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前年度最優秀棋士・渡辺明棋聖(36)VS史上最年少挑戦者・藤井聡太七段(17)6月8日、棋聖戦第1局

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 6月8日。渡辺明棋聖(36歳)に藤井聡太七段(17歳)が挑む第91期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負が開幕します。持ち時間は各4時間の1日制。第1局の対局場は東京・将棋会館で、午前9時に対局が開始されます。

 6月4日。藤井七段は挑戦者決定戦で永瀬拓矢叡王(27歳)に勝ち、タイトル初挑戦を決めました。

 6月8日の段階で、藤井七段は17歳10か月20日。史上最年少でのタイトル戦登場となります。

 また今期シリーズで棋聖位を獲得すれば、屋敷伸之五段(当時)が棋聖位を獲得した時の年齢(18歳6か月)を抜いて、史上最年少タイトル獲得記録更新となります。

 藤井七段は2016年、史上最年少の14歳2か月での四段デビュー。以来無敗で棋界最高記録の29連勝達成。新人王戦優勝。全棋士参加棋戦朝日杯2連覇。史上最年少での六段、七段昇段。順位戦は通算29勝1敗で現在はB級2組。竜王ランキング戦は3クラス連続優勝で19連勝しあと1勝で3組も優勝。詰将棋解答選手権は5連覇中。史上初の3年連続勝率8割。現在までの通算成績は173勝32敗(0.8439)で史上最高のハイペース。

 エトセトラ、エトセトラ。数々の驚異的な実績を考えれば、史上最年少とはいえ、満を持してのタイトル戦登場ともいえるでしょう。それは1989年、19歳の羽生善治六段がついに竜王戦七番勝負に登場してきた時の空気にも似ているかもしれません。

 棋王、王将をあわせもつ現在唯一の三冠で、現代将棋界の超一流である渡辺棋聖。そこにスーパールーキーの藤井七段が挑む。すでにこの構図だけで、将棋界に残るシリーズとなることは確定しています。

 渡辺棋聖は次のような公式コメントを出しています。

藤井聡太七段の初めてのタイトル戦という、間違いなく将棋史に残る戦いに出場することに大きなやりがいを感じています。注目される五番勝負になるので、期待に応えるような将棋が指せればと思っています。

出典:日本将棋連盟「藤井聡太七段、史上最年少でタイトル挑戦へ!」

朝日杯決勝は藤井七段の勝ち

 渡辺棋聖と藤井七段は過去に1度対戦しています。それは藤井七段の2連覇がかかった朝日杯決勝(2019年2月16日)という大舞台でした。

 渡辺棋王(当時)が先手で角道を止め、玉形は互いに雁木に。渡辺棋王が棒銀から先攻したのに対して、藤井七段は丁寧に受け続けます。藤井七段が少しずつポイントをあげ、中盤では優位に立ちました。

 そこで藤井七段に疑問手が出ます。といっても藤井七段が指した手は自然そのもの。弱点の角頭に歩を打ちながらの飛車取りで、誰もそれが疑問手などとは思いません。

 局後にその手がよくないことを示したのは、他ならぬ藤井七段自身でした。渡辺棋王の側に、自分の飛車を逃げずに相手の飛車取りで銀を打つ、攻防手があったのです。確かにそれで互角か、あるいはわずかに渡辺棋王よしというところまで形勢は戻ります。

 そこを過ぎてしまうと、後は藤井七段が完璧な指し回し。128手で渡辺棋王を破って、朝日杯2連覇を達成しました。

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 当時の渡辺棋王は次のように記しています。

序盤も理解度が深いし、弱点が見当たらないんですが、たまには負けたり苦戦する将棋もあるはずなので、次回までにそれを研究したいと思います。

出典:渡辺明ブログ

 その「次回」がタイトル戦番勝負という最高の場となったわけです。

充実の渡辺三冠、2019年度は最優秀棋士賞受賞

 渡辺棋王は朝日杯決勝で藤井七段に敗れた直後、久保利明王将から王将位を奪取。

 2019年度、前期棋聖戦の五番勝負では豊島将之棋聖に挑戦し、3勝1敗で棋聖位を奪取しています。

 渡辺三冠は、いずれ藤井七段が自身に挑んでくることは確信していたでしょう。事実、昨年の王将戦ではあともう少しで、渡辺-藤井の七番勝負が実現するところでした。

 その王将戦は広瀬八段の挑戦をしりぞけて防衛。

 また棋王戦では新鋭・本田奎五段の挑戦もしりぞけています。

 A級順位戦では9戦全勝で名人挑戦決定。

 これらの実績から、渡辺三冠は2019年度将棋大賞・最優秀棋士賞を受賞しています。

両者ともに超多忙

 2020年度はコロナ禍でいくつもの対局が延期されました。

 棋聖戦はベスト4が出揃ったところで中断。緊急事態宣言が全面的に解除され、再開が発表された後は、ハイペースでの進行となりました。

 渡辺棋聖は棋聖戦五番勝負が始まると、すぐに名人戦七番勝負も始まります。

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 一方で藤井七段もまた、あと2勝で挑戦権を獲得できる王位戦をはじめ、多くの対局があります。

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 渡辺棋聖、藤井七段両者ともおそろしく多忙なのは間違いありません。

 将棋のタイトル戦では挑戦者決定戦から番勝負開幕まではある程度の期間がおかれます。中3日というのは異例中の異例で、筆者は他に1979年の名人戦の例しか知りません。

 挑戦者となった米長邦雄八段(ほどなく九段昇段、後に永世棋聖)のスケジュールは以下の通りです。

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 今も昔も、棋士は勝てば勝つだけ忙しくなるのが定跡のようです。

どちらが勝ってもおかしくない

 時のトップクラスに新人が挑むとなれば、通例であれば、下馬評は新人にカラいものとなるでしょう。

 しかし今回出てくる新人は規格外もいいところ。史上最強の新人と言っても過言ではないかもしれません。

「このまま藤井七段、最年少タイトル獲得も間違いなし!」

 そう見ている人は多いと思われます。

 しかしながら、迎え撃つ渡辺三冠も充実著しい。そう簡単に負かされるものでしょうか。

 どんな展開になってもおかしくはないし、どちらが勝ってもおかしくはない。

 そう言って締めるのは、何も言ってないのと同じかもしれません。しかしまた、筆者の本音でもあります。

 とにもかくにも、筆者も一将棋ファンとして、歴史的な五番勝負の開幕を前にして、心が沸き立つような思いがします。

 挑戦者決定戦は将棋史に残るような名局でした。五番勝負でも多くの名手、名シーンが見られるのではないでしょうか。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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