Yahoo!ニュース

「オリンピック中止を考えない」という最大のリスク

河合薫健康社会学者(Ph.D)
(写真:ロイター/アフロ)

新型コロナウィルスの感染拡大が止まらない中、海外のメディアからは「東京オリンピックは本当に開催できるのか?」という疑念が出てきています。

といっても、正確には「感染拡大が既に日本で広がっている」という前提で物事を考えない日本の姿勢に対しての批判であり、「夏までには終息している」といった根拠なき楽観にすがり「問題ない、開催できる。いや、開催する」と、日本政府(組織委員会含む)がオリンピック開催中止の可能性を除外していることが原因です。

つまり、思考停止に陥っているのです。

そもそもこういった異常事態では「リスクコミュニケーション」を徹底することが最大のリスク管理になります。

しかしながら、日本ではリスクコミュニケーションがゼロ。

政府側は「リスクコミュニケーション」をないがしろにし続けています。

「リスクコミュニケーション」は個人、集団、組織などに属する関係者たちが情報や意見を交換し、その問題について理解を深め、互いにより良い決定を下すためのコミュニケーションです。つまり、一方通行ではなく双方向。言い換えれば、リスクコミュニケーションとは、一般の人たちの「知る権利」であり、リスクに対する彼らの不安や被害をできる限り減らすための唯一の手段なのです。

そういったコミュニケーションの積み重ねが、リスクそのものをなくしたり、想定外の出来事が起きた時のパニックを防ぎ、冷静な判断とリーダーシップにつながります。

しかしながら、日本は「お上が決めたことに従う」という文化が古くからあるため「リスクコミュニケーション=双方向」という考え方が希薄でした。その一方で、日本は世界中のどの国より「リスクコミュニケーション」の大切さを経験した国でもある。

原発の事故。そうです。原発のときの、さらにはその後の再稼働などでも、リスクコミュニケーションの重要性が専門家から指摘され続けてきたのに、今回も政府は性懲りなく「リスクコミュニケーション」を軽んじているのです。

リスクコミュニケーションという用語が広く使われるようになったのは、1万人以上の死者を出して史上最悪と言われたインド・ボパール事故がきっかけでした。

1984年にボパール北端にある有限会社インド・ユニオン・カーバイドの工場で、操業中にメチルイソシアネートという化学物質の貯蔵タンクに水が異常に流入。その結果生じた化学反応によって、タンク内の圧力が急激に上昇しました。

ところが安全装置が作動せず、メチルイソシアネートが大気中に大量に放出され、有毒ガスが工場周辺の市街地に流出する事態に発展したのです。

ボパール市民健康病院の発表によると8000人以上が瞬時に死亡し、50万人以上の人が被害を受けたとされています。

工場には、アメリカ合衆国ウェストバージニア州インスチチュートの工場と同じ安全基準が適用されていると発表され、事故後もそう主張され続けました。

このような事態を受け、1986年に米議会は「緊急時行動計画と市民の知る権利法」(Emergency Planning and Community Right- To-Know Act =EPCRA)を制定。

地域住民が化学物質のリスク情報を知ることができるようになり、環境に影響を及ぼす可能性のある施設を設置する場合、一般市民との対話プロセスが必須となりました。

今の日本は原発の時と同じです。

情報が透明化されることもなく、相互作用のプロセスも徹底されないまま、「今は踏ん張りどき!」「一致団結しよう!」などと精神論に終始している。世界から批判されて当然です。

ひょっとするとお偉い人たちは、「オリンピックの開催中止の可能性」を議論の俎上にのせると、

「そんなことになったら借金ばっかり残って経済が大変なことになるぞ!」

「そんなことになったらますます景気が冷え込んで、どうしようもなくなるぞ!」

と、パニックを恐れているのかもしれません。

しかしながら、人間はそう簡単にはパニックにならない。

リスクを正直に言うことで、好意的かつ冷静に対処するという人間の行動特性

が引き出されることがわかっているのです。

危機管理の専門家である米国の社会学者ミレッティらは「情報提供者が陥る誤解」を

次のように説明しています。

  • 誤解その1:人々はパニックを起こす

 パニックは映画のプロデューサーが作り出した幻想。

  • 誤解その2:警告は短くすべし

 緊急時ほど詳しい具体的なメッセージが必要。

  • 誤解その3:誤報にならないように慎重に

 たとえ結果的に誤報となったとしても、その情報が問題となることはない。

 誤報を恐れず、すべての情報を即座に開示せよ。

  • 誤解その4:情報源は1つにすべし

 危機に面した人は様々な情報源を求める。多様な情報源からの一貫した情報を得る

 ことで、緊急事態の意味と、その内容を信じるようになる。

  • 誤解その5:人々は即座に防衛行動に出る

 情報が持つ正確な意味が分かるまで、人は具体的な行動は起こさない。

とここまで書いていたら「IOCが5月までに東京オリンピックの開催の有無を決めると

発表した」というニュースが飛び込んできました。

いつ終息するかは誰にもわからないのだから、双方向のリスクコミュニケーションを実施すべきです。

それができないなら・・・もはや日本にはオリンピックを開催するレベルには及んでいないということです。

健康社会学者(Ph.D)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。 新刊『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』話題沸騰中(https://amzn.asia/d/6ypJ2bt)。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究、執筆メディア活動。働く人々のインタビューをフィールドワークとして、その数は900人超。ベストセラー「他人をバカにしたがる男たち」「コロナショックと昭和おじさん社会」「残念な職場」「THE HOPE 50歳はどこへ消えたー半径3メートルの幸福論」等多数。

河合薫の最近の記事