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「新・ガザからの報告」(31)2024年11月29日―後編・冬の雨季の中での過酷なテント生活ー

土井敏邦ジャーナリスト
(栄養不良の幼児たちは感染症への抵抗力も失っている/撮影・ガザ住民)

【雨と強風と高波で破壊されるテント群】

(Q・テント暮らしの避難民たちの今の生活について教えてください。)

 前日も先週もほとんどは雨でした。この間、ずっと雨が降り続いていました。一部の地域では、足が泥にぬかるんで動けないほどでした。テントから出られず、人びとは閉じ込められていました。テントの集落を離れることができないのです。

 海岸近くにテントを建てていた人たちは、波が押し寄せてきて、何百というテントが破壊されました。何百もの家族がテントを失い、この津波で命を落とした人もいます。この報告の前に統計を用意しようと思いましたが、(ハマス)保健省でさえ、正確な死者数を把握できていません。

 海から離れているハンユニス市やデイルバラ町のいくつかの地域では、嵐の強風によって数百のテントが破壊されました。つまり、海辺では浸水によってテントが破壊され、内陸部では嵐の強風によって破壊されるか、そのどちらかです。地面は砂、または土です。そのため、常に水たまりや泥の地面になり、ぬかるんでいます。泥や水たまりがある地面では眠ることができません。こんな状態で、人びとはどうやって生き延びることができるのでしょうか?動物と同じです。

(Q・そんな中で人びとは、精神的に打ちのめされるでしょう。肉体的にも精神的に打ちのめされていると思います。こんな状況の中で住民はどのように生き延びることができるのですか?)

 私は昨日、ある男性に会いました。彼は私たちの地域に住んでいましたが、砲撃による火災でその家が消失した後、別の地域に移り、テントを建てました。この現実を彼は克明に語ってくれました。

「私と妻は2晩、眠ることができませんでした。地面が少し乾くのを2日間、待ち続けました。夜、私が座っている横に妻がいました。私たちは腕を広げて、生後10ヵ月の赤ちゃんと2歳の男の子を、私たちが広げた腕の上に寝かせました。それはとてもとても辛い夜でした。2晩ずっとです。私と妻は、いつも子どもたちのベッド代わりに腕を投げ出していたので、とても辛かったです」

 私は彼に尋ねました。

 「しかし、どうやって安定を保つことができるのですか?どうやって一晩中そんなことをできるのですか?」

 彼はこう答えました。

 「私たちはいつも彼らを移動させていました。時には、子どもらを私たちの手や腕に乗せました。腕が疲れてくると、今度は私たちの足の上に乗せました。床が濡れているので、私たちの背中に、プラスチックやナイロン製のものを当てました。それでも私たちの服は濡れてしまいました」

(Q・たぶん、冬になった今、インフルエンザや風邪、その他のいろいろな病気が流行っているでしょうね?)

 その質問は、私に辛い出来事を思い出させました。私はこの間、がん患者の死をたくさん目撃しました。私の周りで聞いただけでも5、6件はありました。このごく狭い地域だけでです。治療を受けられなかったために亡くなったのです。がん患者たちは化学療法や放射線療法など集中的な医療ケアを必要としています。鎮痛剤も特別な栄養補助食品なども必要です。

 しかしこの戦争が始まって以来、患者たちはまったく治療を受けていません。たとえ病院に行っても、病院は彼らを受け入れません。「ベッドも薬もありません」と言われるのです。 

 このようなケースが数十件あります。ガザでは、現在、約1万2千人のがん患者がいると言われています。もちろん、これらはハマス政府保健省に登録されている症例です。おそらく、他にも発見されていない症例があるでしょう。

 数週間前、イスラエルが関係正常化したアラブ首長国連邦と連携し、イスラエル軍はがん患者たちにケロムシャロム検問所を通過することを許可しました。その後、患者たちはイスラエルからアラブ首長国連邦まで飛行機で運ばれたのです。  今、彼らはアラブ首長国連邦で治療を受けています。その数は70人から100人と、それほど多くはありませんが。

 ガザ地区内に残る多数のがん患者の大半は静かに亡くなっています。

【ハマスへのガザ住民の感情】

(Qガザ住民のハマスに対する見方に、いま何か変化はありますか?)

 ハマスは「宗教的なイデオロギーの政党」で、通常の「政治的な政党」ではありません。ハマスのイデオロギーは根絶されないでしょう。もちろん、今でも彼らには信奉者がいます。

 しかし、ハマスの人気はこの戦争が始まる前と同じではありません。つまりこの戦争の最初の数週間や数ヵ月の頃の人気はありません。今は、多くの人びとがハマスを攻撃し、批判しています。それははっきりしています。

 ガザ住民の大半は、穏健派、つまり過激派でも左派でもない穏健派の人びとです。穏健派のほとんどはハマスに反対しています。彼らは、私たちが毎日体験させられている苦痛はすべて、10月7日のハマスの越境攻撃という冒険主義の行動の結果であり、その帰結であると考えています。これは私個人の意見ではありません。ガザの現実です。

 ガザ地区でインタビューを行えば、あなた自身も理解できるでしょう。私たちはメディアを当てにすることはできません。メディアはガザ地区内のパレスチナ世論について、まったく違う見解を伝えています。ガザ地区内の世論の実態を知りたいのであれば、あなた自身が参加して調査を行う必要があります。そうすれば、ハマスへの人気がどのように崩壊しているかが、はっきりと簡単に理解できるでしょう。

 なぜなら、この14ヵ月の間にハマスはガザ地区のすべてを破壊したからです。ガザのすべてが破壊されました。今では、ジャバリア難民キャンプの中を歩いてもどこにいるのかはわからないと思います。なぜなら、一軒の家も立っていないからです。ジャバリアはすべてが破壊されました。

 ご存知のように、ジャバリア難民キャンプは最大規模のパレスチナ難民キャンプです。ガザ地区やヨルダン川西岸地区だけでなくシリアやレバノン、ヨルダンなどディアスポラ(他国に離散した)の難民キャンプでも、ジャバリアが最大です。

 ジャバリアは、第1次インティファーダの発祥の地でもあります。ジャバリアから第1次インティファーダが始まったのです。ですから、ジャバリア難民キャンプはパレスチナ人の大義にとって象徴的な意味を持っています。

 そのジャバリアが完全に破壊されたのです。ラファやハンユニスの難民キャンプも破壊されました。だから、その原因を作ったハマスは、ガザ地区内の大多数の穏健派の人びとから批判されています。

(破壊された自宅の前で呆然とする少年/撮影・ガザ住民)
(破壊された自宅の前で呆然とする少年/撮影・ガザ住民)

(Q・日本では、ガザの民衆のハマスへの怒りを伝えると、こう反論する人がいます

「ガザ地区を破壊し、多くの住民を殺したイスラエルに対してガザ住民は激しい憎しみと怒りを持っていて、憎んでいるはずだ。あなたはなぜそのイスラエルを真っ先に非難しないのか!なぜあなたはハマスを責めるのか!最も重大な責任は、それを直接破壊したイスラエルにあるのだから」と。あなたは、このような意見にはどう反応しますか?)

 率直に言わせてもらうと、ガザ地区での戦争が始まる前、私たちはある種の「改善」に向かっていました。この戦争が始まる数ヵ月前、イスラエルは数千人のガザ住民にイスラエル国内で働くことを許可しました。

 イスラエルで働いていた数千人の労働者たちがガザのパレスチナ人社会にどういう好影響を与えたか、あなたは想像できないでしょう。失業率がいくらか減少しましました。市場はとても活発になり、貧困は縮小していきました。状況がよくなりつつあったのです。イスラエルは、徐々に国内で就労が許可されるパレスチナ人労働者の数を増やしていきました。状況は好転し始めていたのです。

 ガザには多くのスーパーマーケットやショッピングモール、企業が建設されていました。海岸沿いの道路、幹線道路のサラハディーン道路も、そして電力事情も改善していました。毎日の電力供給時間が伸びたのです。国境は旅行のために開かれ、多くの国々がパレスチナ人にビザを発給していました。

 ハマスが攻撃してこなければ、イスラエルもハマスを攻撃することはありません。なぜなら、イスラエルはガザ地区におけるハマスの存在を黙認していたからです。

 イスラエルは、パレスチナ自治政府(PA)とハマスの間のパレスチナ分離を長引かせたいのです。それぞれに別々の政府があることを望んだのです。なぜならパレスチナ人が団結してまた、1967年の国境線上にパレスチナ国家を建設することをイスラエルに強要することがないからです。だから、ネタニヤフ首相は、カタールがハマスの職員の給料、数百万ドルの現金をスーツケースに入れてガザに運び入れることを黙認したのです。

 そんな中、ガザの最高責任者シンワルは「武力でパレスチナを解放する」と決定したのです。

 去年10月7日以前に、ハマス宗教省はある聖職者をアル・アクサ・モスク(東エルサレム)のイマームに(礼拝の導師)に選びました。彼はブレイジ難民キャンプに住んでいます。ジャバル家の出身です。

 私はこの戦争中、このイマームの従兄弟に会いました。その従兄弟が私に言いました。

 「シンワルは狂っている。10月7日の攻撃勃発の2日前に、シンワルは私の従兄弟で、アル・アクサ・モスクの次期イマームにこう言いました。

 『このことを歴史の口頭文書としての言葉として受け取ってください。どうか導師よ。ジャラビーア(祈りの時にイマームが身につける長い白いドレス)を用意してください。そして最も重要なことは、エルサレム解放の演説、金曜礼拝の演説を用意してください。アル・アクサ・モスクで解放の最初の金曜日に、あなたは演説し、この解放の演説を語ることになるだろう』と。

 この愚かで狂気じみた冒険主義が私たちガザのパレスチナ人を破壊したのです。

 この戦争を始めたのはハマスがであって、イスラエルではありません。

 ハマスが国境に侵入し、1,200人を虐殺しました。1,200人です。彼らは数日ではなく、朝から午後2時か3時までの数時間で殺されたのです。そして、251人のユダヤ人が拉致または捕獲されました。

 私の質問は、なぜなのかということです。なぜ、核保有国、強大な国、非常に強力な軍隊を持つ国を攻撃するために、グライダーやオートバイ、自転車、ロバが引く荷車などを使って、そんな狂気じみた非論理的な冒険をしていたのか。だから私はハマスを非難しているのです。なぜなら、ハマスは、私たちに対するイスラエルの大量虐殺を誘発したからです。

 私のレポートを通して、もう一つの隠された側面、つまりガザ地区の内側の実情をお伝えします。

 私はよく泣きました。ヌサイラート難民キャンプで殴られた少年の写真を見たとき、私は泣きました。その少年は、乾燥ミルクを小さなポケットに入れて盗んだという理由で、ひどい方法で殴られたのです。幼い幼児の弟が、空腹で夜泣きを止まないのにたまりかねて一つかみの乾燥ミルクを盗んだんです。

 今、多くの人々がUNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)の学校、特定の教室の中で叫んでいます。彼らは殴られています。ハマスの拷問を受けているのです。中には足を撃たれている人もいます。

 またハマスは略奪し、援助物資のトラックを奪っています。私はこのことを1000回も言及しましたが、誰も信じてくれません。ハマスの武装した男たちが各トラックの上にいる様子を撮影した短いビデオを見せているのですが、誰も信じてくれません。あれはハマスに強奪されたトラックです。

【テント暮らしの避難民たちの心理状況】

(Q・テントで暮らさなければならない避難民の人たちの心理状態をもっと教えてください。)

 厳しく困難な状況です。このような状況では、ほとんどの人が正常ではいられないと思います。パレスチナ人だけでなく、他の人々であっても、このような状況で暮らさなければならないのであれば、人々は正常ではいられないでしょう。それが私の気持ちです。

 今、ハマスは弱体化しています。にもかかわらず、今も、彼らはガザ地区内のパレスチナ人住民に対して抑圧的な態度を取っています。残念ながら、国際的なメディアは、そのことについて語りません。

 一方で、イスラエル軍がジャバリア難民キャンプなどで虐殺を行っています。イスラエル軍はテロリスト軍です。彼らはギャングのメンタリティを持っています。以前のギャング、建国時のギャング、ハガナ、シェインなどイスラエル建国時のシオニストギャングです。彼らは今でもギャングのメンタリティを持っています。

 しかし、誰がこの暴力を誘発したのでしょうか?誰が、なぜ始めたのでしょうか?

(Q・避難民たちの生活や心理はどう変わっていますか?)

人びとの状況・精神状態は、残念ながら非常に悪い状況です。この前の雨の日々は、本当に大変でした。ソーシャルメディア上のコメントや意見をいくつか見ていました。何人かの人々は、泥の中に閉じ込められた家族がいると報告しました。彼らを救うために赤十字などに電話や連絡をしました。避難民たちは、この雨や嵐の天候のために非常に苦しんでいます。人びとの精神状態はますます悪化しています。

 また医療状況はますます悪化しています。今、人びとはまったく病院に行くことができません。薬局に行くことだけが許されています。薬局に行けば、自分のお金で、アスピリンやパラセタモール、鎮痛剤などを買うことができるかもしれません。しかし薬局の棚はほとんど空っぽです。薬はごくわずかしかありません。ですから、この状況は人びとをますます疲れさせています。

 さらにガザの内紛、支援物資の前に群がる人びとが殺されたり負傷したりする状況が、人びとを非常に神経質にし苛立たせています。

 私は最近、離婚率が増加しているのを知りました。もちろん、今は裁判所がありません。

 結婚したり離婚したい場合は、裁判所に行かなければなりません。今は裁判所はありませんが、最近、裁判所のひとつが商店の中に開設されました。店の中の小さな場所を借りて、そこで「裁判所」の業務を行っています。

 そこでは毎日、離婚の案件が大量にあり、結婚の案件はわずかです。結婚の案件に比べ、離婚の業務は多すぎます。この現象は、その「裁判所」で働いている人に会って話を聞いて気づきました。

 その人は私に、「離婚率がひどく高い」と話しました。家庭内暴力、夫が妻を殴る、両親が子供を殴る事件、不倫など横行しています。

 これらはすべて、貧困、食糧不足、住居不足、衣類不足、金銭不足の結果です。

 そして、これらすべては、私たちが置かれている混乱した状況の結果であり、その影響であることがわかります。 (続く)

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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