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「新・ガザからの報告」(33)2024年12月6日ー後編・過酷な避難生活が破壊する家族関係ー

土井敏邦ジャーナリスト
(大雨で水浸しとなったテント/撮影・M)

【冬服もなく粗末なテントで迎える雨の冬】

(Q・避難民の生活の近況について教えてください)

 人びとの生活に関しては、大きな変化はありませんが、1つの変化は、小麦粉が手に入るようになったことです。これは人びとにある種の安堵と幸福をもたらしました。中には小麦粉の袋を受け取ると、女性も男性も花を持って踊り、お祝いをする人もいました。

  ソーシャルメディア上で、「ハマスもファタハも両方とも、私たちの夢を縮小してしまった。かつては私たちの夢は、エルサレムのモスクで祈ることだった。しかし今、私たちの夢は小麦粉の袋を手に入れることです。この『大きな成果』をありがとうございます。(自治政府代表の)アッバスさん!、ハマスさん!」と投稿がありました。

(Q・テント暮らしをしている人たちの日常生活はどうですか?冬、寒くて、しかも雨季で、電気もない。人びとは大きな問題を抱えていると思いますが?)

 テントで暮らしている人たちの生活はとてもひどいです。季節はどんどん冬になっていきます。

 ここパレスチナでは、「アルバーニーヤ」と呼ばれるものがあります。最も過酷で、最も寒い冬の40日間を指します。12月25日に始まり、2月5日に終わります。最も過酷で、最も寒い冬の40日間です。私たちは寒さのピークに近づいています。

 人びとは2つのことで落ち込んでいます。1つは厚手の服がないこと、もう1つはテントが脆弱なことです。

 残酷な冬に近づいていますが、テントをビニールや布で補強することができません。避難民たちは衣類も毛布も十分なく、テントを補強して暖かくすることもできません。これは非常にたいへんな状況です。「アルバニア」が近づくにつれ、人びとは非常に落ち込みます。子どもたちが寒さに震えているからです。親たちは子どもたちに暖を与えることができません。冬用の服や毛布を与えることもできません。また、テントを補強することもできません。雨漏りにも対処できないのです。より暖かな状態にすることもできません。強風や嵐に耐えられるテントもないのです。

 ですから、この状況は非常に深刻であり、人びと、特に子どもの親たちを非常に落ち込ませています。

(Q・以前、あなたは、避難民たちが、体を洗う石鹸やシャンプなど衛生用品が不足していると報告してきましたが、それは今も続いていますか?)

 この問題の解決のために多くの国際機関が介入し、「衛生用品をガザ地区に供給しなければならない」とイスラエル当局を説得しました。「衛生用品が不足することで、ガザ地区内で多くの病気が発生し、感染爆発を引き起こす。それによって深刻な危機を生み出すだろう」と。WHO(世界保健機関)も説得に加わったと思います。

 それによって、イスラエルはガザ地区の商人たちが、ヨルダン川西岸やヨルダン、さらにはイスラエル市場から衛生用品を輸入することを許可しました。それによって、今ではシャンプーや石鹸、歯磨き粉など衛生用品が入手できるようになっています。

(Q・飲料水や体を洗う水はどうですか?)

 水の状況は以前より良くなっています。今は雨が降り、それが地下水を潤しています。雨が降ると、土壌に吸収されて地下水を潤します。雨は水不足の大きな問題を解決してくれます。

 それに、冬にはあまりシャワーを浴びる必要がないので、大量の水を使う必要がありません。冬には夏ほど大量の水は必要ないのです。

 テントで生活している人々は、雨のしずくを器やバケツに集めて利用しています。

(Q・子供たちの教育についてはどう対処していますか?学校が機能せず、学ぶ機会がないとでしょうから、読み書きなど基本的な知識をどう教えていますか。子どもたちの教育はとても深刻な問題だと思いますが?)

 教育に関しては、ヨルダン川西岸のラマラにある文部省が、西岸の学校に子どもたちを登録する門戸を開いています。インターネットを通じて学習ができるようにしました。何千人もの生徒たちがこのシステムに登録しました。

 しかし、大半の子どもたちはこのようなシステムに参加する環境がありません。なぜなら、テントや学校など避難所に住んでいる限り、電気やパソコン、インターネットを利用する環境がないからです。ですから、このインターネット学習に申し込んだ人びとも、実際に学ぶことは難しいのです。3人の子の親として、私は子どもをそういう学校に入れるのは納得できません。

【深刻な親の子どもへの暴力】

 もう1つ、深刻な問題があります。子どもたちへの暴力です。多くの親たちが子どもたちを残忍な方法で殴っています。クリニックには、足や肩を折られた子どもたちの患者が運ばれてきます。母親も父親も、野蛮な行為を行っているのです。

 3日前、私は友人と一緒に道を歩いていました。すると父親が息子を鉄片で殴っている現場に出くわしました。50歳前後の男が15、6歳の息子を、家の建築に使うあの鉄棒で殴っていたんです。息子は悲鳴をあげていました。

 中には、ナイフを使って傷つける争いもあります。暴力は非常に危険な現象です。暴力の増加は人びとの心理状況と直接的に結びついています。

 人びとが心理的に苦しんでいる場合、多くの奇妙な行動を取ることがあります。容認できない異常な行動です。薬物中毒、犯罪、自殺・・・、これらすべては人びとの崩壊しつつある心理状態と結びついています。

【夫婦間の亀裂】

(Q・前回、あなたは離婚率が上がっていると報告しましたが、その原因は何ですか?)

 パレスチナ社会の習慣に「ハラド」というものがあります。完全な離婚ではありませんが、妻と夫の間で問題が生じると、彼女は父親の家に逃げることがよくあります。この状態では離婚していません。しかし、父親の家に一時避難しているのです。このようなケースはたくさんあります。多くの妻が夫のテントを離れ、姉妹や兄弟、父親と一緒に暮らしています。テントの中や学校の教室で人がさらに増える生活は想像できないでしょう。

 学校などの避難所では、各家族がひとつの教室を借りて独立して暮らすことはできません。教室を3家族、時には4家族で分割して暮らしています。想像できますか?ひとつの教室に3家族、4家族が長期間暮らしていることを。彼らは限られたスペースに押し込められているのです。

 このような不自由な生活は、妻と夫の間で問題を引き起こしています。場合によっては、これが原因で妻が夫に怒りをぶつけて叫び声をあげたり、テントを出て行き別のテントで暮らすようになります。おそらくは、兄弟や父親、姉妹のテントでしょう。

 別のケースでは、これが裁判所に至ることもあります。妻は裁判所に行き、離婚を要求します。

 このように社会的または家族的な不安定を引き起こします。

 父親と母親が争っている場合、両親が共に子どもたちに対して暴力的な態度を取る場合もあります。これは生活状況に起因するものです。

 テントの中で暮らしている場合、教室の小さな一角で暮らしている場合、これは人びとを落ち込ませ、神経質にさせ、大きなプレッシャーの下で、自分の行動をコントロールできなくなります。

 だから、私たちは高い離婚率を抱えているのです。

 さらに性的な問題もあります。狭い場所で夫婦間の性的関係を持つのは非常に難しいです。

 理由の1つは、“プライバシーの欠如”であると言えます。テントの中にはプライバシーがありません。男性と女性が愛を育むこと、つまり性的関係を持つこともできません。なぜなら、彼らはぎゅうぎゅう詰めになっているからです。テントの中であろうと教室の隅であろうと、彼らは非常に狭い場所に押し込められています。

 彼らは子どもたちの前で服を脱ぐことができません。たとえ子どもたちに水を持って来させようとしたり、慈善団体から何かを持って来させて追い出しても、同じ教室にいる他の家族の前で服を脱ぐことはできません。プライバシーがないのです。これが緊張や精神的な苦痛の要因のひとつです。そしてもちろん、これが離婚の原因の1つにつながっています。

【増加する性暴力】

 一部の邪悪な男たちの中にはテント村の女性のプライバシーを侵害したり攻撃しようとする者もいます。例えば、テントの中で服を脱いで女性がシャワーを浴びていると、若い男がその女性の裸体を見ようとしてテントのナイロンや服の一部を剥がそうとする。このような事件が実際に起きています。他にも性的虐待、強姦をしようとしたりする事件が起こっています。

 デイルバラ町に、まだ子どものいない若い夫婦がいました。彼らは戦争が始まる数週間前に結婚したばかりでした。

 ある日、夫が水をもらいにテントを離れたことを知った数人の若者たちたちがテントを襲撃し、若い妻をレイプしようとしました。彼女は叫び声を上げました。すると、それを聞いた周辺の人びとがやってきて、彼女は救出されました。しかし、彼女の服の一部を脱がされていました。

(Q・このような性的な問題も離婚に影響を与えているのでしょうか?不倫も離婚の増加に影響を与えているのでしょうか?)

 

 私はそうは思いません。それらを関連付けるべきではありません。別個の現象だと思います。

 「不倫」は飢餓から生じます。テントの中に食べるものが何もない場合、米やパン、あるいは缶詰のイワシ、あるいは赤ちゃんがいる場合は粉ミルクを手に入れるために、不倫をせざるを得なくなるのです。不倫の大部分は、人びとが必需品、食べ物、飲み物、薬を必要としているという困窮した状況が原因で起こっているのです。

 私はたくさんのそのような事例を知っています。もちろん、国際的なメディアはガザ地区の素顔に「化粧」を施しているため、このような話をメディアで耳にすることはないでしょう。

 このような「食料のため不倫」が広がっています。サンドイッチ1個、イワシの缶詰2個、3個、調理された料理とパン数個のためにです。

          【住民インタビュー】

(Q・自己紹介をお願いします)

私はイクラム・マローフ、33歳、ベイトラヒヤ出身です。

(イクラム・マローフ/撮影・M)
(イクラム・マローフ/撮影・M)

(Q・ベイト・ラヒヤを避難したのはいつですか?)

私は戦闘が始まって間もない時期に家族とともにベイトラビヤ町を脱出しました。 避難の旅の第一歩はジャバリアキャンプのUNRWAの学校です。次にハンユニス市の近くのマワシ海岸地域のテント村へ、さらにラファ(エジプト国境近く)へ避難し、最終的にここデイルバラ町へ避難しました。

(Q・避難前のベイトラビヤの状況はどうでしたか?)

 恐ろしい状況でした。地上、海上、空中から無差別砲撃が続いていました。死体が至る所に投げ捨てられていました。イスラエル軍はビラやSMSメッセージで避難するよう呼びかけていました。

(Q・ご家族は何人ですか?)

 私と夫、それに子ども5人(息子3人、娘2人)の合計7人です。

(Q・最近の生活状況はいかがですか?)

 非常に厳しい状況です。食料や衣類が不足しており、子どもたちに十分な食事や健康的な食事を与えることができません。また、厚手の服も必要です。

(Q・子供が何かを求めてきたのに、それが叶えられないとき、どうしますか?)

 私は苛立ち、つい子どもたちに怒鳴ってしまいます。時には子どもたちを叩いたり、歯で噛みついたりしてしまい、最終的には泣いてしまいます。

(Q・寒くて雨の多いこの時期、マットレスや毛布は十分にありますか?)

 マットレスも毛布も足りず、7人家族全員が3枚のマットレスを共有して寝ています。毛布も4枚ありますが、足りず、十分に暖を取ることができません。

(Q・率直に言って、自分の心理状態をどう評価しますか?)

 このひどい状況、この悲惨な飢えは耐えがたいです。 もちろん、私の心理状態はひどいものです。 時々、食べ物に毒を混ぜて、家族全員で死んでしまいたいという邪悪な考えが頭をよぎります。

(Q・本当に自殺を計画したことがありますか?)

 はい、何度も考えましたし、何度も計画しました。親だけを自殺するのではなく、家族全員で一緒に死のうも考えました。今はその邪悪な考えに抵抗していますが、いつか、あるいはいつか夜に、その考えを実行に移して家族全員で死んでしまうかもしれません。

(Q・あなたとご主人は、1日に何回お子さんたちに食事を用意できますか?)

 たいていは1日1食で、「無料給食所」で調理されたものを食べさせています。それに小麦粉が少し手に入るとパンを焼いて、塩を付けて子どもたちに食べさせています。

(Q・なぜ子どもたちを叩くのですか?)

時には子どもに対して攻撃的になり、暴力を振るうこともあります。皮膚の一部が赤や青に変色するほど強く叩くこともあります。もちろんこれは良くないことであり、受け入れられる行為ではありません。しかし、私は緊張して自制心を失うため、このようなことをしてしまうのです。これは、私たちの頭上にのしかかる大きなプレッシャーと、私たちの悲惨な状況が原因で起こることです。

(Q・イスラエルがガザ住民に対して行ったことについてどう思いますか?)

 イスラエル軍は私たちを破壊しました。現在、ベイトラヒヤ町では、私の親戚たち残った住民をイスラエル軍が殺しています。

(Q・ハマスがガザの人々に対して行ったことについてどう思いますか?)

 ハマスは大きな過ちを犯しました。これ以上は言いません。

(Q・この戦争が終わった後、あなたとあなたの家族に何が起こってほしいと思いますか?)

 将来は平和に暮らしたいと思っています。この戦争が私たちにどれほどの被害を与え、生活を暗くしたか、あなたには想像もつかないでしょう。ベイトラヒヤ町の破壊された家ではなく、新しい家を手に入れたいと思っています。夫に仕事が見つかり、子どもたちが再び制服を着て学校に通えるようになることを願っています。

(続く)

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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