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『グレースの履歴』は秀逸な「大人のドラマ」、総合テレビでの一挙再放送を!

碓井広義メディア文化評論家
夫婦を演じた滝藤賢一さんと尾野真千子さん(番組サイトより)

今年3月から5月にかけて、秀逸な〝大人のドラマ〟がありました。

NHK・BSプレミアムとBS4Kで放送された、プレミアムドラマ『グレースの履歴』(全8話)です。

主人公は製薬会社の研究員、蓮見希久夫(滝藤賢一)。

子どもの頃に両親が離婚し、唯一の肉親だった父も他界しました。

家族はアンティーク家具のバイヤーである妻、美奈子(尾野真千子)だけです。

仕事を辞めることを決意した美奈子は、区切りの欧州旅行に出かけました。

ところが旅先で不慮の事故に遭い、急死してしまうのです。

希久夫は現れた弁護士から、実は美奈子が命にかかわる病気の治療を続けていたことを告げられます。

呆然とする希久夫に遺されたのは、美奈子が「グレース」と呼んでいた愛車、ホンダS800(エスハチ)だけでした。

ある日、希久夫がグレースのカーナビに触れると、履歴に複数の見知らぬ場所が表示されました。

日付によれば、美奈子が走ったのは欧州に旅立つ前の一週間。彼女は希久夫に出発日をずらして伝えていたことになります。

一体、誰に会いに行ったのか。疑ったのは自分の知らない男性の存在です。

運転免許を持たなかった希久夫は、教習所に通って何とか取得。履歴に記された街に向かってグレースを走らせます。

藤沢、松本、近江八幡、尾道、そして松山。待っていたのは希久夫自身の過去であり、美奈子の切実な思いでした。

このドラマ、今は亡き愛する人が仕掛けた謎を追う、いわばロードムービーです。

うっとりするほどセクシーな赤のエスハチ。「グレース」という名をめぐるエピソードも嬉しくなります。

古いクルマでの移動だからこそ味わえる、日本の風景。そして、歴史のある街に暮らす、かけがえのない人たち。

画面の中に流れているのは、とてもゆったりとした時間です。見ているうちに、主人公と同じ空気を吸っている気分になりました。

また、このドラマのテーマは〝再生の旅〟です。

そこには人生の苦みや痛みもありますが、まさに再び生きるための旅であり、出会いなのです。

しかも、主人公だけの再生の物語ではありません。

それを深みのある美しい映像と、絞り込んだセリフで構成することによって成立させています。

滝藤賢一さん、尾野真千子さんの静かな演技が印象に残ります。まさに、大人のドラマでした。

誰かを大切に思うこと。誰かと共に生きること。その意味を深く考えさせてくれる1本でした。

原作・脚本・演出は、源孝志さん。

『スローな武士にしてくれ~京都 撮影所ラプソディー』(NHK・BSプレミアム、2019年)と『令和元年版 怪談牡丹燈籠 Beauty&Fear』(同)で、第70回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞しています。

極上のエンタメとしての〝源ドラマ〟は、それ自体が一つの「ジャンル」だと言っていいでしょう。

『グレースの履歴』が、より多くの人の目に触れる「総合テレビ」で、一挙再放送されることを熱望しつつ、次回作を待ちたいと思います。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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