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あの『ひらけ駒!』が帰ってきた! 将棋の母子の物語

松本博文将棋ライター
(記事中の写真撮影:筆者)

 幼くして将棋を覚えた少年、少女たちの生い立ちをたどると、ほとんどの場合、その家族の存在に触れることになる。子どもたちにとって、家族の存在はもちろん大きい。

 子どもが将棋を覚えるきっかけは、家族の誰かが教えてくれた、一緒に遊んでくれた、ということが多い。そこで夢中になって次のステップに進む、という子もいる。そして将棋教室、将棋クラブ、それから腕試しの大会に行くのも、家族のサポートが必要となる。

 子ども大会には、多くの親御さんが付き添いで来ている。心配そうに遠目で眺めるお父さんもいれば、将棋はルールも知らないので、部屋の隅で椅子に座ってじっと待っているお母さんもいる。

 今をときめく藤井聡太七段は幼少時(といっても17歳の現在からそう遠くない昔だが)、負ければ大泣きすることで有名だった。そういう時には、一緒に来ていたお母さんが引っ張って帰った。

 そうした光景を見て思うのは、将棋を指す一人の少年、少女の周囲には、常に多くの人の物語がある、ということだ。それは何も藤井少年のように、特別強くなる子だけに限らない。ごく将棋を知っている、ごく普通の少年、少女たちの数だけ、そうした普遍的な物語がある。

 南Q太(みなみ・きゅーた)さん作の『ひらけ駒!』は、将棋を指す少年、菊地宝(たから)くんと、そのお母さんの物語である。

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 宝くんは将棋にひたむきな明るい少年だ。一方の菊地母は、わが子が将棋を指すのに理解がある。そして肩の力が抜けていて、わりと適当だ。

 作者の南Q太さんは、将棋に関しては初心者である。その視点から、将棋界における「子どもあるある」、「親あるある」がたくさん登場する。

 将棋に夢中になっている子は対戦サイトの寝る間も惜しんで対戦サイト「将棋倶楽部24」で指し、本を読んで勉強する。自分とそう変わらない年齢の子や、さらに小さな子が、びっくりするほど強い。将棋クラブで変わったおじさんたちと知り合いになる。将棋が面白いという気持ち、負けたくないという気持ちが相まって、少しずつ強くなっていく。

 母の方は、将棋もいいけれど、早く寝よう、宿題もしようと釘を差す。実際に会って子をほめてくれた棋士や女流棋士を応援したくなる。親同士でちょっとした見栄の張り合いをする。

 母も子の影響を受け、周囲に勧められながら、将棋を指す。母の方は初心者である。子が簡単に解ける詰将棋が難しくてわからない。子が熱くなって、指した将棋の内容を報告するのを、何を言ってるのかよくわからないから、適当に相づちを打ちながら適当にスルーする。

「ああ、そういうこと、あるある」。あるいは「あったあった」か。将棋を指し始めて数十年のおじさん(いまこの一文を書いている筆者)も、覚えて間もない頃のあれこれが思い起こされ、また現在も変わらず見られる光景がピックアップされているようで、共感を覚える。

 将棋業界に詳しければ「この人は誰がモデルなのだろう」という推測をするのも楽しい。

 将棋教室で講師をしている奨励会の水嶋比呂介三段のモデルは、この漫画の監修役である、天野貴元さんだろう。若くイケメンで、社交的で人気があり、そしてときに見せる適当な言動など、よく特徴をつかんでいると思われる。天野さんは惜しくも、若くして亡くなった。

 「妖しく、強く、美しい」檀レイ子女流二段は、中倉宏美女流二段っぽい。レイ子先生は、少し調子に乗っている(と感じた)下手を四枚落ちのハンディで負かして、泣かせてしまう。おそらく宏美さんはそんなことはしない優しい先生だと思うが(たぶん)、他はよく似ていると思われる。

 現在はたくさんの将棋漫画がたくさん描かれている。旧来の将棋界を知っているおじさんからすれば、隔世の感がある。もちろんテーマとしては、将棋界、あるいは将棋そのもの厳しさをベースとした、シリアスなものも多い。一方で『ひらけ駒!』は比較的ゆるふわで、気楽に読める。多くの「観る将棋ファン」からも好評を博していたように思われる。

 そんな『ひらけ駒!』は単行本の8巻が出たところで、未完のまま止まっていた。研修会に入るほどに強くなった宝くんは、その後はどうなったのだろうか。

 そして最近、『ひらけ駒!』は帰ってきた。タイトルもそのまま『ひらけ駒! return』となって。そこでは宝くんが将棋を覚えたての頃、そしてさらにステップアップしていく様子が再び描かれている。

 『ひらけ駒! return』の第2巻はつい先日刊行された。

 あまり言うとネタバレになってしまうが、宝くんはめちゃくちゃ強くなっていた。そしてついには、奨励会にまで進んでいた。

 ただし『ひらけ駒!』は少年の成長だけがテーマではない。宝くんの場合は(あるいはそのモデルとなった少年は)たまたま強くなったというだけだろう。

 子どもたちにとっては、一番一番が真剣勝負で、負ければ泣くほど悔しい。しかし親からすれば、勝負も、強くなることも二の次である。子が夢中になれる何かに没頭しているのを見るだけで、それ以上多くは望まない。

「いいのよ 結果なんて本当はどうでも」

「将棋と出会って幸せだよ あの子たち」

(『ひらけ駒!』第5巻)

 そんな風に思う、菊地母のような親も多いのではないか。

 10月5日。毎年恒例の女子アマ将棋団体戦が開催された。檀レイ子女流二段・・・ではなく中倉宏美女流二段が代表を務める日本女子プロ将棋協会(LPSA)が主催する大会だ。南Q太さんも過去には選手として出場し、その様子は『ひらけ駒!』でも描かれている。

 今年は南Q太さんのサイン会がおこなわれた。似顔絵まで描いてもらえるというので、大変好評で、ずっと行列ができていた。

 島井咲緒里女流二段は南Q太さんの昔からのファンだったという。天野さんから、南Q太さんが将棋の漫画を始めると聞いて、電車の中で思わず叫んでしまったぐらいだ。

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 『ひらけ駒! return』は第2巻でまた休止という。それは残念であるが、いつかまた復活してもらいたい。

 その時に、宝くんはどうなっているのだろうか。奨励会を抜けているかもしれないし、そうではないかもしれない。

 もしそうではないにしても、将棋は続けていてもらいたい。そして少年、少女たちに、将棋の楽しさを教える存在であってもらいたい。水嶋比呂介三段、そして天野貴元三段がそうであったように。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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