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なぜ、東京都はeスポーツの予算を計上したのか? 担当者に聞いてみた

鴫原盛之ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表
東京都は今年度の予算にeスポーツ大会の開催費用を初めて計上した(画像はイメージ)(写真:アフロ)

「eスポーツ」が初めて盛り込まれた、新年度の東京都予算

去る3月28日、平成31年度の東京都予算案が都議会にて可決・成立した。

一般会計の総額は、過去最大となる7兆4610億円で、そのうちに「東京都知事杯 eスポーツ競技大会(仮称)」を開催するための費用として5千万円が盛り込まれた。東京都という地方公共団体においてeスポーツ、すなわちゲーム大会のために予算が付くのは、もちろん今回が初めてのことである。

今から41年前、1978年に発売された「スペースインベーダー」が大ブームとなって以来、ゲームは「子供の非行を助長する」「視力が低下する」「てんかんになる」などという理由で、行政やPTA、教育委員会などから何度も批判の対象にされてきた。そんな歴史がありながら、東京都が自らeスポーツの予算を計上したというのだから、まさに隔世の感がある。

それにしても、いくらeスポーツが最近話題になる機会が増えているとはいえ、これほど急に予算が付くものなのだろうか? 東京都は2010年にも、大手出版社が表現規制につながると反発し、東京国際アニメフェアの出展ボイコットへとつながった、東京都青少年健全育成条例改正案を制定した過去がある。

東京都が、eスポーツの予算を盛り込んだのはなぜだろうか? その意図は、いったいどこにあるのだろうか?

公文書によると、都の目的はあくまで「産業振興」

そこで筆者は、eスポーツの予算案が作成された経緯を調べるべく、東京都庁に出掛けて関係書類・資料の情報公開請求を行った。

請求から10日後、担当者から電話で連絡があり、開示できる書類は2通あると教えてくれた。再び都庁に出掛けて受け取ってみたところ、ひとつは昨年12月28日に産業労働局長室にて行われた、「eスポーツに係る産業の振興について」と題した会議の議事録で、もうひとつは予算案を新たに盛り込むための説明資料として、産業労働局商工部の調整課・経営支援課が作成し、予算編成を担当する財務局の主計部に送られたものだ。

筆者が入手した、「eスポーツに係る産業の振興について」と題した、会議等議事要旨記録票。実施日は昨年12月28日で、6人の役職者が参加したとある(筆者撮影)
筆者が入手した、「eスポーツに係る産業の振興について」と題した、会議等議事要旨記録票。実施日は昨年12月28日で、6人の役職者が参加したとある(筆者撮影)
同じく、「eスポーツに係る産業の振興」と書かれた文書。商工部調整課・経営支援課が、財務局主計部へ向けた資料として作成したとのこと(筆者撮影)
同じく、「eスポーツに係る産業の振興」と書かれた文書。商工部調整課・経営支援課が、財務局主計部へ向けた資料として作成したとのこと(筆者撮影)

資料をひと目見て気になったのは会議の日時だ。記録によれば、本会議は午前11時に始まり、終了したのが11時15分である。長らくゲームを批判の対象にしてきた歴史のある行政において、わずか15分という極めて短い時間で、しかも5千万円もの大きな金額を扱う新規案件が、「意見なし」の全員一致でこうも簡単にまとまるのだろうか?

文書に名前は載っていないが、本会議に参加した6人の肩書を見ると、産業振興の意図があることは確かに伺える。だが、失礼ながらeスポーツの運営ノウハウを一切持たない都庁の職員だけで、eスポーツを行政主導で行ってもよいという判断ができるとは、筆者にはとうてい思えない。

ひょっとしたら、今年1月にマスコミがeスポーツ予算案の存在を一斉にニュースとして報じる以前から、東京都がeスポーツの事情に詳しい外部のブレーンを招へいし、すでに知事や都議会議員などへの根回しを済ませていたのではないだろうか?

筆者が情報公開請求・取材を行った東京都庁第一本庁舎(筆者撮影)
筆者が情報公開請求・取材を行った東京都庁第一本庁舎(筆者撮影)

東京都庁担当者インタビュー

そんな疑問を解消すべく、改めて都庁へ出掛けて取材を申し込んだところ、担当者である産業労働局商工部の中小企業振興担当課長がインタビューに応じてくれた。前掲の「会議等議事要旨記録票」の確認者欄に記名のある人物だ。

顔写真とフルネームの公表はNGとのことだったので、以下「Q」が筆者、「A」が担当課長のコメントという形で記す。

(※筆者注:本インタビューは、予算案が成立する直前の3月26日に行った)

Q:議事録に載っている出席者は役職名だけが書いてありますが、どのような方々ですか?

A:私どもの局の幹部ですね。

Q:つまり、eスポーツの「『東京都知事杯』を開催しよう」と最初に言い出したのは、ここに書かれた幹部の方々ということですか?

A:いいえ。特に誰というわけでもなく、産業振興の観点からeスポーツを取り上げてはどうかということで、検討を始めたというところですね。年度の初めからeスポーツの話があったわけではなかったので、決まった担当者はいませんでした。急きょ、eスポーツのお話が出て来たときに、つなぎと言いますか、臨時的に私どもが担当する形になりました。今後、予算が正式に付いた場合は、別の肩書の者が担当することになると思います。

Q:インベーダーブームの時代から、ゲームはしばしば行政から批判の対象になっていたことを考えますと、今回の予算案が作成されるまでのスピードはあまりにも早過ぎる感があります。会議には、ゲームにとても造詣が深い幹部の方があらかじめ参加していて、ほかの幹部に説明などをしたのでしょうか?

A:そういうことは特にありません。ここ1年ほどの間に、eスポーツが新聞やネットのニュースで取り上げられたり、流行語大賞になったりですとか、テレビにもよく出て来るようになったなかで、総務省の報告書とかも拝見したりして、今後も市場としてすごく伸びることが見込まれますし、我々は産業振興をやっていますので、その観点から何かできないかな、ということで検討を始めました。

Q:つまり、eスポーツという競技、あるいはゲーム文化の普及ではなく、あくまで産業振興が目的ということですね。

A:そうですね。

Q:eスポーツの予算案を作成するにあたり、都庁内で勉強会などはやりましたか?

A:はい、やりました。

Q:では、その勉強会には参考人と言いますか、ゲームに詳しいブレーンになる方を誰か呼んでいたのでしょうか?

A:予算を要求する段階では、特にブレーンになった方はおりません。知事のほうで、予算の査定に関する取材のなかで、「来年度に都がeスポーツを行う」という発言がございまして、それが翌日に新聞とかで記事が結構載ったのですが(※)、この件が世に出た後に日本eスポーツ連合(JeSU)さんですとか、業界団体の方々にお話を伺ったうえで、今はいろいろと具体的な検討を検討を進めている状況でございます。

※筆者注:今年1月6日に、小池知事が「東京都知事杯 eスポーツ競技大会(仮称)」を開催する方針を示したことが、すでに各ニュース媒体で報道されている。

Q:5千万円という予算を、今後は具体的にどのように使っていく予定なのでしょうか?

A:都の負担としては5千万円ですということで、この5千万円だけで開催するのかどうかも未定です。ほかに協賛金みたいなものを募って、より規模を大きくして大会を開催することも考えられます。通常のeスポーツの大会では、民間企業のスポンサーですとか、ゲームメーカーに限らずいろいろな企業が協賛していると聞いておりますので。

Q:起案の時点では、メーカーや業界団体へのヒアリングは一切なかったということですか?

A:はい。今では水面下で、業界団体の方とだいぶお話はさせていただいております。

Q:では、東京都では現状、eスポーツに関する第一の相談窓口はJeSUということになるんですね?

A:そうですね。JeSUさんをまず窓口ということで、お話をしております。

Q:予算案を作成する段階で、他部署から反対意見などはありませんでしたか?

A:eスポーツ自体をすることに関しては特に何もなかったですが、「なぜ商工部でやるのか」という問い合わせはよく受けております。と、申しますのは、別にスポーツ振興の部門もありますので。eスポーツ市場・産業が振興することで、関連する企業は裾野が広いと聞いておりますし、都内の中小企業の振興にもつながるだろうということで、私どもの商工部のほうでやっているということです。

Q:小池知事や、都議会議員から反対の声などはありませんでしたか?

A:特に聞いておりません。かなりeスポーツの認知度が上がったと言いますか、「これから成長が望まれる分野だよ」というお話は来ております。「都として何をやるのか?」という問い合わせはいくつか受けましたので、そのときは今言ったようなお話をさせていただいております。

Q:小池知事は、eスポーツに対してどのような印象を持っているのでしょうか?

A:今回の件につきましては、都知事のリーダーシップという面もあるのかなと思っておりますし、知事の関心が高いとも聞いております。1年半ほど前に、知事の所にオンラインゲーム・eスポーツ議員連盟の国会議員の方々が訪問され(※)、川村会長ですとか、そういった方々が要望書を持って来られました。そのときの要望書は、東京オリンピックでeスポーツで何かできないかというものだったのですが、このときから知事はeスポーツの認識がおそらくあるものと思います。

※筆者注:2017年12月8日に、オンラインゲーム・eスポーツ議員連盟のメンバーが都知事を訪問したことを指す。

 参考リンク:オンラインゲーム・eスポーツ議員連盟会長ほかと面会(東京都のホームページ)

Q:「東京都知事杯」の実施は、いつ頃になりそうですか?

A:まだ時期は明確になっていません。資料にも書いてありますが、12月以降にそれなりの規模でやりたいということで、会場や時期のピックアップを早めにしたいと思っております。

Q:資料には「ブースを出展」とも書いてありますが、具体的にどんなことをする予定なのでしょうか?

A:同じ会場で、大会とeスポーツに関連した都内の企業ブースの出展を、二本柱にしてやっていきたいと考えております。

Q:大会に使用するゲームのタイトルは決まっていますか?

A:そこはまだ協議中ですが、ある程度は都のほうでリーダーシップを取らなくてはいけない部分だと思っております。

Q:大会を実施するにあたり、どこかの業者や団体などと随意契約を締結するのか、あるいはコンペなどを実施するのでしょうか?

A:最終的には実行委員会を作ったうえで、ここで基本的な方針を決めたうえで準備しようと考えています。イベントの企画、設営、進行をする業者などを、これから公募といいますかコンペといいますか、そういう形で事業者を選ぶという想定をしております。

Q:2年ほど前に、東京都の選挙管理委員会が、東京ソラマチでeスポーツイベント(※)を実施されましたよね? 運営のほうは、現東京都eスポーツ連合会長の筧誠一郎氏が担当したようですが、このときに筧氏などと出会えたことも、東京都がeスポーツの開催を検討するきっかけになったのでしょうか?

※筆者注:2017年10月に実施された、公共広報ゲームイベント「eスポーツ×衆議院議員選挙(選挙)」のこと。

 参考リンク:「2000万円かけた『eスポーツ×選挙』、その効果と今後への期待」(BCN+Rのレポート記事)

A:この方(※筆者注:前述の筧氏のこと)にも、予算案が発表された後にお話を聞きには行っているんですけども、要求する時点では、こういうものがあったこと自体、正直まったく知りませんでした。

Q:予算案の作成時に、選管の担当者へのヒアリングをしなかったということですか?

A:はい。事前の段階では特に何もありませんでした。選管のほうは産業振興ではなく、投票率を上げるための選挙啓発の仕掛けとしてeスポーツを取り上げたようですので、ここからさらにeスポーツを何かやっていくということではなかったと聞いています。

Q:それでは、来る「東京都知事杯」の開催にあたり、都民やゲーム好きのみなさんに向けて、何かメッセージなどはありますか?

A:都内のeスポーツに関わっておられる中小企業の方々に、ぜひ注目をしていただきたいと思っております。ゲーム大会だけですと、自分の企業は関係ないと受け止めてしまう方もいるかもしれませんが、今回はブース出展や商談の場も設けたいと思っておりますので、ぜひ今後もご関心を寄せていただければと思います。

JeSUは現時点で「ノーコメント」

今年の1月に初めて報道される以前から、東京都がeスポーツの予算案を作成した目的は、あくまで産業振興であることはひとまずわかった。

また、15分という尋常ならざるスピードで、反対意見もなく予算案が作成されたのは、会議が行われる直前の昨年12月8日に、IOCが「オリンピックでeスポーツを実施するのは時期尚早」との声明を出したことを受け、「ならば、東京都で産業振興を名目に予算を付けてやろう」という方針に急きょ切り替わったと考えれば、とりあえずは合点がいく。

では、現在eスポーツ団体がいろいろ存在するなかで、なぜJeSUが第一の窓口として東京都から選ばれたのだろうか? JeSUは以前からJOCへ加盟したいという意向を表明しているが、IOCの意向で東京オリンピックでの実施が難しくなったことによって、今度は東京都主導によるeスポーツでイニシアチブを取ろうと考え、自ら積極的に動いたのであろうか?

現時点での協力体制と、東京都から相談を引き受けるようになった経緯を伺うべく、JeSUに担当者のインタビューを申し込んだが、「現時点では発表されていない案件でして、お応えできるものはございません」とのことで、残念ながら直接取材することはできなかった。

なお、「行政がeスポーツを開催する時代の到来を、JeSUではどのように受け止めているのか」という筆者からの質問に対しては、広報からメールで下記のような回答があったので、ご参考までにお伝えしておく。

「東京都だけではなく、徳島県、福岡市など、行政が主導してeスポーツを支援する動きがここかしこで見られるようになっています。eスポーツは若年層の支持を得ているスポーツです。また大きな施設建設をしなくても大会が開けたり、チーム運営ができたり、ネット放送でファンを増やせたりと、比較的参入への障壁も低いスポーツビジネスとも言えます。そういった観点から、地方創生を目的として、また若者を地域で活性化させる意味でも、注目がされているのだと思います。JeSUとしては、eスポーツの普及のためにも、こういった行政の動きは前向きにとらえています」(JeSU広報)

東京都が第一の窓口であると公言する以上、これからもJeSUが運営の中心的な存在になっていくのだろう。よって、「東京都知事杯 eスポーツ競技大会(仮称)」において使用されるゲームは、現在JeSUがプロライセンスを発行しているタイトルが中心になると思われる。

今後もこの場を使って、東京都をはじめゲームメーカー、関連団体の動きなどを引き続きお伝えしていきたい。

ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表

1993年に「月刊ゲーメスト」の攻略ライターとしてデビュー。その後、ゲームセンター店長やメーカー営業などの職を経て、2004年からゲームメディアを中心に活動するフリーライターとなり、文化庁のメディア芸術連携促進事業 連携共同事業などにも参加し、ゲーム産業史のオーラル・ヒストリーの収集・記録も手掛ける。主な著書は「ファミダス ファミコン裏技編」「ゲーム職人第1集」(共にマイクロマガジン社)、「ナムコはいかにして世界を変えたのか──ゲーム音楽の誕生」(Pヴァイン)、共著では「デジタルゲームの教科書」(SBクリエイティブ)「ビジネスを変える『ゲームニクス』」(日経BP)などがある。

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