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樋口尚文の千夜千本 第166夜 『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』

樋口尚文映画評論家、映画監督。
(c)カラー/エヴァンゲリオン公式Twitterアカウントより

「個」のかけがえのなさを思い知らされる詩篇

これは庵野秀明という「個」の壮大な独り言である。あくまで独り言であり、また性急に核心に向うところがあるので、細かいところでわからないことはあるのだが、そんなことがまるで気にならないほど驚くべき映像の語彙が熱っぽく披瀝され、まずはそれだけでも強烈に惹きつけられるものがある。

しかもそのただならぬ語彙量と勢いには「引用の織物」的なエディット感覚(ここでその曲来ましたか!!的な)も充満しており、それゆえに全体が空洞の伽藍のような虚無感もじわじわと漂ってくる。つまり、この途方もない饒舌はあまりにも面白くて時間を忘れるほどなのだが、一方では巨大なハリボテのような凄まじさを呈してくる。

ところが、こうした方法的な次元、フォルムの次元においては驚嘆すべき語彙の嵐を通してニヒルさ、怜悧さが際立ってくる一方で、この独り言の醸す感情面については信じがたく直球であり、生(なま)であり、純情である。このニヒルな饒舌の洪水と、そこから漏れいずる素朴過ぎる純情とのギャップに幾度も不思議な落涙を禁じ得なかった。

そんな特異な魅力に富む「詩篇」が大河のごとき『エヴァ』サーガであるとすれば、それが実は庵野秀明が自分にオトシマエをつけるために、自分という「個」のためにうたってきた独り言なのだと表明する(といったことに今日までつき合わせてごめんなさい、とでも言われているような)ラストカットには妙に得心がいくのだった。逸脱と迂回と増殖を間欠的に反復してきた騒然たる展開と試行の数々は、ごく静謐に庵野秀明という「個」に回収された。

そしてかくも風変りで特殊な「個」の独り言になぜこんなに膨大な観客が集まるのか。本作はやはり映画の面白さの核心は「個」の思いや着想にこそ由来するのだということを暗に裏づけながら、割り出された「需要」にすり寄らんとして即製された凡百の魂なき映画を無言のうちに、しかし痛烈に撃っているとも言えよう。

映画評論家、映画監督。

1962年生まれ。早大政経学部卒業。映画評論家、映画監督。著作に「大島渚全映画秘蔵資料集成」(キネマ旬報映画本大賞2021第一位)「秋吉久美子 調書」「実相寺昭雄 才気の伽藍」「ロマンポルノと実録やくざ映画」「『砂の器』と『日本沈没』70年代日本の超大作映画」「黒澤明の映画術」「グッドモーニング、ゴジラ」「有馬稲子 わが愛と残酷の映画史」「女優 水野久美」「昭和の子役」ほか多数。文化庁芸術祭、芸術選奨、キネマ旬報ベスト・テン、毎日映画コンクール、日本民間放送連盟賞、藤本賞などの審査委員をつとめる。監督作品に「インターミッション」(主演:秋吉久美子)、「葬式の名人」(主演:前田敦子)。

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