“女子版ACL”への第一歩。なでしこリーグ女王のベレーザは中国女王の江蘇蘇寧と初戦で対決
アジアサッカー連盟(AFC)と国際サッカー連盟(FIFA)が共同で開催する「女子クラブ選手権2019 FIFA/AFCパイロット版トーナメント」が、11月26日(火)に韓国・龍仁市で開幕した。
この大会は、女子版アジアチャンピオンズリーグの”雛形”とも言える大会だ。欧州ではUEFA女子チャンピオンズリーグ、南米ではコパ・リベルタドーレス・フェミニーナという、大陸の女子クラブ王者を決める大会があるが、アジア王者を決める大会はこれまでなかった。FIFAは女子サッカーの発展に力を入れる中で、いずれは女子クラブW杯やワールドリーグの開催なども検討しており、AFCは今年6月から7月にかけて行われた女子W杯で躍進を遂げた欧州勢の勢いに負けじと、アジアにおける女子サッカーの推進、競技力向上を目指している。そうした流れから今大会の開催につながった。パイロット(テスト)版ということもあり、出場国は日本、韓国、中国、オーストラリアの4カ国から1チームずつが招待された。
出場チームは各国1部リーグの昨季のシーズン結果で決定され、日本からは、昨季なでしこリーグ優勝の日テレ・ベレーザ(ベレーザ)が出場。中国からは18年中国女子スーパーリーグ優勝の江蘇蘇寧足球倶楽部(江蘇蘇寧)、韓国からは18年W Kリーグ覇者の仁川現代製鉄レッドエンジェルズ(仁川現代)、オーストラリアからは18/19シーズンWリーグ覇者のメルボルン・ビクトリー(メルボルン)が参加。4チームが総当たりでタイトルを競う。ハイレベルな国際大会になることは間違いないだろう。
ベレーザは今年、リーグ史上初の5連覇を達成。平均年齢20代前半の若いチームは、日本女子サッカー界に新たな1ページを刻んだ。
日本女子サッカーリーグは今年で創設31年目となった。スーパーリーグ(18年目)、WKリーグ(11年目)、Wリーグ(12年目)と比べても長い歴史がある。そのリーグで最多の優勝回数を誇り、新たな黄金時代を築いている現在のベレーザが、同じように強力な勝者のメンタリティを持った各国のトップクラブにどこまでその力を示せるのか。それが今大会の大きな見どころとなる。また、ベレーザは全員が国内組だが、他の3チームには外国籍選手がいる。そういった選手たちとのマッチアップも、代表の試合とは違う見応えがありそうだ。
だが、ベレーザが今大会で結果を残すためには、“ピッチ外”にも大きなハードルが立ちはだかる。それが、超がつくほどのハードスケジュールだ。
11月23日に三重県で皇后杯2回戦を戦った後、中2日で韓国に移動してきた。そして、今大会は5日間で3試合を戦う。さらに、帰国後は中3日で皇后杯3回戦に臨む。今季、リーグとリーグ杯を獲得、2年連続の3冠を目指すベレーザにとって、皇后杯は何としても獲りたいタイトルだろう。
ベレーザは代表選手が多いため、代表活動との兼ね合いもある。今年は女子W杯を終え、来年夏には東京五輪を控え、代表組は10、11月に国内合宿と親善試合をこなしている。
代表候補の中にはケガ明けの選手も数名おり、永田雅人監督は今大会に臨む心構えについて、大会前にこう語っている。
「日程を考え、選手のコンディションが壊れないように最大限計らいながら、一番良い成績を目指します。ケガから復帰したばかりでまだ長時間プレーできない選手もいますから、試合ごとに選手を替えながらそれぞれの疲労度を確認して、全体的に高いレベルを維持していきたいです」
今大会の開催が発表されたのが2カ月前。AFCとしては日程的にこのタイミングしかなかったのかもしれないが、ベレーザとしては今後のスケジュールを考えれば無理はできない。韓国の冬の寒さは厳しく、11月でも氷点下になることは珍しくない。気温が下がると筋肉や関節のケガのリスクが高まるため、「寒さも敵になりますね」と永田監督は言う。
今大会で6試合すべてが開催される龍仁市民体育公園主競技場は、約37,000人収容で、屋根は美しい曲線で象られ、スタンドは急傾斜で劇場のような見やすさがある。観戦は無料だ。
だが開幕当日、平日昼間のキックオフだったことも関係しているのか、スタンドの空席が目立った。欧州女子チャンピオンズリーグは1万人以上が入る試合もある。集客数を飛躍的に伸ばしつつある欧州各国の女子リーグに追いつくために、大会の本格化にあたっては集客面も課題になるだろう。
【国内リーグとの違いとは?】
26日の開幕戦で、ベレーザは江蘇蘇寧と対戦。開始早々の7分に失点したものの、10分にFW田中美南のゴールで追いつき、結果は1-1の引き分けだった。
中国・南京市をホームタウンとする江蘇蘇寧は今季、全国選手権とカップ戦、リーグタイトルと中国女子スーパーカップも制覇し、国内リーグ4冠を達成した強豪だ。ジョセリン・プレシュール監督は、欧州王者のオリンピック・リヨンで2014年から17年まで指揮を執り、リーグ・アンやチャンピオンズリーグなどのタイトルを獲得し、18年から江蘇蘇寧を率いる。
ベレーザのスターティングメンバーは、GK山下杏也加、最終ラインは右からDF清水梨紗、DF宮川麻都、DF土光真代、DF有吉佐織。MF三浦成美のワンボランチ、インサイドハーフは右がFW籾木結花、左がMF長谷川唯。両ワイドは右がFW小林里歌子、左がFW遠藤純。1トップにFW田中美南が入る4-3-3のフォーメーションでスタートした。
江蘇蘇寧も同じ4-3-3で、攻撃的な立ち上がりを見せた。中でも、今季27試合で35ゴールを挙げたアフリカのマラウイ共和国出身のFWタビサ・チャウィンガは身体能力、技術ともに頭ひとつ抜けており、トップ下でガーナ代表のMFエリザベス・アドを起点とするスピーディな攻撃がベレーザにとって脅威となった。
ボールの主導権争いがベレーザに落ち着いたかに見えた前半7分、中盤で縦パスをインターセプトされ、チャウィンガの高速ドリブルからあっさりとゴールを許してしまう。しかし、その3分後には右サイドの裏のスペースで長谷川のパスを受けた小林がスピードに乗ったドリブルで2人をかわし、最後は田中が左隅に鋭く決めて追いついた。ボールを動かして相手を中央に集めてからサイドに展開し、ペナルティエリア内で6人のディフェンダーを2人で崩し切ったゴールは見事だった。
江蘇蘇寧にとって、このゴールが脅威となったのだろうか。この後は徐々にラインを下げ、自陣で守備を固めてカウンター狙いに切り替えた。
そして、試合は膠着状態が続く。
ベレーザは田中と長谷川と籾木が流動的に動きながら攻撃の起点となり、両翼の小林と遠藤が個で打開を狙うものの、ペナルティエリアに侵入できる場面は少なかった。
ベレーザに対して相手がゴール前を固めるのは国内リーグでもよくあることだが、違ったのは、ボールの失い方が悪い時に江蘇蘇寧がカウンターから高確率で決定機につなげていた点だ。それには、やはり世界レベルのフォワードの存在が大きかった。31分と45分にチャウィンガが山下と1対1になるピンチを迎えたが、いずれも山下が的確な寄せでチャウィンガの間合いに対応しながらコースを消し、ピンチを救った。
後半に向けた永田監督の指示、そして交代の意図は明確だった。
「中央の選手たちがドリブルで(相手陣内に)入る時の距離が遠かったので、2対1(の数的優位)を作って中央でボールを受けて、そこから(相手の)キーパーまで2対1を作りながら組み立てるように伝えました。そうしたら、うちのサイドバックをマークしていた相手の選手がセンターバックについてサイドバックが空いたので、今度はサイドバックから2対1を作ろうと伝えて、サイドで仕掛けの得意な選手を入れて突破を狙いました」
56分には19歳のゲームメーカー、MF菅野奏音(かんの・おと)をインサイドハーフに投入して前線に変化を加え、69分には左サイドにFW植木理子を投入してサイドの活性化を図った。終盤は植木がスピードを生かしたドリブルから決定機を迎えるなど、にわかに流れが変わったかに見えた。だが、最後まで江蘇蘇寧のゴールを揺らすことはできず、試合は1-1で終了した。
【ドローから得た収穫と課題】
ベレーザがボールを長い時間保持しながらフィニッシュまでの形を作りきれなかった一方、ポゼッションを早々に放棄し、割り切った戦い方で着実に決定機を作った江蘇蘇寧の効率の良さは光った。
最終ラインでチャウィンガの動きを牽制するべく、ラインコントロールも含めて90分間奮闘した土光は、その対応と攻守の課題についてこう振り返っている。
「(チャウィンガ選手は)フィジカルも強く、裏に抜けるのもうまいし足元の技術もありました。脚が速いのでいつもより気持ち早くラインを下げると足元で受けられてしまったり、起点にさせる場面が多かったことは反省点です。ビルドアップでは、いつもなら自分たち(センターバック)が持ち上がって相手陣内に入ったら、誰かしら相手が出てきて(スペースが生まれて)ポンポンとつなげるのですが、相手がほとんど出てこなくて、自分をマークしていた(チャウィンガ)選手が背中から追ってくる。それは今までにない感覚でした。攻撃ではもっと距離感よく、テンポよく回せたら崩せる場面も多かったと思うし、遠目からでも足を振る力や個で打開する工夫が必要だと感じました」
その中でも、2点目を与えず、勝ち点1を得たことは収穫といえるだろう。
守備では2つの大ピンチを防いだ山下の存在感が光った。6月の女子W杯では持ち前の瞬発力を発揮したスーパーセーブで世界にアピールしたが、この試合では1対1の場面での心理戦で強さを示した。だが、試合後、山下は悔しさを露わにした。
「1対1の場面は、自分としては(相手の動きが)分かりやすかったので、止める確率を上げようと意識しました。ただ、失点した場面は相手が斜めに入ってくるドリブルへの対応ができず、自分の経験や技術のなさを感じました。相手が彼女(チャウィンガ)に的を絞ってくることはわかっていたので、そこで失点してしまったことがすごくもったいなかったです」
失点した後でも集中力を切らすことはなく、攻撃では正確なキックでピンチをチャンスに変える場面もあった。相手が高い位置からプレッシャーに来ても、山下は涼しい顔で”ロンド”(※)のように落ち着いたパス回しをする。
永田監督はベレーザの進化に山下の成長が深く関係していることを以前、こう明かしていた。
「相手が高い位置からプレッシャーをかけてきた時にかわせるスキルは独特のもので、一発で相手陣地に深く侵入するキックのスキルも持っています。味方への指示も、相手の動きを見て一手、二手先回りした指示をしていますね」
(※)サッカーのトレーニングで用いられる3対1や5対2などの数的優位でのパス回し
【中1日で臨む仁川現代戦】
初戦を終えて、チャウィンガやアドのように、W杯には出られなかったが個で突出した選手と対戦できることがこの大会の魅力の一つだと感じた。
ベレーザは中1日で、28日に韓国の仁川現代と対戦する。韓国ではWKリーグ7連覇中の絶対王者だ。初戦をメルボルンと戦い、4-0で勝利した試合を見た印象では江蘇蘇寧よりも球際が強く、ビルドアップのパターンも多彩だった。FWタイース・ドゥアルチ・ゲーデスとFWベアトリス・ザネラット・ジョアンの2人のブラジル人選手が変化を加えており、中でも背番号10を背負うベアトリスは、今季国内リーグで18試合に出場して16ゴールを決めている。メルボルン戦はラスト20分間だけ出場しており、ベレーザ戦に向けて温存されていた可能性もある。
試合中、ベレーザの選手たちはボールが外に出た時など、少しでも時間ができれば近いポジションの選手同士で話す。その会話量の多さと修正力が、ベレーザの強さの理由の一つだろう。
初戦はその修正が最後まで得点につながらず、試合後もそれぞれに確認作業を行っていた。第2戦に向けて、この経験はどう生かされるのか。
土光は、特に自分たちの強みであるビルドアップの面で力を示したいと考えているようだ。
「相手がどれだけ前から(プレッシャーに)きても、後ろから(ロングキックを)蹴らずに、キーパーからしっかり繋ぎたいです。相手が出てこなくて引いた場合でも、自分たちからアクションをし続けて、(攻撃の)クオリティを上げていきたいですね。フィジカルでかなわない部分は、テクニックやアイデアで違いを見せたいです」(土光)
仁川現代戦は、11月28日(木)の夜7時キックオフ(日本時間も同じ)。試合は以下のAFC公式YouTubeチャンネルでライブ配信される。
vs 仁川現代製鉄(11/28 19:00〜)
vs メルボルン・ビクトリー(11/30 12:00〜)
江蘇蘇寧戦のフルマッチもこちらから見ることができる。