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非常事態宣言発令後、事業主と労働者をどう守るべきか(「日本版レイオフ」を解禁せよ)

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

新型コロナウィルス感染拡大の影響を受けて、自粛要請が相次ぐ中、飲食業界やエンタメ業界を中心に、経営存続の危機となるほどの打撃を受けています。

打撃を受けているのは経営者に留まらず、休業となって賃金カットがなされる場合の労働者、特に非正規雇用など弱い立場の方へのしわ寄せが発生しつつあります。

このような場合、労基法が定める休業手当という規定があり(労基法26条)休業期間中、使用者は平均賃金の60%を支払う必要があるのですが、この規定は「使用者の責めに帰すべき事由による休業」というのが前提となっています。

現在(令和2年4月3日時点)においては、非常事態宣言が出されておらず、法律上の根拠はないあくまで事実上の「要請」レベルの話であるため、会社が休業したとしてもそれは経営者の自主的判断ということになるため、休業手当の支払が必要になります。

しかし、国による非常事態宣言が発令され、東京がロックダウンされた場合については、使用者にとってはが通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事象であるため、休業手当の支払は不要であると解されます。

この点は、東京労働局が東京新聞の取材に対して以下のとおり回答したようです。

緊急事態宣言が出されると、都道府県知事は学校など公共施設に加えライブハウス、野球場、映画館、寄席、劇場など多数の人が集まる営業施設には営業停止を要請・指示できる。労働基準法を所管する厚労省によると、施設・企業での休業は「企業の自己都合」とはいえなくなり、「休業手当を払わなくても違法ではなくなる」(同省監督課)としている。

 また、生活必需品以外の幅広い小売店や飲食店も、客の激減や従業員が通勤できなくなるなどで休業を迫られる可能性がある。こうした場合も厚労省は、企業の自己都合とは言い切れず企業に「休業手当の支給義務を課すことは難しい」とみる。

(東京新聞 2020年4月3日 07時04分 「<新型コロナ>緊急事態の業務停止 休業手当の義務、対象外 厚労省見解」)

https://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2020040390070315.html?fbclid=IwAR2I0u0UYTFyeWapxA6w6jOZoQ9kYPlXjqI5yi2eNFPVQq1UQcJDoDk9Dgs

そうすると、非常事態宣言やロックダウンがなされると、事業主は休業するところが増え、労働者は休業手当すら受給できない人が増えることになります。特に、非正規雇用の方など、日々の生活がギリギリの人にとっては死活問題となるでしょう。

そこで、現在のところ、政府は雇用調整助成金という既存の枠組みを新型コロナウイルス感染症対応として特例的に拡大し、休業の場合の賃金を相当部分補償する仕組みが既にあります。「マスク2枚」の報道がインパクトが強すぎ、こちらの雇用調整助成金の特例が霞んでいますが、既存の枠組みを利用して迅速な対応をするという発想自体は悪くありません。

https://www.mhlw.go.jp/content/000618281.pdf

しかし、この雇用調整助成金はとても大きな欠点が2つあります。

一つは実際に助成金の受給があるまで2ヶ月以上かかることです。

新型コロナウイルス自粛の直撃を受けている飲食業界、エンタメ業界、旅行業界など、特に中小零細企業レベルではいつ支給されるか分からない助成金をあてにして休業補償を払い続ける体力がそもそもないところが多いです。

企業が倒産してしまえば、労働者保護すらできないことになります。

そして、二つ目が最大の問題点なのですが、書類準備の面倒くささが尋常ではありません。

筆者も、自ら助成金申請を行うことをトライしてみましたが、一見しただけでも、申請書、支払方法・受取人住所届、年間休日カレンダー、休業協定書、休業計画、雇用調整実施事業所の雇用指標の状況に関する申出書……、法律を専門とする弁護士の私でもめまいがするほどの手続書類を要求されますので、中小企業の経営者の方が単独で申請するのは事実上不可能で、申請させたくないのではというレベルです(元々、不正受給防止という観点もあるのでやむを得ない面もありますが)。

社会保険労務士の先生や人事のエキスパートがいる会社でしか申請できないと思います。

必要書類にミスがあり、申請に手間取ったり、申請が殺到して給付自体が遅れればキャッシュが尽きてしまう会社もあるでしょう。

そこで、筆者としては、社会保険労務士や人事パーソンのご意見も参考にした上で新規の枠組みでは無く、あくまで既存枠組みの拡張により以下のスピード感のある対策を提案します。

1 一定期間後に再雇用の労使合意の上で整理解雇

2 失業保険の受給

3 一定期間後の再雇用

現状では、再雇用の確約がある場合、現在の厚生労働省の解釈では、雇用保険の受給において「失業の状態」ではないという判断になりますが、これを特例的に解釈変更する形でも給付を実行すれば、法改正や新たな制度枠組みの検討も不要です。

再雇用を約束していれば、労働者が保護できますし、毎月の賃金や社会保険が発生しない事業主も存続の道を探ることができるはずです。

さらに、失業保険も雇用調整助成金も、両方とも雇用保険料を財源とする点では同じですので、新たな予算取りも現時点では必要ないですし、圧倒的に零細事業者でも利用しやすく、スピード感をもって対応可能でしょう。

(失業保険申請窓口対応を拡充する必要はありますが)

そして、今回の特例的な雇用調整助成金や現在政府が検討している「対象を絞った現金給付」は、失業保険の対象外である

1 新入社員

2 短時間パート社員

について検討すべきでしょう。

失業保険と雇用調整助成金という既存制度の組み合わせが、現状において最もスピード感があり、実効的な対策となり得ると考えます。

さらに、失業保険申請におけるweb受付や必要書類も給与明細と解雇通知・再雇用合意書に絞るなどすれば、申請も容易です。

未曽有の危機的状況に対し、ゼロから新規枠組みによる充実した保護策を検討する時間的余裕はありません。既存の枠組みの柔軟化が最もスピード感のある対策と考えています。

アメリカではレイオフ(一時解雇)という制度がありますが、正に上記政策は「日本版レイオフ」解禁というべきものです。

経営者の資金繰りは日に日に悪化しており、もはや自助努力で何とかするフェーズにはありません。このような時こそ、右だ左だと言っていないで、一致団結し、一日でも早い事業主と労働者に対する実効性のある救済をすべきであると筆者は考えます。

最後になりますが、連日連夜奮闘されている厚生労働省をはじめとする官僚の皆さん、本当にお疲れ様です!頑張ってください!

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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