Yahoo!ニュース

月曜ジャズ通信 スタンダード総集編vol.4

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家

月曜ジャズ通信で連載している「今週のスタンダード」<総集編>シリーズの第4回です。

<総集編>では、月曜ジャズ通信で連載している「今週のスタンダード」だけを取り出して、まずはスタンダードからジャズってやつを楽しんでみてやろうじゃないか!――と意気込んでいる人にお送りします。

♪ラインナップ

バグス・グルーヴ

ビューティフル・ラヴ

ビギン・ザ・ビギン

ベサメ・ムーチョ

スタンダード総集編vol.4
スタンダード総集編vol.4

※<月曜ジャズ通信>アップ以降にリンク切れなどで読み込めなくなった動画は差し替えるようにしています。

♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪

『モダン・ジャズ・カルテット』
『モダン・ジャズ・カルテット』

●バグス・グルーヴ

「バグス・グルーヴ」は、ヴィブラフォン奏者ミルト・ジャクソンの作曲で、1952年の彼のリーダー作『ミルト・ジャクソン』に収録されました。

ミルト・ジャクソンは1923年米ミシガン州デトロイト生まれで、ディジー・ガレスピー楽団の仲間だったジョン・ルイス(ピアノ)とケニー・クラーク(ドラム)を誘い、パーシー・ヒース(ベース)を加えて1951年に自己のクァルテット(四重奏団)を結成。翌1952年にモダン・ジャズ・クァルテット(MJQ)とグループ名を変えています。

MJQは、ジョン・ルイスのクラシック音楽への指向を取り入れることで“サード・ストリーム”と呼ばれた新しいジャズのスタイルを築くことに成功し、その名のとおりモダン・ジャズを代表するバンドとして君臨しました。

オリジナル・ヴァージョンは、MJQの4人とルー・ドナルドソン(アルト・サックス)によって録音されています。「バグス・グルーヴ」は“MJQの2大レパートリー”と呼ばれるほど重要な曲になるのですが、全体的にMJQのサウンドは前述のクラシック的なアプローチを取り入れたものであったのに対して、この曲はジャズ特有のノリを前面に押し出したコテコテのブルース。それを“MJQの2大レパートリー”としたのは、ジャズ・ファンの複雑な心境の表われだったのかもしれません。

“MJQの2大レパートリー”のもう1つは「ジャンゴ」で、こちらはジョン・ルイス作曲のサード・ストリームを代表する名曲です。

実は、「バグス・グルーヴ」に最初にスポット・ライトが当たったのは、1952年のミルト・ジャクソンのリーダー作ではありませんでした。では誰のアルバムなのかといえば、ジャズの節目には必ず顔を出すキーパーソンのマイルス・デイヴィス。1950年代にビバップの次世代ミュージシャンとして自己の音楽性を確立しようとしていたマイルスは、売り出し中のMJQというバンドに着目。彼らを起用して1枚のアルバムを制作する計画を立てます。1954年12月24日、スタジオに呼ばれたのは、MJQのメンバーのうちのミルト・ジャクソンとパーシー・ヒースとケニー・クラーク。そしてセロニアス・モンク(ピアノ)、ソニー・ロリンズ(テナー・サックス)が加わり、マイルスとともに収録した「バグス・グルーヴ」を含むアルバムが、その名もズバリ『バグス・グルーヴ』でした。

マイルスの意図は的中し、マイルスとMJQの名は“モダン・ジャズ”という20世紀を代表する芸術を具現したものとして歴史に刻まれることになりました。

ミルト・ジャクソンさんには亡くなられる少し前の来日時にインタビューする機会がありましたが、質問の1つ1つに丁寧に答えてくださり、とても哲学的な雰囲気を漂わせていた印象が残っています。

♪Milt Jackson 03 Bags' Groove

1952年のオリジナル・ヴァージョン。

♪Miles Davis- Bags' Groove (take 1)

1954年の“伝説のクリスマス喧嘩セッション”と言われるときに収録されたヴァージョン。どうして“喧嘩セッション”だったのかという話題はまた別の機会に。このときの「バグス・グルーヴ」はテイク2も残っているので、聴き比べると、マイルスがなににこだわっていたのかを知るヒントがつかめるかもしれません。

♪New Gary Burton Quartet- Bag's Groove

ミルト・ジャクソンが築き上げたモダン・ジャズにおけるヴィブラフォンの金字塔を受け継いで、コンテンポラリー・ジャズという新たなシーンに展開したのがゲイリー・バートン。こんなふうに「バグス・グルーヴ」に向き合っている彼を見ていると、この曲には間違いなくジャズのエッセンスが潜んでいて、それを取り上げることがジャズの発展のヒントになることを示している気がします。

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

ビル・エヴァンス『エクスプロレイションズ』
ビル・エヴァンス『エクスプロレイションズ』

●ビューティフル・ラヴ

「ビューティフル・ラヴ」は、1931年にウェイン・キング楽団のレパートリーとして作られた曲で、作曲はヴィクター・ヤング、ウェイン・キング、エグバート・ヴァン・アルスタインの共作。作詞はヘイヴン・ガレスピー。

“ワルツ王”の異名をとったウェイン・キングは、スウィング期(1920〜30年代)に活躍したバンド・リーダーで、もともとポール・ホワイトマン楽団でサックスを吹いていましたが、1927年に独立して自己楽団を結成、一世を風靡しました。

キング楽団で演奏された「ビューティフル・ラヴ」は、時を経て1944年公開のラヴ・コメディ映画「シング・ア・ジングル」でも使用されました。

しかし、この曲を“ジャズの定番”に仕立てたのは、ビル・エヴァンス。

彼が1961年に録音した『エクスプロレイションズ』での演奏で新たな表情を与えられて以降、「ビューティフル・ラヴ」はジャズ・ピアニストにとって特別な存在になったと言っても過言ではないでしょう。

♪Bill Evans- Beautiful Love[Take 2]

これがビル・エヴァンスの『エクスプロレイションズ』です。

♪Anita O'day- Beautiful Love

アニタ・オデイが1955年に制作したアルバム『ジス・イズ・アニタ』収録のヴァージョンです。1950年代はこういう曲調で演奏されていたという見本でしょうか。

♪Jim Hall and Petrucciani live "Beautiful Love"

ビル・エヴァンスが1962年に制作したデュオ・アルバム『アンダーカレント』で、インタープレイの極地を見せたのがギタリストのジム・ホール。このライヴは、ビル・エヴァンスと入れ替わるようにジャズ・シーンに登場した“ピアノの精”ミシェル・ペトルチアーニとのコラボレーションです。

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

ローラ・フィジー『ランデヴー』
ローラ・フィジー『ランデヴー』

●ビギン・ザ・ビギン

スタンダードを輩出した名クリエイター、コール・ポーターが1935年に作詞・作曲した曲で、同年に上演されたミュージカル「ジュビリー」で発表されました。

タイトルは、ビギン(という音楽のスタイル)でビギンする(始める)というダジャレになっています。

ビギン(beguine)というのは、カリブ海に浮かぶ西インド諸島のひとつ、マルティニーク島で生まれたダンス音楽。古くから伝わる速い2拍子の労働歌カレンダがヨーロッパに伝わって4拍子の社交ダンス音楽にアレンジされ、それが1930年代にパリで流行していました。パリのリッツ・ホテルに滞在していたコール・ポーターはこの流行音楽を耳にして、バーにあったピアノを使って作曲したという逸話が残っています。

ニューヨークで上演されたミュージカルでは、パリほどビギンは注目されなかったようですが、人気クラリネット奏者のアーティ・ショウが1938年にこの曲を自己楽団で録音すると大ブレイク。以降、多くの名演・名唱を残すことになりました。

♪Artie Shaw : Begin the Beguine

ミリオン・セラーを記録してこの曲をスタンダードの地位に押し上げたアーティ・ショウのヴァージョンです。

♪Charlie Parker- Begin the Beguine

ビバップのオリジネーターとして知られるチャーリー・パーカーですが、ラテンのリズムでスウィングする彼のプレイも絶品です。

♪Laura Fygi- "Divine Biguine" ( Begin The Beguine )

オランダ人シンガー、ローラ・フィジーがフランス語で歌う「ビギン・ザ・ビギン」です。

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

『アート・ペッパー・クァルテット』
『アート・ペッパー・クァルテット』

●ベサメ・ムーチョ

「ベサメ・ムーチョ」は、1940年にメキシコの作曲家でピアニストのコンスエロ・ベラスケスが作った曲。

タイトルはスペイン語で「私にもっとキスをして」という意味ですが、作った本人は当時まだハイティーンの少女で、キスをしたことがなかったというエピソードが残っています。

1944年にサニー・スカイラーが英語詞を書いて発表、ジミー・ドーシー楽団が取り上げてヒットさせています。ジミーはトミー・ドーシーのお兄さんです。

♪CONSUELO VELAZQUEZ Besame Mucho

原曲作者自身の演奏です。

♪Art Pepper Quartet

アート・ペッパー・クァルテットによる1956年の作品から。アート・ペッパーはチャーリー・パーカー派のアルト・サックス奏者としてシーンに登場、甘いマスクと抜群のテクニックでアイドル的な人気を博しますが、麻薬禍でしばしば活動を中断。1956年当時も収容所から出たばかりですが、ウエストコースト・ジャズの中心人物としてふさわしいニュアンス豊かな演奏でこのラテン調の名曲に彩りを添えています。

♪Art Pepper- Besame mucho

もう1つもアート・ペッパーで。こちらは1978年制作『再会(Among Friends)』収録のものです。1960年代後半から薬物治療のために収容所に入所して引退状態だったペッパーでしたが、1970年代半ばに復帰。その陰には日本のファンの応援があったと言われています。当時、「アート・ペッパーは1950年代と1970年代のどちらがスゴいか?」という論争がありましたが、聴き比べてアナタはどう思いますか?

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

富澤えいち『頑張らないジャズの聴き方』
富澤えいち『頑張らないジャズの聴き方』

♪編集後記

手前味噌で申し訳ないのですが、ボクが「名演に乾杯」というコラムを担当している小学館のCD付き隔週刊マガジン「JAZZ100年」では、全巻予約特典として『ザ・パイオニア・ジャズ・レコーディングス1917−27』というCDがプレゼントされます。

このCDの見本が、最新刊とともに送られてきました。

内容は、ジャズという名称の由来になったと言われているオリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンドの演奏や、創成期の伝説的なプレイヤーであるキング・オリバー、ルイ・アームストロング、ジェリー・ロール・モートン、デューク・エリントンの演奏が収められています。

こうした古い音源を耳にすると、ジャズはその初期状態からすでにかなり完成されたスタイルを有していることがわかります。

それまで保存することのできなかった“音”を録音・再生できるようにしたのが、1877年のトーマス・エジソンによる円筒型アナログレコードという発明でした。1887年にはエミール・ベルリナーが後のレコード盤に発展する円盤型を発明し、音質を向上させて実用的になってきたのが1910年代。

ジャズ分野で最初のレコーディングを果たしたのは、プレゼントCDに収録されているオリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド。1917年のことでした。

♪Original Dixieland Jass Band- Livery Stable Blues (1917)

富澤えいちのジャズブログ⇒http://jazz.e10330.com/

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

富澤えいちの最近の記事