テクノロジー×情報で新しい政策形成は可能か…オシンテックの新しい試み
筆者は、この3、4年ぐらいテクノロジーの新しい進展やそれに伴う社会の新しいシステムやトレンドに関心を持ち、研究してきている。それらの成果として、筆者の専門は政策や政治であるので、新しい社会の合意形成や政策形成の仕組みづくりを今後構築できないかと考えている。
そのような中、以前から知己のある小田真人さんが最近、株式会社オシンテックという規制情報の可視化サービスの会社を立ち上げた。これは、人工知能を活用して世界主要国や国連、NGOなどの発信する情報を自動収集するもので、独自のウェブサービス「RuleWatcher.com」として提供している。小田さんは、これを通じて、ルール作りに関心の高い人々を増やし、民主主義を革新したいと考えている。
これは正に、筆者が今考えているテーマや関心にも関わるものであるので、今回小田さんのお話を伺う機会等あったので、本記事で紹介したい。
(鈴木)今、小田さんが取り組まれている活動についてまず教えてください。
[オシンテックとRuleWatcherについて]
(小田真人さん)ありがとうございます。株式会社オシンテックという、企業向けに非市場戦略のコンサルティングを行う会社を立ち上げたのですが、その一環で、RuleWatcherというサービスサイトをこの5月にローンチしました。現時点では数十か国なのですが、各国政府や議会や国連関連の組織とか、大きなNGOや金融機関などから、世界のルール形成に関わる情報を随時自動収集して、すべて英語化し、人工知能で分類して表示しています。今後はさらに収集源を拡大し、企業だけでなく、研究者や法律家、環境活動家などに幅広く使ってくれることを想定しています。
(鈴木)なるほど、世界のルール形成に関する情報に特化されて情報収集されているのですね。なぜそのような情報を集めることにしたのですか。
(小田さん)構想自体はずいぶん前からあったんです。2012年から6年間、所属会社の駐在でシンガポールで働いていました。当時、海外で市場解析をやっていたんですが、その時から「ああ、市場解析だけだと日本企業は勝てないぞ」という危機感があったのです。
海外に出て初めてわかったんですが、ルール作りのところで日本企業っていつも負けてるんです。日本では、「ルールはお上が決めるもの」という文化が強いんでしょうね。日本企業は、カイゼン(改善)は大得意なのに、ルール形成はまったくやらないわけです。そのために、外国企業のロビー活動の前で屈しているケースに何度も出くわしました。
このような状況を変えていくには、もし「ルールを見える化」出来れば、ルール形成をするところまではたとえできなくとも、今どんな土俵ができつつあるかが分かり、それが決定してしまう前に、それに対処できる戦術を少なくも事前に組み立てられるんじゃないかと考えたんです。
2017年の終わりに帰国して、その一年後に会社を作りました。以前に感じたそのような思いが、「RuleWatcher」に込められています。
[会社名の由来]
(鈴木)わかりました。ところで、企業名「オシンテック(注1)」というのは変わったネーミングですね。
(小田さん)よく言われます(笑)。有名なテレビドラマの名前とも似てますからね。この名前は、「OSINT」と「Technology」という言葉を合体させているんですが、「OSINT」という言葉は、「Open Source Inteligence」のことを意味しています。これは、「公開データから、情報を紡いでいくインテリジェンス活動のこと」なんです。それをテクノロジーでやっていこうというわけです。
(鈴木)なるほど、そうでしたか。「RuleWatcher」を含めてテクノロジーが十二分に活かされているわけですが、それには小田さん自身のこれまでのキャリアが影響しているのかなと思います。その点について教えてください。
(小田さん)大学卒業後、ITコンサルティング会社に就職しました。在職中にMBAを取得し、情報の流れのデザインを意識した情報活用を手掛けてきました。2012年より国際ビジネスの最前線の一つであるシンガポールに駐在し、企業の国際デジタルマーケティング支援していました。その後、大手自動車メーカー(シンガポール)の情報システム部のマネージャーを担いつつ、2015 年にデータサイエンス専門組織をシンガポールで設立し、初代 ゼネラル・マネージャー(GM)を務めました。そこでは、多言語の情報を収集しAIによる情報解析サービスを提供していました。同センターでは、当時ようやくできてきていたテキスト解析の手法を使って、2015年から東南アジア各国のSNSでクライアントの新商品がどんなふうに語られているかの分析をしていたのです。
近年「ビッグデータ解析」という言葉がよくもてはやされますが、テキスト情報の解析が使えるようになり、ソーシャルメディアなどの分析が、本当にここ数年のことなのですが、かなり進んできました。
このような経験と、先ほど申し上げた海外での日本企業の状況の理解が結びつき、今の活動に繋がってきているわけです。
[大学授業でのRuleWatcher活用]
(鈴木)ありがとうございます。そのようなご経験があったのですね。さて、少し話が変わりますが、今回、小田さんには、私が担当している大学院の授業(注2)にご参加いただき、2度外部講師としてご協力いただきました。そこでは、小田さんの講演と「RuleWatcher」を活用したワークを、オンラインで行っていただきました。いかがでしたか。
(小田さん)様々な国・地域からの留学生が院生として履修されている科目で、外部講師として授業を持たせていただき、ありがとうございました。
私が担当した時には、「世界各国のプラスチックに関する最近の規制を調べてみよう。」というテーマのもとに講義を待たせていただきました。より具体的に説明させてください。
まず、海洋プラスチック問題や気候変動など国境を越えた課題をテーマに、1回目は「テクノロジーを活用し、世界の政策の潮流を掴む 問題提起編」という講義を行い、しっかりと問題意識を共有してもらいました。
次に、院生たちには、自分の母国のルールと、他国のルールをテクノロジーで比較してもらいました。この活動のために、私たちの「RuleWatcher」の仕組みや活用の仕方を説明し、何人かの院生に実際に活用することを試みてもらいました。
この「RuleWatcher」は、すでに少し説明されていますが、規制情報の可視化ツールです。
世界数十か国の議会、政府、裁判所からのルールや規制などに関連する情報を随時自動収集し、AIによって可視化(「図:RuleWatcherのシステムイメージ」参照)する仕組みです。言語はすべて英訳され、容易に検索が可能です。また翻訳アプリの活用で、日本語などの他言語でも情報を活用できるようになっています。
2度の講義の初回授業の際には、「COVID-19によるプラスチック政策の変化を調べる」という宿題を出し、参加された院生の方々には、自宅で、「RuleWatcher」を活用し、情報を探索し、コメントし合い、学び合うことを体験していただきました。
2度目の講義時には、前回の講義を受けて、まず「テクノロジーを活用し、世界の政策の潮流を掴む 総括編」という講義を行い、その後前回の宿題で、院生が「RukeWatcher」に書き込んだ内容などを活かして、講義全体の振り返りとさらなる学びを行いました。
このようにして、院生は、近年、大きな変化を見せるこうした環境政策が、それぞれの国の競争戦略としても機能していることについても、多くのことを学んだようです。
参加された院生の方々からは、例えば、次のようなコメント等もいただきました。
・「それぞれの情報が、点から線になって理解できた。」
・「面白くて役に立つ知識をたくさん勉強しました。これから環境政策にもっと関心を持つようになると思います。」
・「今までなんとなくニュースで見る程度だったのが、実際に自分で調べるきっかけになったと思う。それによって問題点の深刻さや各国の取り組みが見えてきた。」
また、授業後に実施したアンケートでは、回答院生92.3%が、「この授業を他の人にも勧めたい」という満足度の高い結果もいただきました。
このように、規制やルールなどというと難しい、あるいは分かりにくいなどの面もあるかとは思いますが、今回の講義の結果からも、「RuleWatcher」の仕組みを活かせば、実は、国や地域の違いなどを超えて、それらにことについて理解できるようになり、教育や啓蒙などにおいても「この仕組み」を十分に活用できることが分かりました。その分野での今後の活かし方等についても考えていきたいと考えています。
[コロナ禍について]
(鈴木)授業では大変お世話になりました。院生たちも、本科目のテーマである「公共(パブリック)」の問題、特に国を超えた「公共」の問題、そこにおける「国」の役割やNon-State Actor(国際社会における国家以外の様々なアクター)の役割などについて、御社の「RuleWatcher」の仕組みを使って学べました。ありがとうございました。
また、今回、小田さんは、オンラインを使って神戸から講義を行ったわけですよね。つまり、今回のような講義は、日本国内あるいは全世界どこからでも、受けることができるということですよね。これはある意味、怪我の功名みたいところがあって、今回のコロナ禍は大変なことですが、それがあったからこそ、このようなオンラインの遠隔授業ができたということですね。
ところで、今回のコロナ禍に関して、小田さんはどのように考えていらっしゃいますか。
(小田さん)いろいろ思うところがありますね。生活変容の功罪両面について、みなさんいろいろな意見を仰ったりしていますよね。そこにもう一つ加えるなら、コロナ禍は、集団の意思決定がおかしいんじゃないか、という大きな気づきを与えてくれたんじゃないかと思います。この対談記事を読まれている多くの方もきっと賛同されると思うんですけど。現場の人はみんな一所懸命やっているのに、集団の意思決定となるとすごくおかしなことを決めてしまう。
感染症の問題は、みんなの関心事ですから、「それ変だよ!」という人が居て、比較的修正されやすいんですが、そうやって衆目を集めるような意思決定というのは実は非常に少ない。それは、やはり、ルールの形成の過程や環境が目に見えるようになっていないからなんだと思うんです。
[シンクタンク機能としてのRuleWatcherについて]
(鈴木)そうですね。ところで、先ほどお話ししたNon-State Actorの話にも関わるのですが、その一つのアクターには、シンクタンク(政策研究機関)があり、日本では必ずしもそうではないですが、世界の国々や地域では活躍し、政策形成において様々な形で影響を与えています。小田さんは、「RuleWatcher」は、ある意味でシンクタンク的な機能があると主張していたと思いますが、その点をもう少しご説明いただけませんか。
(小田さん)日本には独立系のシンクタンクが圧倒的に足りないと考えています。「RuleWatcher」というのは、ちょっと見方を変えると市民参加型のシンクタンクになりえると考えているんです。
社会的課題に関心のある人が集まってきて、ルール形成に対して意識を向けていく。その延長で、必要な規制は作ったらいい。行き過ぎたものはすぐに修正したらいい。一部の声の大きな団体や企業だけが幅を利かせるんじゃなく、できるだけ多くの人たちが関わり、その人たちが「嘘」、「大げさ」、「紛らわしい」情報に振り回されることなく、意思決定に参加できたらきっと社会はもっと良くなると思っています。
また「テクノロジーで、意思決定の方法を進化させられるんじゃないかな」と思っています。世界のルールを見える化(可視化)して、世界中の人が意思決定に参加できるようになったらいいなと思っています。私の会社の、テクノロジーを活用した「RuleWatcher」は、正にそのためのツールになると考えています。
それから、もう一つ付け加えさせてください。
日本語に適切なものが無くていつも説明に苦労するんですが、「点々バラバラな情報をつなぎ合わせて、意味ある情報にしていく活動のこと」をインテリジェンスといいます。それは、どんなにテクノロジーが発達してもなかなか自動化できない。最近人工知能とロボットが人間の仕事を奪うとかいわれていますが、私は「インテリジェンスは将来にわたっても人間の仕事だ」と思っています。
その意味では、「RuleWatcher」は、今後さらなる改良は必要ですが、仕組みはできたが、それを今後どのように活かしていくかが重要であると考えています。
[おわりに]
(鈴木)わかりました。今後、「RuleWatcher」がより多くの方々に活用されていくことを期待しています。最後に何はありますか。
(小田さん)「RuleWatcher」は、とくに国境を越えた環境問題なんかに威力を発揮できると思っています。その仕組みでは、環境分野で一番先に手掛けた海洋プラスチック汚染の問題については、鈴木先生が教員を務めていらっしゃる城西国際大学大学院で特別講義をさせていただきました。そのテーマは国境無関係というか国境を越えたものでしたが、受講者も留学生なので、越境の情報をやりとりさせてもらって、私たちも勉強になりました。
(鈴木)初めての試みだったので、授業でも上手くいくか心配していましたが、院生たちも積極的に関わり、興味を持てたようです。これで、「RuleWater」の新しい活用の可能性が広がったことは、私や院生にとってもうれしいことです。ありがとうございました。
(注1)オシンテックは、元々は英語名で「OSINTech」であるが、それは「Open Source Intelligence Technology」を意味する造語である。
(注2)城西国際大学大学院国際アドミニストレーション研究科の科目「政策研究I(公共)」で実施。同科目は、現学期は、中国、台湾、カザフスタン、ベトナム、モンゴルなどの院生が参加・履修し、コロナ禍の影響でオンライン形式で実施されている。関連記事「9月新学期にも、留学院生の『国境をこえて学ぶ公共政策』オンライン受講」
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[対談者等]
・小田真人氏
慶應義塾大学総合政策学部卒。多摩大学大学院経営情報学修士。大手IT企業勤務やシンガポールでのビジネス経験などを経て2018年に株式会社オシンテック。神戸情報大学院大学で客員教授も兼任し、講演を行う等、学術界の人材育成による社会変革も重要視している。
2018年創業の神戸市のスタートアップ企業。企業向けに非市場戦略のコンサルティングを行う。また「ルール作りに関心の高い人を世界中に増やすことが、民主主義のバージョンアップに繋がるとの思い」から、産業界・学術界・非営利セクター等を結びつける独自のウェブサービス「RuleWatcher.com」も招待制で運営している。国内最大級のアクセラレーション「未来2019」等で受賞している。