約4年ぶりに重賞を制した古豪が1年前に海外挑戦した際のエピソードとは
オーストラリア遠征で善戦
4月4日、中山競馬場で行われたダービー卿CT(G3)を制したのはクルーガー(牡8歳、栗東・高野友和厩舎)だった。
同じ日、オーストラリアではドンカスターマイル(G1)が行われており、同馬はそちらにも登録を済ませていた。しかし、新型コロナウイルスの影響で遠征を取り止め、矛先を国内に変更。こうして臨んだ中山の重賞を優勝したわけだ。
一方、そのドンカスターマイルは道悪となりネットーヤが1分37秒77の時計で混戦を制したが、クルーガーは昨年、実際にこれに挑戦。4着に好走していた。この時期は走るという事か……。改めて昨年の挑戦を振り返ってみたい。
2019年4月7日のシドニー、ランドウィック競馬場は快晴で27度の気温に恵まれた。しかしこの時期のかの地は雨期であり、前日まで連日の雨。そのためSoft7(重)の道悪でレースが行われた。
決して広くないパドックに入った20頭の出走馬は、渋滞に歩いては止まるを繰り返す。そのうちの1頭がここ一本に的を絞って赤道を越えたクルーガーだった。日本にはないそんな状況に16年のマイラーズCの覇者はイレ込み、時に引き手を引きずるように後退し、脇の植え込みに後肢を踏み入れてしまった。
「普段はおとなしい馬だけど、万が一に備えてパドックだけメンコをしました。それでも珍しくテンションが上がってしまいました」
そう語ったのは同馬と一緒にオーストラリア入りしていた持ち乗り調教助手の小川洋平だ。現地入り後、本来の担当馬であるフィアーノロマーノがダービー卿CTを勝っていた。「良い流れで向かえそう」と思っていた。
「うるさくなったので、急きょ馬場への先出しをリクエストしました」
パドックの様子をみてそう対処したのは高野だ。この要望に主催者が応じ、真っ先に馬場へ出された日本からの挑戦者について、続ける。
「なかなか結果を出せない馬だけど、心拍数とか科学的な数値をチェックするとかなり優秀な馬なんです」
ゲートはゲートボーイを付けた。当然、事前に練習もした。しかし、それでも出負け気味のスタートになってしまったが、トミー・ベリーにいざなわれすぐに中団につけた。
ただ、決して展開が味方してくれなかった。逃げたドリームフォースは前走ジョージライダーS(G1)でも逃げてウィンクスの3着。この日も上々の粘りを披露した。これに迫ったのが2番手で流れに乗っていたブルータル。重賞は未勝利だったがそのジョージライダーSで史上最強牝馬に次ぐ2着。今回は49キロの軽ハンデに加え、ドンカスターマイルを6度も優勝しているG・ボスがラスト100メートルでは堂々と先頭に立たせる。結局、先頭、2番手が入れ替わるだけのいわゆる前残りでの決着となった。
そんな流れの中、クルーガーは3~4コーナーでは早くも手が動く苦しい形。しかし、そのまま馬群に沈むわけではなく、最後の直線では目立つ末脚を披露して4着まで追い上げると、手綱をとったベリーはレース後、次のように語った。
「日本の競馬よりも早目に流れが速くなったので、そのあたりで少し戸惑っていたみたいです。それでもエンジンがかかってからは良い脚を使ってくれました。何回かオーストラリアで走って流れに慣れれば勝ち負け出来ると思います」
実際、脚を余し気味の競馬ぶりは消化不良とも言える内容であった。
急きょ現地に残りもう1戦
当初、クルーガーはこの1戦で帰国する予定だった。実際、私はレース翌日に小川と「また日本で……」と言って別れの握手をかわした。しかし、それから僅か1時間後、小川から連絡が入った。
「もう1週間、残る事になりました!!」
勝つ事は出来ず、かといって惨敗でもない競馬ぶりに、急きょ現地に残ってもう1戦、走る事となった。こうして出走したのが1週間後のクイーンエリザベスS(G1)だった。
このレースは当時、オーストラリアでは大きな話題となっていた。かの地で最強牝馬とも最強馬とも言われていたウィンクスがここに出走。しかもそれが現役最後の1戦となる予定だったからだ。ウィンクスは32連勝中。G1だけでも24勝をしており、現地のテレビではスポーツニュースの枠を飛び越え、社会的な一般ニュースの枠で取り上げられるほどになっていた。実際、私はこの連勝が始まる前の1戦、つまり敗れたレースも見ていたが、その後、同馬を見るたびに逞しくなっているのが手に取るように分かった。
「強いのは百も承知しています。でも、こちらも調子が良いのでどこまで出来るか、楽しみです」
ドンカスターマイルの後、一旦、帰国し、アウィルアウェイで臨んだ桜花賞に臨場した後、再びダウンアンダー入りした指揮官は期待のほどをそう語った。
1週前ほど気温は上がらなかったものの、再び快晴の空の下で行われたクイーンエリザベスS。今度はGood4(稍重)という馬場状態になった。ゲートが開くとクルーガーは9頭立ての5番手を追走。すぐその後ろの外にウィンクスという隊列でレースは流れた。1週前とは違い好手応えで3~4コーナーを回ったクルーガーだが、それ以上に絶好の手応えだったのがH・ボウマンのまたがるウィンクスだ。直線、ゴールまで200メートルという地点で鞍上の手が動くとそれに応えるようにウィンクスが一気に加速。スタンドから起こる大声援をも味方に先頭に躍り出ると、勝負は決した。
こうして33連勝、平地の世界記録となるG125勝で有終の美を飾ったウィンクスは誰が見てもこの日の主役だと思えた。
しかし、日本の高野や小川にとっての主役はあくまでもクルーガーだった。道中、流れに乗った同馬はウィンクスにこそかなわなかったものの、1・5馬身差の2着。連闘で急きょ臨んだ1戦にもかかわらず3着以下は突き放す走りで善戦してみせた。
「よく頑張ってくれました。自分にとっても素晴らしい経験になったので、今後に生かしていきたいです」と小川が言えば、華々しくウィンクス陣営の表彰が行われる脇にある通路の奥で高野は語った。
「勝てなかったという意味では悔しい気持ちはあります。でも、あのウィンクスを相手によく頑張ってくれました。チャンスがあればまたここに帰って来たいですね」
冒頭でも記した通り新型コロナウイルスの影響で残念ながらリベンジのチャンスは断たれてしまった。しかし、そんなうっ憤を晴らすようにクルーガーはダービー卿CTを優勝した。また、この渦中、今週末の11日に行われるクイーンエリザベスSには日本のダノンプレミアム(栗東・中内田充正厩舎)が出走を予定している。クルーガーの日本での勝利がエールとなり、かの地に届く事を期待したい。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)