Yahoo!ニュース

残念な虫、かわいそうな虫の代表のようなイヌビワコバチのオス

天野和利時事通信社・昆虫記者
イヌビワ雄株の実(左)とイヌビワコバチのオス成虫(中央)と雌株の実(右)

 イヌビワコバチのオスは、どこにでもあるイヌビワというイチジクの仲間の雑木の実(に見えるが実際は花嚢)の中の暗闇で孵化し、成長し、同じ実の中で育ったメスと交尾すると、外界に出ることなくそのまま一生を終える。蜂の仲間なのに、日の光を浴びることも、野山を飛び回ることもなく(羽がないので飛べない)、狭い実の中に閉じこもったまま死ぬのだ。あまりにも残念で、かわいそうで、悲しい一生ではないか。

花嚢の中で成虫になったばかりと思われるイヌビワコバチのオス、
花嚢の中で成虫になったばかりと思われるイヌビワコバチのオス、

オスには立派な牙があり、これでメスの家(虫こぶ)の壁を破って侵入し、交尾するらしい
オスには立派な牙があり、これでメスの家(虫こぶ)の壁を破って侵入し、交尾するらしい

花嚢から引っ張り出したイヌビワコバチのオス。ちょっと情けない姿だ
花嚢から引っ張り出したイヌビワコバチのオス。ちょっと情けない姿だ

 一方メスの方は、交尾を終えた後で外に脱出して飛び回ることができる。あまりにも不公平ではないか。この実のようなものは正確には雄株の花嚢(丸い実のようなものの内側に花が咲く)なので、メスのイヌビワコバチは脱出の際に花粉を運ぶ。その後に雌株の実(これも花嚢、今が食べごろで結構おいしい)の中に入った場合には授粉を助け、実をおいしく熟させる。雄株の若い実に入った場合には、そこで産卵して世代をつなぐ(なぜか雄株の実の中でしか繁殖できない)。つまりメスはかなりいい思いをして、結構活躍する。あまりにも不公平ではないか。

イヌビワの雄株の実を割ってみた。中にたくさんのハチがいるのが分かるだろうか
イヌビワの雄株の実を割ってみた。中にたくさんのハチがいるのが分かるだろうか

イヌビワの雄株の実の中で羽化したイヌビワコバチのメスたち。ちゃんと羽があって、これから外界に出ていく
イヌビワの雄株の実の中で羽化したイヌビワコバチのメスたち。ちゃんと羽があって、これから外界に出ていく

虫こぶから出てきたイヌビワコバチのメス
虫こぶから出てきたイヌビワコバチのメス

情けないオスと違って、メスはハチらしい姿をしている
情けないオスと違って、メスはハチらしい姿をしている

メスが運んだ花粉のおかげで熟したイヌビワ雌株の実。イチジクに似た味で結構おいしい
メスが運んだ花粉のおかげで熟したイヌビワ雌株の実。イチジクに似た味で結構おいしい

 それに比べ、オスは単なる精子提供者で、暗闇での交尾以外に何の役割も楽しみもない。あまりにも、かわいそうではないか。しかし、生物界全般を見渡してみれば、オスの一生はたいてい、こんなものだとも言える。

 昆虫のオスの一生は悲しいものが多い。カブト、クワガタのようにオスが威張っている種は、ほんの一部だけだ。

 そもそも、繁殖にオスを必要としない無性生殖の虫もいるし、オスは遺伝子の多様性を保つために、時たま出現するだけという虫もいる。

 アリやハチの仲間では、オスはほとんど生殖のためだけに存在していて、交尾を終えると死を待つだけというのも多い。

 それでも、大方のアリやハチのオスは、外界に飛び出して外の空気を吸って、大空を飛んで、運が良ければそこで交尾する。その後に死ぬなら本望とも言えよう。やはりイヌビワコバチのオスはかわいそうだ。

時事通信社・昆虫記者

天野和利(あまのかずとし)。時事通信社ロンドン特派員、シンガポール特派員、外国経済部部長を経て現在は国際メディアサービス班シニアエディター、昆虫記者。加盟紙向けの昆虫関連記事を執筆するとともに、時事ドットコムで「昆虫記者のなるほど探訪」を連載中。著書に「昆虫記者のなるほど探訪」(時事通信社)。ブログ、ツイッターでも昆虫情報を発信。

天野和利の最近の記事