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身体や心の変化に戸惑う子どもに伝えることは? 家庭でできる「包括的性教育」のススメ【9~12歳編】

重見大介産婦人科専門医 / 公衆衛生学修士 / 医学博士
(写真:アフロ)

前回の記事(子どもに伝えるべき8つのポイントとは? 家庭でできる「包括的性教育」のススメ【5~8歳編】)で、海外で広がっている「包括的性教育」とは、日本人の多くが連想する「性教育」とは異なり、多様な価値観や人生を幸福にするスキルを学ぶ機会であることを知っていただけたのではないかと思います。

今回は「9〜12歳」の子どもを対象とする包括的性教育の中身について、UNESCOの「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」(文献1)の8つのキーコンセプトに沿って一部を抜粋して解説します。

「9〜12歳」への包括的性教育とは

「9〜12歳」は、二次性徴に伴う身体の変化や恋愛感情の芽生えなど、自分の身体や心の変化に子どもが戸惑いを覚える時期です。これらの変化は早い子もいれば遅い子もいて、周りとの違いに敏感にもなります。子どもが不安を抱いたり、間違った知識を得たりする前に、身体や心の変化は当たり前で大人に向かうポジティブなものであること、変化は人それぞれ違うこと、を知ってもらうのがポイントです。

①人を好きになることの素晴らしさを知ろう

5〜8歳では「友情や愛情がどういうもので、どうやってそれを表現していくか」を学びますが、9〜12歳では「成長に従って表現の仕方が変化していくこと」を伝えます。そして、人を好きになる気持ちは自然で素晴らしい体験であり、友情や愛情をもとに健康的な人間関係を作ることで、自分も相手も幸せを感じられることを子どもに理解してもらえると良いでしょう。

子どもの恋愛対象が異性とは限りません。どんな「好き」の感情もポジティブに受け止められるように、まずは親がステレオタイプの価値観を押し付けないように気を付けたいですね。

②世界の人権に目を向けよう

5〜8歳ではすべての人が人権を持ち、尊重されるべき存在であることを学びました。9〜12歳では、日本の法律や国際協定で人権についてどのように表記されているのかを学んでいきます。

たとえば、「子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)」では、子どもの「生きる権利」「育つ権利」「守られる権利」「参加する権利」について定められています。日本でもこの条約の精神に則った「成育基本法」が2019年に施行されました。

戦争などの報道をきっかけに、国内外の人権問題について考える機会をつくってみてはいかがでしょうか。

③多様なセクシュアリティを知ろう

「LGBTQ+調査(2020年)」(文献2)によると、「出生性と性自認が一致し、性的指向が異性」だと回答した人以外をLGBTQ+層とした場合、その割合は8.9%でした。多様なセクシュアリティをもつ人が身近にも存在することを理解し、ジェンダーの問題を自分ごととして捉えられるような意識づけをしたいですね。

しかし残念ながら、ジェンダーに基づく暴力(いじめ、セクハラ、DV、レイプなど)も家庭や学校、SNS内など身近に存在しています。もし自分や自分の周りの人がジェンダーに基づく暴力に遭ったときに、信頼できる大人に相談する方法を教えてあげてください。

④自分の身体を守ろう

5〜8歳でプライベートパーツについて学びましたが、9〜12歳では望まない性的な扱われ方についてもきちんと伝えます。トイレや入浴、プールなどの場面では特に自分の身体のプライバシーに配慮しなければいけないことを伝えておきたいですね。女児だけでなく男児も被害に遭っていますので、男女問わず、自分のプライバシーを守る権利があることを教えましょう。

また、インターネットの使用が増え、子どもが正しい知識を身に付ける前に性的に露骨なメディアに触れてしまう可能性が高まっています。性的なコンテンツのほとんどが性的関係に関して誤った描き方をしていることを早いうちに伝える必要があります。

スマートフォンを用いた自撮りによる被害も増加しています。「自分のプライベートパーツを撮らない・送らない」「一度送信した画像は一生ネット上に残るかもしれない」という現代ならではの身の守り方についても伝えた方がよいでしょう。

⑤自分で意思決定をしよう

思春期には、友人から受ける影響が大きくなっていきます。部活動などで支え合い、お互いにポジティブな影響を与えられる場合もあれば、いじめや性的行動などにおいて友人からのネガティブなプレッシャーに悩むこともあるでしょう。自分が嫌だと思うことについては、大切な仲間に対しても「No」とはっきり言える姿勢を身につけておくことが大切です。

自分の行動には自分が責任を持つ、という意識を育てていきましょう。

⑥身体について正しい知識を増やそう

5〜8歳では自分がどうやって生まれたかを知り、性に関する話題をタブーにしないことが大切でした。9〜12歳では、前期思春期にさしかかり、多くの子どもが身体の変化を実感する時期であるため、更に正確な「生殖に関する知識」を身につけておく必要があります。妊娠には排卵、射精、性交などのプロセスが必要であることや、月経周期には妊娠しやすい時期があることなどが含まれます。

また、周りとの身体の違いが気になったり、メディア等から発信される情報に影響を受けたりして、ゆがんだボディイメージを持ってしまうこともあります。これは拒食症などを通じて健康を害することにつながる可能性があります。見た目によって人の価値が決まらないこと、人それぞれ魅力的に感じる見た目は違うことを伝え、自分に対してポジティブなイメージを持てるような声かけをしたいですね。

⑦性に興味を抱くのは自然なこと

5〜8歳では他者との触れ合いの中に「よいタッチ」と「悪いタッチ」があることを学びました。9〜12歳では、性に興味を抱くのは自然なことだと教えていきます。前期思春期には性的な刺激を強く意識する子どもも増えていくため、身体的反応が起こることをきちんと伝えておきます。マスターベーションをするのは健康的なことですが、一人になれる空間で行うこと、清潔を保つことなどを伝えましょう。

特に異性の子ども(母親→息子、など)に対して性的な話題を切り出すのが難しい場合には、参考になる本などを手に取りやすいところに置いておく方法もありますね。

⑧望まない妊娠や感染症を防ごう

5〜8歳から妊娠のプロセスについて少しずつ学びますが、9〜12歳では、性的行動がもたらすデメリットやその予防法を学びます。

妊娠については、月経が遅れたら妊娠検査をすること、若年での意図しない妊娠が健康面や社会的にネガティブな結果をもたらすかもしれないこと、妊娠の兆候があれば早めに信頼できる大人に相談することなどを伝えます。

また、性的行動によってHIVや梅毒、クラミジア、ヒトパピローマウイルス(HPV)などの感染症にかかるリスクがあります。コンドームの正しい使用手順やHPVワクチンへのアクセスなどについてもしっかり教えておきたいですね。

なお、間違った避妊法に関する情報は修正し、意図しない妊娠や感染症から身を守る最も効果的な方法は「性交をしないこと」であると伝われば、早期の性教育によって性的行動が活発になることはありません(過去の研究でも確かめられています)。

身体や心の変化をポジティブに受け入れられるように

いかがだったでしょうか。

9〜12歳における包括的性教育では、身体や心の変化を感じ始める子どもたちが、その変化をポジティブに受け入れられるように助けることが大切です。

小学校高学年では理解力も非常に高くなっていますので、子どもの疑問に対してごまかすような答え方はせずに、正しい知識を共有して真摯に向き合っていきたいですね。

時には親や保護者も知らないような質問がとんでくるかもしれませんが、素直に質問をぶつけられる関係性をポジティブに受け止め、本人と一緒に勉強していくことが大事なのだと思います。

*今後、「12〜15歳」、「15〜18歳」の解説記事も順次公開予定です。

参考文献

1. UNESCO. 国際セクシュアリティ教育ガイダンス.

2. 株式会社電通. ニュースリリース(2021年4月8日).

3. 1時間で一生分の「生きる力」 安全、同意、多様性、年齢別で伝えやすい!ユネスコから学ぶ包括的性教育 親子で考えるから楽しい!世界で学ばれている性教育(講談社)

産婦人科専門医 / 公衆衛生学修士 / 医学博士

「産婦人科 x 公衆衛生」をテーマに、女性の身体的・精神的・社会的な健康を支援し、課題を解決する活動を主軸にしている。現在は診療と並行して、遠隔健康医療相談事業(株式会社Kids Public「産婦人科オンライン」代表)、臨床疫学研究(ヘルスケア関連のビッグデータを扱うなど)に従事している。また、企業向けの子宮頸がんに関する講演会や、学生向けの女性の健康に関する講演会を通じて、「包括的性教育」の適切な普及を目指した活動も積極的に行っている。※記事は個人としての発信であり、いかなる組織の意見も代表するものではありません。

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