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子どもを守れるのか

前屋毅フリージャーナリスト

■おかしな「7割賛成」

「住民の7割近くが賛成していたのに途中で姿勢を変えた。あれは痛かった」と、三重県庁の震災がれき処理担当者がいった。いま三重県では、東北地方太平洋沖地震で大量に発生した東北地方のがれき(震災がれき)の受け入れをめぐって揺れている。ただのがれきでない。東京電力福島第1原発事故で放射能の影響を受けている可能性のあるがれきである。

そもそも、三重県市長会と三重件町村会との「あいまい」すぎる合意を根拠に、鈴木英敬知事が震災がれきの受け入れを国と約束したことが三重県での騒動の発端だ。合意があいまいなものでしかなかったことは、現在にいたるも処理を担当する自治体が名乗りをあげていないことからもわかる。

県庁の震災がれき担当者が「7割近くの住民が賛成していた」というのは、三重県多気町のことだ。県庁担当者がいうように「7割近くの住民が賛成」していたにもかかわらず、行政が方針を覆したとなれば、それはそれで由々しき問題である。

しかし、実際に多気町に話を訊くと、かなり事情が違っている。「姿勢を変えた」と県庁担当者はいうが、「震災がれきを受け入れると表明したことは一度もない」と多気町の担当者は反発する。さらに、その担当者は「受け入れを検討するといっただけで、受け入れを決めていたわけではない。そして検討した結果、受け入れは難しいとの結論となり、それを県に伝えたまでのことです」と説明した。

■アンケートのトリック

県担当者のいう「7割近く」とは、何を指しているのか。その根拠がないわけではない。多気町では、今年7月11日から10月1日にわたって震災がれきを受け入れて処理することについての住民アンケートを行っている。その結果を指して、「住民の7割近くが受け入れに賛成した」と県担当者は説明しているのだ。

そのアンケート結果の内容をみてみれば、「7割近く」の数字は存在する。しかし、県担当者の説明とは意味合いが違いすぎるのだ。

多気町で震災がれきを受け入れて処理することについて、「多気町で焼却可能なら検討すべき」に賛成と答えた住民が21.6%、「安全性が確保できるなら検討してもよい」に賛成した住民が43.3%というアンケート結果になっている。合わせて65.4%で、県担当者のいう「7割近く」がこれだ。

何がおかしいか、である。まずは、答のなかに「検討」という文字がはいっていることだ。つまり、「検討するかどうか」を訊いたのであって、「受け入れるかどうか」を訊いているわけではない。それを「受け入れに賛成」の数字として説明するのは、無謀である。

さらに、「検討に賛成」といっている43.3%もの住民は、「安全性が確保できるなら」という前提にたっている。つまり、「安全性が確保できないならば反対」ということになるのだ。その安全性については住民に十分な説明がされたわけでも、「安全生について納得したか」というアンケートをやったわけでもない。だから、この数字を「受け入れに賛成」とするのは強引きわまりない。

多気町にしても、安全性を十分に議論し、説明することなしに、「65%は検討してもいいと答えている」として検討をはじめたのは数字の意味を拡大解釈しているというしかない。ともあれ、検討した結果、「多気町だけに処分を押しつけられかねない」「風評被害の責任を誰がとるのか明確ではない」という理由で「受け入れはしない」と多気町は決めたのだという。ここでも安全は二の次にされてしまっている。

■子どもを守るための一歩

多気町が受け入れを承知していたかのように説明する県庁の姿勢には問題がある。安全性を追求しようとしない多気町の姿勢にも問題がある。

さらに、多気町の行ったアンケート結果をみると、もっと深刻な問題が浮かびあがってくる。アンケートに答えた年齢層をみてみると、30代が1.5%、40代が17.5%しかいないのだ。20代は0%である。

なぜ、この年代層に注目するのかといえば、いわゆる「子育て世代」だからだ。放射性物質による影響は、年齢が低いほど深刻だといわれている。つまり、震災がれきを受け入れて焼却処分することでもっとも影響が懸念される子どもをもつ親たちが、この問題に無関心だという現実がそこにあるのだ。関心があるにしても、自らの行動で子どもを守る意思を示そうとしない親たちが多いという現実が、そこにある。

さらに男女比でいえば、アンケートに答えた人全体のなかで、男性は79.3%に対して女性は20.7%でしかない。年齢層の数値とあわせて考えてみると、子どもをもつ母親たちが、このアンケートに参加していない。母親が子どもを守る意思を示していないのだ。

これは、多気町だけのことではないのかもしれない。放射能から子どもを守ろうと意思を示し、行動する親も少なくないなかで、まだまだ無関心の殻に閉じこもっている親たちも全国的に少なくないのだろう。

それが、安全性の問題を二の次にして震災がれき処理を急ぐ動きを助長している。原子力発電所問題そのもので、安全性が軽視されることにつながっている。そんなつもりはなくても、現実にはそうなってしまっているのだ。アンケートなど些細なことかもしれないが、それが自分の子どもの将来を確実に左右する結果をもたらす。今度の衆議院選挙でも同じことがいえる。無関心の殻では子どもは守れない。

子育て世代にとっては、自分の子どもを守るかどうかの正念場にきていることを自覚すべきではないだろうか。放射能問題で安全性を第一に考えることは、子育て世代にかぎらず、大人としての義務である。安全性を軽視して、子どもたちを守ることはできない。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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