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崩れる中国・習近平の方程式 「万里の長城」築き孤立化

木村正人在英国際ジャーナリスト
トーゴ大統領が訪中(写真:ロイター/アフロ)

「孤立を深める万里の長城」

英シンクタンク国際戦略研究所(IISS)主催の「アジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)」がシンガポールで開かれ、米国のカーター国防長官は4日、南シナ海で人工島埋め立てと軍事要塞化を進める中国について「このままだと残念だが、中国は自ら孤立を深める万里の長城を築いて自滅する恐れがある」と警鐘を鳴らしました。

カーター氏は「米国は今後数十年にわたってアジア太平洋地域の安全を保障する主要プレーヤーであり、法の支配に基づく地域の安全保障ネットワークの主導的な貢献国であり続ける」と表明、中国の圧力に屈してアジア太平洋地域から撤退することはないと確約しました。カーター氏がアジア太平洋地域に展開するとした最新兵器は次の通りです。

空中給油を受けるF-22(米空軍HPより)
空中給油を受けるF-22(米空軍HPより)

最新鋭のステルス戦闘機F-22、F-35

ステルス戦略爆撃機B-2

戦略爆撃機B-52

哨戒機P-8 Poseidon

最新型艦船(潜水艦は除く)

またカーター氏はバージニア級原子力潜水艦や新しい無人潜水艇、長距離打撃爆撃機B-21、サイバー・電子・宇宙戦争に備える投資を継続していく考えを明らかにしました。

これに対して中国軍の孫建国・副参謀長(海軍上将)は5日、「中国は過去に孤立したことはない。これからも孤立することはない」「冷戦マインドに縛られている、南シナ海の領有権と直接関係のない第三国に中国を非難する権利はない」と反論、米国が南シナ海で展開する「航行の自由」作戦と、中国と領有権争いを抱える国々を支援していることを批判しました。

南シナ海で進む軍拡

国際軍事情報会社IHSはアジア太平洋地域の国防支出は昨年の4350億ドルから2020年には23%増加して5330億ドルになると分析しています。まずベトナム、タイ、マレーシア、フィリピン、インドネシアの伸びを11年、15年、20年と見てみましょう。

出所:IHSデータをもとに筆者作成
出所:IHSデータをもとに筆者作成

中国の国防支出と比べると、上の5カ国を合わせても軍事バランスが崩れていることが一目瞭然です。米国の狙いは軍事バランスを保って中国の横暴を抑えることです。

出所:IHSデータをもとに筆者作成
出所:IHSデータをもとに筆者作成

中国による南シナ海での人工島埋め立てと軍事要塞化、それに対する米国の「航行の自由作戦」についておさらいしておきましょう。

【中国の動き】

・スプラトリー諸島で中国が進める埋め立て面積は14年末に比べ約6.5倍の12.9平方キロメートルに拡大

・ファイアリー・クロス礁(スプラトリー諸島)に新型爆撃機H-6Kの運用が可能になる3千メートル級の滑走路が完成。民間航空機や軍用機が発着試験

・スビ礁やミスチーフ礁(同)でも3千メートル級滑走路を整備

・南シナ海のパラセル諸島とスプラトリー諸島と「トライアングル」を形成するフィリピン沖スカボロー礁で埋め立ての兆候。南シナ海での防空識別圏(ADIZ)設置が狙い

協調路線の胡錦濤体制から習近平体制になってから、トウ小平以来の外交方針である「韜光養晦(とうこうようかい、機が熟するまで爪を隠して実力をつけるという意味)」と決別。あからさまに経済力と軍事力で揺さぶりをかけ、自国の海洋権益を拡大するため南シナ海で既成事実を積み上げています。

これに対して、米国のオバマ政権は他国の領有権争いには口出ししない方針を守ってきました。対中関係を損ないたくない米国務省の打算も働きました。しかし中国が軍事面でも海洋拡張主義を露骨に示し始めたため、昨年10月から米軍が主導する「航行の自由」作戦を展開しています。「航行の自由」作戦とその狙いについて触れておきましょう。

【米国の「航行の自由」作戦】

・昨年5月、米海軍の哨戒機P8-Aポセイドンがスプラトリー諸島のファイアリー・クロス礁(低潮高地)や、ミスチーフ礁(岩礁)の上空を飛行

ミサイル駆逐艦ラッセン(手前、米海軍HPより)
ミサイル駆逐艦ラッセン(手前、米海軍HPより)

・昨年10月、米海軍のミサイル駆逐艦ラッセンがスプラトリー諸島スビ礁(低潮高地)の12海里内を航行

・昨年11月、米軍の爆撃機B-52がスプラトリー諸島の人工島周辺を飛行。具体的な飛行ルートは明らかにせず

・昨年12月、米軍の B-52 戦略爆撃機が悪天候の影響で予定の航路を外れ、クアテロン礁の 12 海里内上空を飛行

・今年1月、米海軍のミサイル駆逐艦カーティス・ウィルバーがパラセル諸島のトリトン島の12海里内を航行

・今年5月、米海軍のミサイル駆逐艦ウィリアム・P・ローレンスがファイアリー・クロス礁(低潮高地)の12海里内を航行

・米国は「公海の自由」に基づく作戦か、中国が一方的に主張する「領海」内での「無害航行権」による作戦か明らかにしていない。海域を行ったり来たりすれば「公海の自由」を主張、海域を一度横切っただけなら「無害航行権」とみなすことができる。ディプロマット誌やフォーリン・ポリシー誌は「無害航行権」と判断している。

米国のカーター国防長官がシャングリラ・ダイアローグで中国に呼びかけたのは海洋における「法の支配」の順守です。米中の軍事対話と協調に応じるか、それとも自ら孤立を深める南シナ海の人工島埋め立てと軍事要塞化を進めるかという二者択一です。この夏、米国が実施するハワイ周辺海域での環太平洋合同演習(リムパック)に中国やインドも参加します。

次はフィリピン沖スカボロー礁だ

当面、注意しなければならないのはフィリピン沖スカボロー礁での埋め立てです。実際に埋め立てが始まり、3千メートル級の滑走路が完成すれば、中国が南シナ海全域に防空識別圏を設置する大きな布石になります。中国軍が南シナ海で制空権を確保すれば制海権も手中に収めることを意味し、米軍は軍事的な自由度を失います。これは海洋ルールの解釈が中国の都合の良いよう一方的に変更されることを意味します。

中国は「中国は紀元前200年の漢時代から南シナ海で船旅や漁業を行っていた」「歴史は誰が南シナ海の島々を領有しているかを証明している」と領有権の歴史的正統性を強調しています。フィリピンが南シナ海の領有権について仲裁手続きを申し立て、間もなくオランダ・ハーグの仲裁裁判所で裁定が下される予定ですが、中国側は黙殺する方針です。

中国は「九段線」と呼ばれる南シナ海の80%を占める海域で領有権を主張しています。

かつては米軍基地を閉鎖し、撤退せざるを得なかったフィリピンや、戦火を交えたベトナムまでもが米国に助けを求めるなど、オバマ政権は外交上、大勝利を収めています。シンガポールやインドネシア、マレーシアとも関係を強化しています。しかし、外交や「航行の自由」作戦だけでは、中国による南シナ海の軍事要塞化に歯止めがかけられないのが現実です。中国がこれまで主張してきた一方的な海洋ルールの解釈について振り返っておきましょう。

【中国のやり口】

・満潮時には水没する低潮高地や岩を埋め立てて人工島をつくり、島と同じ領海や排他的経済水域(EEZ)、大陸棚といった海洋権益を一方的に主張。国連海洋法条約(UNCLOS)では岩に認められる権利は「領海」だけで、低潮高地や人工島には何の権利も認められていない

・領海内であっても軍用艦船にも無害航行権が認められるのに、中国の領海法は「外国軍用艦船が中国領海内を航行する場合には事前許可を得ること」と定めている

・大陸棚の管轄権は上部水域にも及ぶ

・EEZ内における軍事情報の収集には許可が必要であり、EEZまたは大陸棚上部水域における軍事活動は制限される(米国は軍事情報収集の許可は必要なく、軍事活動も制限されないとの立場)

・2千年を超える歴史が証明する中国の領有権の正統性を主張。沖縄県・尖閣諸島は中国の領土(領海法)

・領海や EEZ から構成される中国の海洋面積は300 万平方キロメートル。渤海、黄海、東シナ海、南シナ海の全海域を指しているとみられている

・漁船、石油や天然ガスを掘削する石油プラットフォームなど海上構造物、海監、海警、海巡、漁政、海関といった海上保安機関の巡視船まであらゆる手段を総動員して既成事実を積み上げる

・国際的な仲裁手続きには従わない。2国間の交渉に持ち込み、経済力や軍事力を背景にゴリ押しする

・圧倒的な軍事的優位が確保されたら実効支配を確立する

他人事ではない南シナ海

ある日突然、2千年以上前の歴史を持ちだされ、水面下にある岩礁を埋め立てて人工島にして主権的権利や管轄権を主張されたら…。EEZでも中国にだけ認められる特別な権利を主張されたら、どうなるでしょう。中国の一方的な海洋ルールの解釈が東シナ海で適用されたら、日本の海洋権益は著しく損なわれます。南シナ海で現在進行中の出来事は決して他人事ではないのです。

米国は日本や韓国のほか、東南アジア諸国との合同演習や共同パトロールを強化していく方針です。シャングリア・ダイアローグには中国の常万全国防相は出席しませんでした。

IHSグローバル・インサイトによると、ASEAN(東南アジア諸国連合)の国内総生産(GDP)は今年の2兆6千億米ドルから25年には5兆8千億米ドルに成長すると予測しています。こうした成長を中国一国の身勝手な利益追求のために損なってはいけません。

出所:IHSグローバル・インサイト
出所:IHSグローバル・インサイト

シャングリア・ダイアローグでは、タイのプラユット首相は「ASEAN諸国は一致団結しなければならない。東シナ海と南シナ海の平和と安定を守るため、海洋権益争いと飛行や航海の自由、国連海洋法条約を含む国際法に沿った領有権争いの平和的な解決への支援の重要性を認識しなければならない」と強調しました。中谷元防衛相も南シナ海で人工島建設を進める中国を念頭に「秩序への挑戦にほかならない」と非難しました。

インドのパリカル国防相も初めて出席し、国連海洋法条約を含め国際法に基づく航海や飛行の自由へのコミットメントを強調しました。自国の利益を力づくで追い求める中国・習近平国家主席の方程式は崩れています。

日米同盟を基軸に、韓国、オーストラリア、インド、ASEAN諸国と連携して海洋の安全保障ネットワークを構築することが、日本メディアで議論されているように「戦争への道」を進むことになるのでしょうか。筆者は、アジア太平洋地域の平和と成長に寄与することになると思うのですが…。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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