弾道ミサイル防衛は多層であるべきか
ミサイル防衛(MD)は、弾道ミサイルの飛翔経路であるブースト段階、ミッドコース段階、ターミナル段階のそれぞれに適した迎撃システムを組み合わせ多層防御を行うとされています。しかしそれは絶対ではありません。実はそもそもブースト段階の迎撃に付いては未だ開発中である上に、ミッドコース段階の迎撃のみ用意してターミナル段階の迎撃を用意していない迎撃態勢もあります。
- ブースト段階:開発中
- ミッドコース段階:SM-3、GBI
- ターミナル段階:PAC-3、THAAD
米本土MDと欧州MDはミッドコース迎撃の一層防御
米本土防衛用にはGBI、欧州防衛用にはSM-3が用意されていますがこれは大気圏外のミッドコース迎撃用ミサイルであり、ターミナル段階での迎撃用ミサイルは用意されていません。これは米本土防衛の場合はマッハ20で飛んで来るICBM(大陸間弾道弾)が迎撃目標であり、ターミナル段階迎撃用のPAC-3やTHAADではICBMが相手では能力的に不足し、そもそも迎撃が出来ないからです。
欧州防衛の場合はイランから飛んで来るIRBM(中距離弾道弾)が想定されている為、THAADならば能力的には迎撃は不可能ではありませんが、防衛計画では用意されていません。これは広大な欧州を全てTHAADの迎撃範囲である半径200kmで覆うには、20個以上の高射隊と1000発近い迎撃ミサイルが必要とされるため、予算的に現実的ではないと判断されたためです。SM-3ならばイージスアショア(陸上型イージス)を2箇所に用意すれば欧州の大半を防衛できます。
日本MDの主役はSM-3
日本防衛用にはミッドコース迎撃用のSM-3とターミナル迎撃用のPAC-3の多層防御となっています。射程の長いSM-3は2箇所に用意すれば日本全土を守れますが、PAC-3の迎撃範囲は20~30kmと狭く、一部の重要箇所しか守れません。これを理由にPAC-3を批判する声もありますが、それは少し違います。
日本が弾道ミサイル防衛システムの導入を検討し始めたのは、北朝鮮がノドンを発射しNPT(核拡散防止条約)を脱退した1993年で、テポドンを日本越えで撃たれた1998年に導入を決定しています。この当時のアメリカを中心とする弾道ミサイル防衛システムの開発状況は以下の通りです。
- PAC-3:1987年に前身ERINTが迎撃試験初成功、1995年実戦配備。
- THAAD:1995年~1999年まで連続6回迎撃試験失敗。計画の危機。
- SM-3:2002年に迎撃試験初成功、2004年実戦配備。
- アロー:1994年に迎撃試験初成功、2000年実戦配備。イスラエル製
つまりこの当時、PAC-3のみが確実に配備できる実用化済みのMD迎撃ミサイルであり、他に選択の余地はありませんでした。この時期のTHAADは6連続迎撃失敗で開発計画は風前の灯火であり、とても選択できる対象ではありません。SM-3はまだ本格的な試験が始まっていない時期ですが、迎撃範囲の広さからこれに掛けるしかありませんでした。PAC-3は最低限の保険であり、まだ性能が保証されていないSM-3を本命とする配備計画だったのです。
またPAC-3は対弾道ミサイル専用ではなく航空機や巡航ミサイルも迎撃できる汎用型の地対空ミサイルなので、アメリカ軍は従来型のPAC-2を全てPAC-3に更新する予定でした。故にMD配備とは無関係に自衛隊も遅かれ早かれPAC-3を導入する事になっていたでしょう。どんな空中目標にも使える汎用型の地対空ミサイルであるPAC-3は無駄になりようがないのです。
イスラエルのアローに付いては先方から売り込みがあったものの断っています。理由に付いては不明ですが、アローは直撃方式ではなく従来型の爆風破砕方式を用いた堅実ではあるものの古い設計であるのと、イスラエル製であるという点がネックになったのでしょう。
SM-3はその後に迎撃試験を積み重ねて信頼が置ける迎撃兵器となりました。またTHAADも改設計を経て2005年以降の迎撃試験は一度も失敗無しという驚異的な復活を遂げています。そしてPAC-3とSM-3の配備を一通り終えた日本は新たなMD配備計画としてイージスアショアとTHAADを比較に選び、イージスアショアを選択しました。THAADを選ばなかったのは欧州MDと同じく、防衛すべき国土が広いので予算的にSM-3の方が安く済む事が大きかったと言えます。
ブースト段階迎撃の変遷
ブースト中の弾道ミサイルを迎撃するシステムは現状では開発中であり、実用化しているものはありません。ブースト中の弾道ミサイルはまだ速度も遅く、捉える事さえできれば迎撃は容易です。しかし速度の遅い期間は非常に短く、捉える機会そのものを得ることが困難という問題を抱えています。これまでアメリカ軍で4つの方法が考案され3つが既に断念されている状況です。
- KEI:大型迎撃ミサイルを前方配備してブースト段階を狙う
- AL-1空中レーザー砲:射程数百kmの大出力レーザー搭載大型機
- NCADE:目標付近に滞空している戦闘機から発射する空対空ミサイル
- レーザー砲無人機:目標付近に滞空している無人機から低出力レーザー
KEIとAL-1、NCADEは既に実用化が困難であると開発が中止されています。KEIは検討段階の時点で無理があると判断されて開発すらされていません。AL-1については2010年に実射試験を行い弾道ミサイル標的の迎撃に成功していますが、コスト面、射程の面から難しいと判断されました。NCADEは炸薬無し二段式直撃型の空対空ミサイルで2007年に弾道ミサイル標的への実射試験を行っていますが、射程や迎撃可能機会の短さから本命とはなり得ませんでした。
代わりに開発が決定したのは無人機にAL-1よりも低出力なレーザー砲を搭載し、敵国上空に待機させ、撃ち上がった弾道ミサイルを付近に居た無人機のレーザー砲で落とす方式です。これならば思いっきり接近できるので射程の問題は解決できます。この点はNCADEと同じですが、レーザーならば瞬時に届くため、迎撃可能機会を増やせると期待されています。
ただし「敵国上空に多数の無人機を滞空させる」ということは「前以て敵国防空網を潰しておく」事が要求されます。つまり空爆によって敵の地対空ミサイルと戦闘機を排除しなければならず、これを短期間で実行できる戦力を用意できるのはアメリカ軍だけです。この性質から敵基地攻撃能力とセットで運用されるという事であり、日本が導入するには、法の面でも、実戦力の面でも、このブースト段階迎撃システムの導入は難しいと言えるでしょう。
目標付近に滞空している無人機からの低出力レーザーでブースト段階の弾道ミサイルを撃つという発想は、まず最初に「隠れながら逃げ回る弾道ミサイル移動発射機を発射前に発見し空爆で破壊することは困難である」という、湾岸戦争の実績で示された戦訓が前提となっています。しかし、いざ弾道ミサイルを発射したとなると膨大な噴射炎は隠しようがなく目立ちます。そこで発射前の破壊は諦めて、発射直後の撃墜を目指そうとしています。つまりこれは迎撃というよりは空爆の直接的な代替手段という事が本質になります。