、創設51年目の2019年が終わっても、達成者は一人も出ていない。単独だけでなく継投も皆無。現30球団のうち、これはパドレスだけ。1962年に誕生したニューヨーク・メッツも長らくそうだったが、2012年6月1日にヨハン・サンタナが球団初のノーヒッターを達成した。カービーがノーヒッターを逃した試合で対戦したのは、メッツだった。