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「反ワクチン報道」にどう対抗すべきか・・・丁寧な発信と「心に届くロジスティックス」を

原田隆之筑波大学教授
(写真:アフロ)

コロナをめぐるメディアの報道

 先日、このようなツィートを見て、まったくその通りだと深く頷きました。

 メディアは中立とよく言いますが、これでは中立というよりは、都合のよい風見鶏です。「批判するだけの簡単な仕事」と言われても仕方ありません。

 これらの報道姿勢のなかでも、一番下のワクチンをめぐる報道には相当大きな問題があるように思います。

批判が渦巻いた「反ワクチン」報道

 新型コロナウイルス感染症のワクチンが現実のものとなり、日本でも早ければ2月下旬から接種が開始されるということです。そして、接種推進担当として河野太郎大臣が任命されました。

 一方、ここのところ「反ワクチンキャンペーン」ともいえる報道が相次いでいます。たとえば、AERA(1月25日号)は「医師1726人の本音 ワクチン「すぐ接種」3割」という見出しの記事を出しました。

 タイトルだけ見ると、医師のなかでもワクチンを打ちたいと思っている人はわずか3割しかいないというように読めます。しかし、本文を読んでみると、「接種する」(31.4%)、「ワクチンの種類によっては接種する」(27.3%)、「接種しない」(11.8%)だったということです。つまり、接種に前向きな医師は約6割いたわけです。

 ここで問題なのは、見出しの切り取り方です。なぜ「医師6割が接種」ではなく、その中の一部の「すぐ接種3割」だけを切り取ってわざわざ見出しに持ってきたのでしょうか。その切り取り方はいかにも不自然で、そこにはワクチンへの不安を煽る意図があるかのように思えてしまいます。

 また、週刊新潮(1月28日号)は「コロナワクチンを「絶対に打ちたくない」と医師が言うワケ」という記事を出しました。そこでは、たった1人の医師が「絶対に打ちたくない」と言っているだけで、残りのテレビでよく見る専門家たちは、単にワクチンの説明をしているだけなのです。これも非常に意図的な切り取りです。

 さらに、テレビでは京都大学の宮沢孝幸准教授が「筋肉注射のワクチンが呼吸器感染症に効くといのは合理的ではない」「血液中の抗体が効くのはおかしい」と、ワクチンの効果に疑問を呈していました。

医療界からの大反発

 これらの報道は、医師や専門家から大反発を受け、AERAはウエブ配信版の見出しを修正し、週刊新潮もウエブ版の記事を削除しました。宮沢准教授の発言に対しても、明らかに間違いだという専門家からの反発が起きています。

 これらマスコミ報道の原因として、すぐに思い浮かぶのは部数やアクセス稼ぎ、視聴率稼ぎという姿勢です。しかし、ことはそう単純ではないようです。

 ジャーナリストの佐々木俊尚さんは、ラジオ番組のなかでこれらの報道を取り上げ、その原因として、「正義感」を挙げています。つまり、行き過ぎた科学万能主義やテクノロジーに対する批判として、マスコミは彼らなりの「社会正義」という大義の下にワクチンを批判しているのだというのです。

 この指摘は重要です。なぜなら、独りよがりな正義感ほど厄介なものはないからです。あからさまな悪意や偽善のほうがまだましです。悪意を誰もが見破ることができるし、すぐに反論できるからです。

 しかし、本人が正義だと思い込んでいて、受け取るほうも正義だと思ってしまうと、それはすぐに暴走します。誰も反論できないからです。今回は、専門家からの大きな反論があったのが救いでしたが、それはワクチンの効果について明確なエビデンスがあったからです。だからこそ、医療の専門家は明確に反論することができたのです。

ワクチンへの不安

 もちろん、ワクチンに不安を抱くのは当然です。そもそも、病気でもないのに体の中に何かを入れるということには抵抗があります。

 また、今回のワクチンは、これまでにない新しい方法によって開発されたということや、驚くほど短期間で開発されたことなどが、われわれの不安を一層高めています。特に、副反応への不安が大きくクローズアップされています。

 こうした不安や懸念を無視して、ゴリ押しのようにワクチン接種をすることはもちろんできません。マスコミがすべきことは、いたずらに不安を煽るのではなく、何よりもワクチンに対する丁寧な説明を繰り返し伝えることでしょう。そのときは、極端な少数の医師や専門家の意見ではなく、科学的エビデンスに基づいた専門家の意見をわかりやすく伝えることが何よりも大切です。

 ワクチンについては、すでにいくつも論文が出されていますし、世界中で4,000万人を超える人が接種しています。そこから得られたエビデンスに関して、効果だけでなく、副反応や他の問題についても丁寧に報道していただきたいと思います。

 たとえば、ファイザー/ビオンテック社のワクチンでは、43,000人を対象としたランダム化比較試験を行い、95%の予防効果が示されています 1)。重大な副反応の1つであるアナフィラキシーについては、117万人あまりに接種して11人です。しかも全員が回復しています 2)。

 最も接種が進んでいるイスラエルでは、すでに国民の4割近くに接種が終わり、新規感染者数は12月半ばからずっと減少傾向にあります。60歳以上の人は、入院率が60%減少したと報じられています 3)。

「エビデンスで殴る」ことは控えよう

 最後に、私が科学的エビデンスとともに強調したいのは、ワクチンに対する人々の心理です。それを丁寧に汲み取って、それに応える報道やメッセージを心掛けることがきわめて大切です。

 ほとんどの人は、頭ではワクチンの必要性は十分にわかっています。しかし、どうしても不安が残るという状態だと思います。エビデンスが訴えかけることができるのは、せいぜい理性の部分です。不安というのは感情であり、感情はしばしば非合理的なものです。

 よく「エビデンスで殴る」という言い方をすることがあります。エビデンスを錦の御旗のように振りかざして、人々を頭ごなしに説得したり、従わせたりしようとするやり方を指しますが、それは感情的な反発を招いて必ず失敗します。

心に届くロジスティックス

 現在、わが国は世界で最もワクチンへの不信感が強い国の1つとなってしまっています。これは本当に残念なことですが、その事実を踏まえて、人々の心に訴えかけるメッセージ、不安を和らげるメッセージを工夫する必要があるでしょう。そして、そのためには、医療に加えて心理学的な知識が必要でしょう。

 そのためには、今のうちにワクチンに対する人々の考えや心情について調査をして分析することが必要だと思います。そのうえで、全国民に一律のメッセージを出すだけではなく、年代や性別などに合わせて、また不安や懸念の高い人に向けて、個別的にメッセージの内容、伝え方、媒体、送り手などを考えるべきだと思います。

 ワクチンのロジスティックスを担当することになった河野大臣には、ぜひこの点についての準備も検討していただきたいと切に願います。

 全国民に対して、物理的にワクチンを届けることは本当に大変な作業であることは間違いありません。しかし、手元にワクチンが届いても、心理的な抵抗感のために接種をためらう人が多く出ることになっては困ります。心にもワクチンが届く「心理的ロジスティックス」もぜひ今のうちから真剣に検討していただきたいと思います。

参考文献

1) N Engl J Med 2020; 383:2603-2615, doi: 10.1056/NEJMoa2035389

2) JAMA Jan.21 2021, doi:10.1001/jama.2021.0600

3) https://www.timesofisrael.com/israel-sees-60-drop-in-hospitalizations-for-over-60s-in-weeks-after-vaccination/

筑波大学教授

筑波大学教授,東京大学客員教授。博士(保健学)。専門は, 臨床心理学,犯罪心理学,精神保健学。法務省,国連薬物・犯罪事務所(UNODC)勤務を経て,現職。エビデンスに基づく依存症の臨床と理解,犯罪や社会問題の分析と治療がテーマです。疑似科学や根拠のない言説を排して,犯罪,依存症,社会問題などさまざまな社会的「事件」に対する科学的な理解を目指します。主な著書に「あなたもきっと依存症」(文春新書)「子どもを虐待から守る科学」(金剛出版)「痴漢外来:性犯罪と闘う科学」「サイコパスの真実」「入門 犯罪心理学」(いずれもちくま新書),「心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門」(金剛出版)。

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