『とみ田』が東京に進出した理由と秘めた想いとは
東京駅にもう一つのラーメンコンプレックスが誕生
3月5日、東京駅に直結する商業施設『KITTE 丸の内』(東京都千代田区丸の内2-7-2 JPタワー内)の地下1階に、新たなグルメゾーン『ラーメン激戦区 東京・丸の内』がオープンした。2013年に開業した『KITTE GRANCHE(キッテグランシェ)』の一角に、人気ラーメン店5店舗が集結したいわゆる「ラーメンコンプレックス」。運営はJR東日本グループの「株式会社鉄道会館」(代表取締役社長 平野邦彦)。丸の内界隈のオフィスワーカーの日常利用のほか、東京駅を利用する出張客や外国人を含む観光客などの利用を見込んでいるという。
東京駅には、2009年に八重洲口地下に開業した『東京ラーメンストリート』もあり、こちらはJR東海グループの「東京ステーション開発株式会社」が運営を手掛けている。ちなみに、八重洲口地下にはかつて『ラーメン激戦区 東京編』という同様のラーメンエリアがあったが、その時は東京ステーション開発と鉄道会館の担当店舗が混在していた。今回の『ラーメン激戦区 東京・丸の内』の開業で、東京駅の八重洲側と丸の内側にJR東海とJR東日本が手掛けるラーメン集合施設がそれぞれ出来ることとなった。
個性豊かな5つの味が揃うラインナップ
『ラーメン激戦区 東京・丸の内』のコンセプトは「東京のラーメンシーンを盛り上げる、新たな名所の創出」。ラーメン人気ランキングの上位店舗など、多くのラーメンファンの支持を受ける人気店を揃えたのが特徴だという。わざわざ店のある場所まで足を運ばずとも、東京駅から直結している施設内で食べ歩きが出来るというのがアピールポイントとなっている。
今回出店するのは5店舗。『中華そば 福味(ふくみ)』は人気店『らーめんせたが屋』が手掛ける新ブランド。『せたが屋』は前述した『東京ラーメンストリート』にも系列店を出店しており、唯一両方の施設に店を構えることとなる。『松戸富田麺絆(めんばん)』は千葉・松戸の人気店『中華蕎麦とみ田』による新ブランド。グループとしては初の東京進出で、かつラーメン集合施設にも初の出店となる。『東京スタイルみそらーめん ど・みそ』は、京橋に本店を構える味噌ラーメンの人気店。『四川担担麺 阿吽(あうん)』は、湯島に本店を構える担々麺ブームを牽引する人気店。『博多屋台ラーメン 一幸舎(いっこうしゃ)』は、福岡で創業し海外にも多数店舗を展開する豚骨ラーメンの人気店のネクストブランドだ。
東京駅と丸の内エリアを結ぶ地下の通りに、個性豊かな5店舗がズラリと並ぶ光景は圧巻。さらに『福味』は醤油ラーメン、『富田』はつけ麺、『ど・みそ』は味噌、『阿吽』は担々麺、そして『一幸舎』は豚骨と、味に関してもバリエーションを揃えた。また、今回の施設のために考案されたメニューを置くなどの工夫もなされているので、何度でも足を運びたくなる施設になっている。オープン初日の5日には、開業時刻の何時間も前から多くのラーメンファンが詰めかけ、何軒もハシゴして回るなど、滑り出しは上々といったところだ。
千葉の『とみ田』がついに東京進出へ
人気実力ともに兼ね備えたラーメン店が並ぶ中で、連日長い行列を作り続けているのが『松戸富田麺絆』だ。本店の『中華蕎麦 とみ田』(千葉県松戸市)は、2006年の独立創業以来、数々のラーメン人気ランキングで1位を獲得し、ラーメンイベント「大つけ麺博」のファン投票でも三連覇を達成。さらには店主の富田治さんに密着したドキュメンタリー映画が全世界で公開されるなど、この十年のラーメン業界で話題を集め続けた人気店だ。
ここ数年は商業施設などを中心に店舗展開も積極的に行っており、本店のある松戸をはじめ千葉、船橋、木更津などにこれまで9店舗を出店しているが、いずれも千葉県内への出店だった。10店舗目にしてついに東京へ初出店するということもあって、オープン前からラーメンファンの間で熱い視線が注がれていた。なぜ今回初めて東京へ進出することを決意したのだろうか。
「これまで松戸や千葉、船橋など千葉県内に出店をしていましたが、今回初めて東京への出店となりました。しかし、正直なところ東京に進出したいとか東京駅に出たいという思いは無かったんです。ひと言で言えば、運営の鉄道会館さんの『熱意』がすべて。本当に僕の店を必要としてくれているんだという想いが伝わってきたので、今回の出店を決めました」(松戸富田麺絆 店主 富田治さん)
東京出店にあたり看板メニューに据えるのは、もちろん『とみ田』の代名詞でもある濃厚な豚骨魚介つけ麺。素材を惜しげもなく使った濃厚なつけダレに、オリジナルブレンドの小麦粉による自家製麺の組み合わせは、ラーメンファンはもちろん、同業のラーメン店にも多大な影響を与えてきた逸品だ。しかし、今回の東京初出店にあたって、富田さんはこれまで温めてきた「もう一つのつけ麺」をメニューに置いた。それが「元祖つけ麺(もりそば)」だ。
山岸さんのつけ麺に出逢ってラーメンの世界へ
富田さんがラーメンに魅せられたのは20代の頃。家業である石材店で働いていた時にラーメンの食べ歩きにはまった。数々の人気店を食べ歩く中で一番衝撃を受けて、ラーメンの世界に足を踏み入れるきっかけとなった店が、つけ麺の生みの親である故山岸一雄さんが営んでいたラーメン店『大勝軒』(東池袋・2007年閉店)だった。
山岸さんが作るつけ麺(大勝軒では「特製もりそば」)が食べたくて何年も通い詰めた富田さん。当時厨房にいた田代浩二さんが独立開業した店舗が富田さんの地元茨城だったことから田代さんの店へも通うようになり、ついにはラーメン業界への転身を決めて田代さんの下で修業をスタート。グループ内で数々の店舗や業態の立ち上げを任され、2006年に自身が立ち上げた店舗を買い取る形で独立し『中華蕎麦 とみ田』を開業した。
『とみ田』で提供しているつけ麺は、ラーメン界でも屈指の濃厚豚骨魚介つけ麺として知られていて、大勝軒のつけ麺とは方向性が異なるものだ。しかし山岸さんの味をこよなく愛し続け、山岸さんの孫弟子にもあたる富田さんは、いつかは山岸さんの味を作りたいと思っていた。独立開業した後も何度となく山岸さんの元を訪ね、山岸さんにもその想いを認めてもらい、2008年に自分の大勝軒愛を形にした『東池袋大勝軒 ROZEO』(千葉県松戸市)を開業。山岸さん譲りのつけ麺は千葉の人たちに受け入れられ、こちらも人気店となった。
心の師匠、山岸一雄の味を受け継ぐ一杯
山岸さんのつけ麺が生まれた東京に、今回初めて進出するにあたって、富田さんは自身のつけ麺の他に自分がずっと愛し続けてきた山岸さんのつけ麺もメニューに加えることを決めた。しかしマスターの味をそのまま出すのでは意味がない。富田さんは自分なりに新たな解釈を加えて、アップデートされた山岸一雄の味を表現した。
麺とつけダレの器は山岸さんが『大勝軒』で使っていたものと同じデザインのもの。そして麺もつけダレも具材も『とみ田』のつけ麺とはまったく異なる。やや細めで艶やかかつ瑞々しい麺、茶褐色のつけダレには小さな海苔としっかりと黄身が硬い茹で卵。ビジュアルは明らかに大勝軒のもりそばだが一口食べて驚いた。確かに山岸さんの味を踏襲しているが、まるで今、山岸さんが新たに味を再構築したかのように、研ぎ澄まされた味に進化しているのだ。
「麺はマスター(山岸さん)が使っていた小麦粉の配合に、つるみと粘りを出すために埼玉県産あやひかりを1割だけブレンドしました。麺の切り刃はマスターのものよりやや細めのものを使い、太めに切り出しています。タレはマスターが使っていた醤油の他に2種類をブレンド。マスターの味を忠実に再現しつつ、そこに今の時代のエッセンスを少しだけ入れさせて頂きました。マスターが大切にしていたスープの挽肉はたっぷりと入れて、麺もマスター同様に硬く茹で上げないようにしています」(富田さん)
「マスターの想いをしっかりと伝えていきたい」
今回の店名に使われている『麺絆(めんばん)』という言葉。これは山岸さんが考え、愛用していた言葉だ。色紙などにも必ず書き記していた大切な二文字を、今回富田さんは店名に使った。そして店内には大きな山岸さんの写真も掲げられている。富田さんの山岸さんへの想いは揺るがない。
「つけ麺という食べ物を作り出して下さったマスターへの感謝の想い。マスターがいたから僕たちは今こうして商売が出来ているんです。だからこそ、常に探究心を忘れずに愛情をもって一杯一杯を作ってお客様に提供する。そんなマスターのつけ麺やお客様へ対する想いをしっかりと受け継いでいきたいと思っています」(富田さん)
※写真は筆者の撮影によるものです(出典があるものを除く)。